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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第一章 力不足の旅人リィンベル
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第六話

「……ふぅん。旅人さんって、そんなことができるんだね」


どれくらい話し込んでいたか。途中から立つのも億劫になったオレたちは、近くのレンガで出来た花壇の縁に腰を下ろしていた。そこそこの長話をしていたが、広場にはまだかなりの人だかりがある。

「まぁ、オレもどうしてそんな風になってるのかって聞かれると答えられないけど。とりあえずそんな感じなんだよ、オレたち旅人は」

適当な締めの言葉を口にして、オレは肩をすぼめた。


大体オレたち旅人が把握できているシステムの話をしたが、どれもここの住人であるフードの少女には実体がなく理解し辛い情報だったはずだ。だが彼女は素直で、かなり高い理解能力があるらしく、話すことを端から吸収していった。


「旅人さんたちを目にし始めたのは、ここ半年前くらいからなの。その時からなんか宙に指を走らせている動作が気になっていたんだけど……。そっか、その『めにゅー画面』っていうのを確認してたんだねー。私にも出せないかなぁ」

「ここの住人には無理じゃないかなぁ」

ひゅんひゅんと空中に指を走らせる少女を見ながら、オレは苦笑する。そしてすぐにメニュー画面が出せないことに諦めた少女は、気落ちする様子も見せずにオレの方を向いた。


「それに、『じょぶ』って言うのも面白いね! お兄さんは、どんなじょぶなの?」

「お、オレか……?」

無邪気な少女の質問にオレは口ごもった。確かに今少女にいちばん近く、話を聞けるのはオレだけだ。聞きたくなるのも無理はないが……。

「……オレはちょっと旅人の中でも出来損ないっぽくてなぁ。まだ職は一つも持ってないんだわ。他のみんなは、それぞれ五とか六とか職を持ってるのにな」

自嘲気味にオレはつぶやき、街の明かりで見えにくくなっている星が瞬く空を見上げた。


やはり旅人である者は、ジョブを持つことが必須である。それがないものは、ステータスなどが確認できるなど違いはあるものの、性能的にはここの住民と変わりはしない。


この世界では、旅人は常軌を逸した存在として一目置かれている。

同じ人間の姿をしているが、その強さは天と地ほどの違いがある。だがそれも、強力な職性能があってこそだ。『村人』のままレベルを上げてきたオレは、性能的にはこの世界の住人に毛が生えた程度でしかなく、旅人基準では並以下どころか最底辺にあたるだろう。まさに『出来損ない』といって差し支えない。


「出来損ない……」


オレの言葉の中で、的確にそこだけを口にしたフードの少女。その口調は、先ほどまでの元気な感じはみじんもなく、すぐさま大気にかすれてしまうくらい儚いものだった。




「……ねえお兄さん」




二人で重い空気を共有していたところ、つぶやくように少女が口を開いた。それにオレは少女の方を向く。

「そのじょぶって、くえすとをこなすと手に入るんだよね?」

「あぁ、大体はな」

「それで、そのじょぶを手に入れれば強くなれるんだよね?」

「まぁ、少なくとも今よりは強くなるだろうな」

「だったらさ……」

そこで少女は言葉を区切り、今まで頭全体を覆っていたフードをおもむろに脱いだ。



「私が、お兄さんにくえすとをだすよ」



フードから出てきたのは、闇夜でも輝く青みを帯びた長い銀髪であった。そして目深にかぶられていたためうかがい知れることのなかったその容姿は、今まで見た女の子のなかでも格段に整っており、目にした誰もが足を止めるほどの、ある種神聖で神秘的な魅力を漂わせていた。


