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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第二章 レベリング
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第三十三話

「演習なんてとんでもない……もう実戦ってことだな」

少年が負傷した魔法使いを回復役の少女に言われたところに寝かしつけながら、つぶやく。全く持って彼の言う通りだと、オレも思わず頷いた。少年は屈みこんだまま、方々でうめき声を漏らす怪我人たちを眺め見る。


幸いにして、命にかかわるような重篤患者は見当たらない。だが、決して楽観視できるような光景ではない。精神的に参ってしまったのだろう、中には負傷している様子は見られないが、両膝を抱えて延々と震え続けている者もいた。付き添いの数名かが肩を優しく包んでいるが、効果はなさそうだ。そんな者たちに対して治療を施す回復役の少女たちも、疲労が隠せないでいた。魔力が底をつきかけているのか、荒い息をしながら横たわる少女も視界にうつる。


「先輩たちから、この演習はきついぞって聞いてたんだが。昨日までは、確かになれない環境で疲れはするけど、そんなたいしたことないなって思ってたんだ。多分、ここにいるやつらも同じこと考えてたんじゃないかな。どうせ怪我一つ負わずに済むだろう……ってさ」

「でも、甘かったみたいだな……」と付け加え立ち上がると、彼は再びライトニングボアがいる方向を振り向いた。その横顔には、どこか陰りがうかがえる。


ライトニングボアは完全に大穴から這い上がり、目前で盾を構える集団へその身を乱暴にぶち当てている。その周りには、先ほどまでいた近接部隊や後衛部隊の姿はない。皆負傷しているか、負傷兵を運んでいるかのどちらかのようだ。ただ一人、盾部隊のすぐ後ろに陣取った指揮官役の青年一人が、小さな魔法で少しずつ攻撃を仕掛けていた。大技を繰り出すほどの魔力が残っていないのだろうが、あれでは倒しきれない。


「指揮官様まで出張ってるんじゃ、状況はひどいの一言だわな。さっさと救援に行かないと、また難癖つけられる」

少年は小さく息を吐くと、表情を改めた。覚悟を決めた……といったところだろうか。その後ちらりとオレの方を見下ろす。

「さっきも言ったけど、俺は先に倒れたやつらを運ぼうと思う。旅人ちゃんは、戦ってるやつらの加勢に向かってくれないか」

「頼んだぜ」と言い残すと、少年はオレの肩にぽんと手を置いた後、大穴付近の救援が必要な後衛部隊の方へ駆け出して行く。その後姿を少しの間眺めていたが、やがてオレは遠くで暴れているライトニングボアへと注意を向けた。


……これが、リアルな戦場の空気。ゲームの中では平然と主人公たちが身を置く世界、か。


多くの敵がいて、その敵たちを指揮するボスがいる戦場……そんなシチュエーションは、ゲームや漫画などでよく見かけるものであろう。ただそれは、最悪ひとつのイベントの背景画である場合だってあるだろう。主人公たちは、そんな背景の中堂々と戦場を歩き、ボスと一騎打ちをしたりするのだ。


イベント上重要なのは、そこの一騎打ちだけで……周りのことはあんまり語られないけど。ああいう世界も実際のところは、こんな感じなんだろうな。


戦場というからには、その場に様々な戦いがあるはずだ。それこそ、敵の数、味方の数だけ戦闘があるだろう。そんな画面の向こうの語られないところなど気にも留めなかったが……実際に目の当たりにすると、どこか心に重りのようなものがのしかかってくる気がする。



「……気圧されても仕方ないだろ。しっかりしろオレ」

オレは気を取り直すために、両手で自身の頬を張った。



「言われたことを、取り敢えずこなさないとな。オレの仕事は、ライトニングボアと戦ってる人たちの加勢。戦えるオレが、ちゃんと戦わないと」

オレはキッと遠くで暴れるライトニングボアをにらみつける。これ以上負傷者を出さないためにも、この群れのボスであるやつを早急に倒さないといけない。


ボス戦か。……そういえば、まともにボス戦へ挑むのなんていつ以来だろうか。


ふとそんな考えが脳裏によぎる。オレがまともにボス戦を戦えていた時期。それは言い換えると、まだジョブ間の差が生まれる前であることを示す。つまりは、序盤も序盤。かれこれ二年近く前ということになるだろうか。


「……随分とおっそいリベンジマッチだな」

オレは思わず苦笑いを浮かべる。本当に、ここまで来るのにどれだけかかっているのか。自分のことながら、呆れたものだ。

「けど、オレだってようやく立つ権利が得られたんだ」


おもむろに腰に差し戻していた剣を再び引き抜く。金属がこすれる音が、オレの精神を戦闘状態へと持っていく。まるで体が今すぐに敵前へと赴けと急かすような心地。紅魔の血が騒ぐ……とでも言うと格好いいかもしれない。


