第三十一話
「……目障りだ、吹き飛べ」
果敢に後衛部隊が魔法でけん制するが止まらない軍勢に焦っている中、青年騎士がひと際大きな魔方陣を形成させた。そこから生み出されたのは、辺りを飛んでいる火の塊よりも数倍大きなもの。違うのは大きさだけでなく、その塊の中では火の繊維のようなものが荒々しくうねっている。
青年騎士が軽く手を掲げ、直後勢いよく振り下ろす。それに呼応して、その塊が勢いよく魔物の軍勢へと飛び込んでいった。しかし飛距離が足らなかったのか、魔物たちの眼前へと落ちて燻る。
あ、あれ? 不発か?
見たことのない魔法に、オレは首を傾げた。思うに敵のど真ん中に落ちて大爆発か大炎上する類の魔法だと思っていたのだが。
おいおい、そんなんで大丈夫かよ――
思わず青年騎士に物申そうと一歩踏み出しかけたところで。
突然燻っていた塊が火を噴き、地面を揺るがすような大轟音とともに熱波を発生させた。
「うわっ!?」
まだそこそこ距離のあるところで発動したはずなのだが。小柄な自分など吹き飛ぶかのような勢いの余波が、ここまで届いた。
「うわ……」
思わず腕で顔を隠したオレは、余波が収まると感じるや状況を確認し、あんぐりと口を開いた。
距離の離れたここまでとてつもない余波が飛んできたのだ。目の前で食らった魔物たちはたまったものではなかっただろう。
大きなクレーターが形成された先では、ガタイの大きなライトニングボア以外の取り巻きが、ほぼすべてが遥か彼方に吹き飛ばされていた。吹き飛ばされなかったライトニングボアも、完全にその動きを止めている。
……けど、全然体力は減ってないな。取り巻きも消えずに生きている奴も多いし、吹き飛ばしとか足止めがメインの魔法なんだろうか。
距離が近づいたおかげで、ライトニングボアの体力が眼前に表示されるようになった。敵の体力を示すその赤いゲージは、ぱっと見二割減といったところか。あれだけ火の塊の一斉掃射をした後の大魔法の割には、あまり減っているように見えない。
「後衛部隊、下がって魔力を回復しろ。盾、近接部隊は構えろ」
しかし威力はなくてもこれだけの効果と範囲を持つ魔法だ。かなり魔力を消費するものであったはずだ。現に青年騎士の顔には、先ほどにはなかったおびただしい程の汗が滴っている。しかし彼は一歩前に出て、背後に並ぶオレたちへと号令をかけた。
「ここからは貴様らの戦場だ。本体、取り巻きに分散して殲滅しろ」
「おっしゃ!」
「待ってたぜ!」
青年騎士の指示を聞きつけて、後ろに控えていた少年騎士たちが一気に沸き立った。この後青年が発するであろう行動開始の合図を、今か今かと待ちわびて足首をしきりに動かす。
彼らの目前では、熱波にひるんでいたライトニングボアが動き始めていた。魔法を放ったものが誰なのか分かるのだろうか。ライトニングボアは、真っ直ぐに青年騎士へと狙いをつけている。クレーターなどお構いなしといった感じで、一直線で青年の元へ突進すべく地面にできた大穴に駆け入り始めた。
「今だ、大穴前に陣取って奴らの動きを封じながら始末しろ」
「しゃあぁぁあ!!」
その様子を見ていた青年が、鋭く声を張り上げた。その言葉を受けた騎士たちが、皆鬨の声を上げつつ一気に駆けだす。
一週間にも及ぶ遠征の最終を飾る大一番が。
今この瞬間始まろうとしていた。
「今だ、押し込め!」
盾を構え、ライトニングボアの進行を阻んでいる集団の一人が声を張り上げる。直後呼応するように雄たけびを上げ、盾を持つ彼らが前へ足を踏み出し始めた。その背中を、幾人かの前衛たちが支え、まるでスクラムを組んでいるような装いである。
「この野郎! いい加減落ちやがれ!」
押し込み部隊に参加していない前衛たちは横から回り込み、必死に踏ん張っているライトニングボアの四肢を切りつける。魔物と言えど生身であるからして、剣を突き立てればすんなり傷が入るだろうと考えていた彼ら。しかしその体はまるで大木……いやむしろ鋼鉄で出来ているのではないかと疑ってしまうほど強靭で、生半可な力では傷一つ付けられなかった。