「え、あ……」


予想以上の美少女っぷりに、オレはこれ以上ないほど固まる。だが、なんとかすぐに思考を復活させ少女の意図をうかがう。

「く、クエストって……ジョブクエストを、君が?」

「うん」

「ど、どうやって?」

「それはー……」

オレの質問に、少女は途端に困った顔をして首をかしげた。しかしなにか思いついたのか、大きな目をさらに広げて、少女は元気よく言った。


「……これから考える!」


「……お前なぁ」

脱力したようにオレが言うと、少女はあははとにこやかに笑った。そして花壇の縁から勢いよく立ちあがると、パンパンとローブのおしりのあたりをはたく。


「でも、なにかくえすとを出そうと思ってるのはホントだよ。今日はもう時間だから帰らないとだけど……」

そう言って少女は「んー」と小首を傾げながらうめくと、くるりと反転してまだ腰を下ろしているオレを見下ろす。

「明日のお昼過ぎ……三時くらいかなー。お兄さん空いてる?」

「三時……まぁ、空いてると思うが」


この世界の時間体系は地球のそれと変わりはない。なので少女の時間感覚とオレらの時間感覚は等しい。そして指定した時間と明日の予定を比較すると、恐らくオレは荷物番というか部屋番のようなことをしているはずである。


「だったらさ。明日の三時にまたここに来ることって出来るかな?」

「まぁ、可能だと思うぞ?」

「よし、じゃあ決定だね! 私もその時間にここに来るよ」

「じゃあまた明日ね!」と再びフードをかぶり直し、走り去ろうとした少女は「あ、そだ」と急に足を止め再びオレの方を向いた。


「最後にお兄さんの名前が聞きたいな」

「オレの名前?」

「うん」

「オレの名前はリィンベルだ」

「リィンベル……なんか、女の子みたいな名前だね」

「う……まぁ、ネトゲのキャラ名だからなぁ……」

「ねとげ、きゃらめい……また新しい言葉が出てきた! でも、もう帰らないとまずいから聞けない!?」

後ろ髪が引かれるようにオレの方に戻ってきたと思ったら、再び離れたりと少女は忙しそうにオレの前で動く。それにオレは苦笑しつつ肩をすぼめる。


「別に、明日また教えてやるよ」

「ホントに?」

「あぁ、だから今日はさっさと帰っとけ。急がないとなんだろ?」

「あぁうん。急がないとエリスに怒られちゃう」

そうつぶやくと、少女は小さく身震いした。よほどそのエリスと言うお方はおっかないらしい。

「じゃあお兄さん、またね!」

「あぁ、またな」

そう言って今度こそ少女は走り去っていった。



「……てか」


少女が人ごみに消えるまでなんとなく眺めていたオレは、一人小さくつぶやいた。


「……あの子、速すぎだろっ」


見た感じ、うちのスピードエースであるシシリーと渡り合えるのではないかという速さで消えて行った少女。そのスピードは、足自慢の旅人にも引けは取らないのではないだろうか。

「シシリーのスピードを見慣れているから、びびりはしなかったが……普通に考えると旅人でもないのにあの速度は超人じゃないのか……?」


よほどのことがない限り、この世界の住人のステータスは旅人のそれに大きく劣る。逆に言えば、急に湧いて出た旅人達がおかしすぎるだけなのだが……。

とにかく一般市民のステータスは、各種ステータスの最低値を行くオレの値よりも低いはずだ。


だが、その彼らの中にも例外は存在する。それは所謂天才とか英雄などと呼ばれる人種で、歴史に名を残す様な逸材たちだ。唯一この世界に生を受けて『村人』以外の職を持つ人々でもある。

「……と、いうことはあの子もそうなのか?」


結局自分の名は名乗ってくれなかったあの美少女は、この世界の一般の枠からは大きく外れた俊敏さを見せつけた。誰もが皆歴史に名を残すわけではないだろうが、少なくとも彼女のポテンシャルは、俊敏さしか見てないので一概に言えないとはいえ……機会があれば可能なほど高いだろう。


「この世界の一般人だと思ってたけど……もしかしたらとんでもないやつに出くわしたのかも?」

ぽりぽりと頬をかきながら、オレは少女の走り去っていった方向を眺め見た。



「……そろそろ戻るか」

そうつぶやいて、オレは腰を上げた。そして前進しつつぱんぱんとお尻の部分を払う。その後ひと段落つくと、首だけ先ほどまで座っていた花壇に向けた。

「……明日の三時、ね」

まだ人だかりが多いのであまりその場に突っ立っていることは出来ない。ほんの少しだけ花壇に視線を送ったオレは、人の流れに逆らわないようにその場を後にした。




「可愛い子だったなー……」

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