第三十八話
「ま、まだ来るのかよ……」
魔物の群れはまだ遠いが、しかし着実に近づいてくる様が見て取れる。今から逃げたところで、恐らく追ってこられるだろう。そもそも、あちらの方がこちらの行軍速度より早い。先ほどまでの戦闘で蓄積した疲労も相まって、オレはその言葉と共に大きなため息を漏らした。
周りの騎士たちの、魔物の増援への反応は様々であった。これから再び長期戦になることを予想して絶望するもの。むしろ再度戦えることに喜びをあらわにするもの。まだ状況に思考が追い付かないのか呆けたような顔をするもの。ただ新人騎士たちは、疲労のため揃って足が動いていなかった。
一方で、その新人騎士たちをしり目に魔物の群れを迎え撃とうと隊形を組み始めていたのは、隊長クラスの者たちだった。
「さって。俺もそろそろ出張らないといけねぇ。疲れているところ悪いんだが、あんたたちも手伝ってくれ」
隊長たちが動いている様を横目に見た後、ライオットがオレたち旅人をぐるりと見まわした。
……まあでも、協力せざるを得ないよな。
迫りくる魔物の数がどれほどのものか分からない。だが、十人にも満たない彼らだけでは対処しきれない数であろうことは、遠目でもわかった。個人の力量によってはもしかしたら可能なのかもしれない。ただそれもライトニングボアがいるとなると難しかろう。
対処できなければ、大きな被害が出る。それは考えなくともわかる。
「……分かりました。私たちも協力します」
オレは疲労で折れそうな膝をなんとか伸ばしながらも、ライオットの言葉に大きく頷いた。精神的には非常に辛いところだが、HP自体は回復している。十全とは言い難いかもしれないが、まだまだ戦えることは確かだった。
経験値がおいしいことは、さっきの戦闘でよくわかったし。やるならやるけど……。……でも、やっぱ辛いから第二陣は少しばかり楽をしようか。
「オーレン」
オレはくるりとオーレンに向き直る。その後オレは魔物が迫りくる方向をおもむろに指さした。
「というわけだ。思いっきりぶちかまして、数を減らしてくれ」
「え、いいの?」
オレの言葉にオーレンが嬉しげな表情を浮かべる。そんなに暴れ足りなかったのかと、オレは思わず苦笑を漏らした。
「あぁ。確かに経験値はおいしいんだけど、さすがに連戦できるほど元気がなくてな。……まあシシリーが良ければ、数を減らしてもらおうかなと。なんならオレは一掃してもらってもいいくらいには、疲れてる……」
「シシリーはどうかな?」と顔を向けてみると、小さく頷く姿が見て取れた。
「私も、結構走り回ってへとへとです……。本音を言うと、早く帰ってお風呂に入りたいなって」
「確かに。数日体拭くくらいしかできなかったしな。風呂入りたい気持ちもよくわかる」
「ほうほう。それじゃあ、僕も本気出そうかなー!」
恐らくオーレンは、オレたちがレベリングしたがるのではないかと心配していたのだろう。レベリングをするとなると、一気に彼の出番はなくなってしまう。だが、当のオレたちがその意思はないと口にした。今のオーレンは、たぶん魔物の群れを一掃するくらいの意気込みを持っているのだと思われる。早速だが、ウィンドウを操作し何やらスキルを発動させ始めた。
「悪いが、説明をしてもらえないかね? 今どう言う話になってんの?」
横で一部始終を見ていたライオットが、オレの方を向き説明を求める。その視線を受けたオレは、そこから一度オーレンへと向けた後隊長たちが並んでいる辺りに目を向けた。そこには、隊長たちだけでなく一部の新人騎士たちも集まり始めていた。
「えっと。彼……オーレンに魔法を使ってもらって、最初に敵の数を減らそうと思っています。この演習だとずっと弓しか使っていなかったと思うんですけど、彼の本職は魔法使いなので。それに、彼は職を改めて間もない私たちと違ってレベル……あー旅人としての格……とでも言えばいいのかな? も高いので、かなりの数を減らすことが出来るはずです」
やる気に満ち溢れ目を輝かせているオーレンを目の当たりにして、オレは肩をすぼめつつそう口にした。するとライオットはうんうんと小さく頷いたのち、オーレンの方を向いて腰に手を当て大きめにお辞儀をした。
「なぁるほど。実は俺らも同じことを考えててな。でも敵の数を減らすほどの人員がいなくてよ。いったい一人につき何体相手すりゃいいんだって絶望してたんだが。いやぁ、助かるわ。オーレンって言ったっけ? ひとつでかいの頼むわ」
「任せてください! みんなの度肝を抜くような魔法を披露しますよ!」
「そりゃ楽しみだ。その勢いでばしばし敵の数減らしてもらって、俺たちに楽させてくれな。帰りの引率もあるんだから、ここで体力使いきれないのよ」
楽させてくれよって……いやまぁ、理由は分からなくもないけどさ。ほんと相変わらずだなこの人。
「ささ、俺たち隊長が集まってるあそこの前に移動して」とライオットがオーレンの背中を押して離れていく。その姿を見ながら、オレはやれやれと肩をすぼめる。ふと横を見ると、シシリーもどこか微妙な表情を浮かべていた。
やがてオレは小さくため息をついて、少し気合を入れるために自身の太腿の裏側をポンポンと叩いた。男の時のような筋張った感じはなく、しなやかかつ弾力のある感触が返ってくる。癖になりそう。
いやそうではなく。
「……オレたちも行くか」
「そうですね。行きましょうか」
オレはシシリーと顔を合わせて頷きあうと、オーレンを連れるライオットの後を追った。