「畜生っ、かってぇな!」
剣を持った少年の一人が、歯を食いしばりながら剣戟を放つ。一度目で失敗をしてしまっていたため、今度は体ごと叩きつけるような一撃だ。その一撃は多少なりとも届いたのか、ライトニングボアが小さく悲鳴を上げ、ずずっと盾部隊に大穴へと押し込まれる。そして足を踏み外したライトニングボアが、そのまま勢いよく大穴へと落ちていった。その落下ダメージは割と大きく、しっかりと体力を削っている様子をオレは確認する。騎士たちには見えていないだろうが、魔物がよろつく様がうかがえるので効いているということは分かっているようだ。
「魔法だ魔法っ。後衛っ、魔法をどんどん叩き込んでやれ!」
「任せときなさい! ここで仕留めてやるわ!」
前衛たちの声を受けて、今度は後衛部隊が接近してきた。大穴へと落ちて体制を立て直そうとしているライトニングボアに対して、頭上から火の塊を落としていく。
なんだ、思ったよりもすぐ終わりそうだな。
騎士たちが順調にライトニングボアを攻略している様を遠目に見ながら、オレは増え続ける取り巻きたちの相手をしていた。最早何体仕留めたのか、数えるのも億劫なレベルだ。
一匹一匹はさほどだけど、やっぱこれだけ数がいれば経験値おいしいわ。
オレは正面から突進をかけてきた一匹に対して大きく右方向へステップすると、すれ違い様に剣を水平に立てる。
「はああぁあ!」
そして気合一閃。剣を薙ぎ払った。突進のスピードとオレの筋力に物を言わせた強引な薙ぎ払いを受けて、魔物は見事に真っ二つに裂け一瞬で黒い霧へと変化した。魔物を仕留めた剣先は、クリティカルヒットを示す橙色の光を纏っている。
「さぁ、どんどんかかって来いよ!」
言葉が通じるわけはないのだが、オレはそう言いつつ目前の魔物の集団へと剣先を突き付けた。しかし目の前で仲間が簡単に消えていった様を見てしまったためか、はたまたオレの鬼人ぶりに恐れをなしたのか。魔物たちは身じろぎをするばかりで一定以上の距離を保ったまま近づいてこない。
「…………」
都合、いくら剣を突き付けたまま待ったところで、場に動きが生じることはなかった。心なしか肌寒い風が彼我の間を吹き抜ける。
し、締まらねえなっ。
「あぁもう、仕方ないな!」
このままオレを相手にすることを諦めて、目の前の魔物たちが混戦状態の騎士たちの元へ流れてしまうのは避けたい。出来れば安全を期して一体ずつ……ないし二体ずつくらいを相手どりたいところなのだが……。止む無くオレは、まとまった魔物群れに向かって単身飛び掛かった。
まずオレが近づいてきたことで迎撃すべく多少前に出てきた一匹を、すり抜け様に斬りつける。それだけで仕留められれば良かったのだが。生憎と残り二割ほど体力が残っていることを示すHPバーが視界の端でちらついた。辛うじて生き残った魔物は、鳴き声を上げながらオレの方へ振り向く。
そうこうしているうちに、前から二匹目が突進してきた。この魔物は仲間と激突することがわかっていてもおかまいなしに突進してくるということが、今までの戦いの中でわかっている。このままだと、オレは前後から轢きつぶされてしまうだろう。
だが、オレはいたって冷静に前後の動きをちらりと確認する。
まぁどうせ直線でしか動かないから、落ち着いて少し横にそれれば避けられるんだけど。
何故なら見たことがある分、対策もちゃんと把握できているからであった。加えて戦闘中ならば、スキルのおかげで足がすくむなどということがない。リカの姿ならば、いつでも自由に体が動いてくれる。戦闘中ならば。
一回ぶつけて動きを止めるか――
そう思ったオレは、横に飛ぼうとぐっと片足に力を込めた。が、直後に例の衝動がオレの中を駆け巡る。
その衝動は、オレに前方の魔物へと向かい合うことを強要した。