「ははっ、中二病かっての」

オレは抜いた剣の切っ先を、すっと体の横後方へと下げた。その後少し姿勢を低くする。


「……けどまぁ、この世界でなら悪くないよな!」


直後、オレは一気に駆けだした。まるで風のように草原を疾駆する。複数のジョブによって補正を受けているシシリーには及ばないが、その速度は一般人のそれとは一線を画す。



「さぁ、戦場に舞い戻りますかね! これ以上怪我人を増やさないためにも、この戦闘をさっさと終わらせる!」







「くっそっ!?」

「おい、大丈夫か!?」

「す、まねぇ。腕が逝きやがった」

「代われ! 俺が穴を埋める」


ライトニングボアの目の前では、盾部隊が必死に攻撃を食い止めている。しかし魔法による支援がない今、巨体から繰り出される衝撃は直に体に響いていた。油断をすれば容易くこちらの体が壊れてしまう。


「ちぃ……最後まで前に立ちたかったが」

タイミングを見計らって、すぐ背後で支えてくれていた部隊の仲間と腕を負傷した少年が入れ替わる。よろよろと腕を抱えて前線から離れた彼は、後ろ手にライトニングボアを眺めながらそう吐き捨てた。



「まだわからん。控えはどれだけいても過剰ということはない。さっさと治療をしてもらって、戻って来い」



ふと横からそのような不遜な言葉が聞こえてきた。目を向けると、そこにいたのは部隊の指揮をしている青年騎士であった。


「……あんたも少し休憩したほうがいいんじゃないか?」

思わず立ち止まり、戦場の空気に当てられたか、敬語もなしにそう声をかけてしまった。見ると、青年騎士の頬にはおびただしい程の汗が滴っている。平静を装っているが、必死に息を整えようとしているのは一目瞭然だ。そういえば青年騎士は、開幕に大きな魔法を行使した後も休む暇なく魔法を使っていたはず。いくら彼が優秀であろうとも、もはや魔力は限界だろう。


「馬鹿なことを言う。貴様らごとき凡百と一緒にするな。俺が離れるわけにはいかないだろう」

「……」


だが青年騎士は、少年の厚意を袖にするようにそう言い残すと、少年から視線を外した。彼もここまで苦戦するとは思っていなかったのかもしれない。もしかしたら、戦況が芳しくないことに負い目を感じているのだろうか。それともただ単に、指揮をとれるのは自分だけだと思っているだけなのか……。どちらにせよ、青年騎士の意思は変わりそうにない。少年は彼の苦し気な顔を眺めていたが、やがてその目線は背後のライトニングボアへと向いた。


「……あぁ、絶対に戻ってきてやるからな」


指揮官がそこまで必死になっているのなら、部下としては答えないわけにはいかないだろう。そのためにまずやることは、兎にも角にも治療を受けること。そしていち早く戦線に復帰することだ。

そう思い治療所に行こうと止まっていた足を動かしかけたその時。



ライトニングボアの足元を一陣の赤い風が通り過ぎた。



その赤い影は小さな体躯を活かし、ライトニングボアの腹の下を通り抜ける。その際剣を突き立てたのだろう、ライトニングボアは口からけたたましい鳴き声を、そして腹部から大量の黒い霧を放出した。


「す、すげえ……」


確かに腹部は四肢に比べて柔らかいということが、ここまでの戦闘のうちにわかっていた。けれどそれはあくまで『四肢に比べて』というだけであり、生半可な攻撃では傷をつけられないのは一緒だ。

「それなのにあれだけの傷を負わせられるなんて……」

少年はライトニングボアの足元で立ち止まった赤い影を眺め見た。


赤い影の正体は、自分たちよりも年下に見える小柄な少女だった。異国情緒あふれる褐色の肌は、戦場には似つかわしくない軽装で覆われているのみ。露出が多い格好であるが、煽情的というよりは健康的な美に溢れている。きれいな赤髪と黒に近い濃紅の首巻が風に揺れ、小さな体を大きく見せて威嚇しているようにも見て取れた。


リカ・リリエスト。ライトニングボアを相手どる自分たちの担当の中に紛れ込んできた、旅人の少女。

幼いながらもここにいる誰よりも強いと確信させたその少女は、声高らかに叫んだ。



「紅魔リカ・リリエスト! 鋭き刃を以て、我が道阻む敵を殲滅する!」



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