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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第一章 力不足の旅人リィンベル
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第五話

日が落ち夜特有のにぎわいが増し始めた城下町。その喧騒が支配する大通りを、オレは一人で歩いていた。周りには、この城下町を拠点にしている旅人達練り歩いている。彼らは、狩りの帰りなのだろう本日の戦闘についてあれこれ談笑しながら、飲食店を物色していた。そしてそれを勧誘する住民たちの声が響き、昼間とは違う活気を感じることが出来る。


「まるでお祭り騒ぎだな……」


この街に来たのは今日の昼間であり、数日前までは規模的には中堅ちょっと下に位置するであろう、港から王都への中継町にいた。その中継町の雰囲気とここの活気を比べたオレは、ぽつりとそうつぶやいた。

「大通りのはずなのに、まっすぐ歩けないもんな」

前から来る人々を右に左に避けながら、オレは昼間とは違う装いの街を見回した。


この世界には地球にあったような電力はない。なので電灯などは存在しないのだが、代わりに魔力で発光する特殊な鉱石を用いて、それを照明として扱っている。この鉱石は比較的大量に手に入るものらしく、一般家庭でもその姿を拝むことは可能だ。だが、それ自体が勝手に発光するものではなく、あくまで魔力が必要になる。そのためこの世界には、電気店の代わりに魔法ショップなるものが存在する。一般住民には照明用の鉱石に魔力を注入したり日常使う魔法アイテムを、旅人には冒険の合間に必要になる各種魔法アイテムを売ったりしている。

話がそれたが、夜の街はその照明鉱石のおかげでかなり明るい。日本の大都市と比べたら光量はだいぶ少ないのだろうが、かといって足元が不安なほど暗くもない。


「……いい匂いするなー」

そろそろ飲食店街を抜ける頃合いなのだが、香ばしい匂いはまだまだ鼻孔をくすぐる。夕食は皆と済ましていたが、それでも無意識につばの量が増える。飲食店街の只中にいた時はなんとか我慢できていたが、終わりが見えてきたところで「やっぱりちょっとつまみ食いしちゃおうかなー」と魔がさして立ち止まったところで、オレはふと周りを見た。


「……ん?」


この飲食店街に入ったときは、同じ方向に歩いている人々が大半を占めていた。恐らく時間的に夕食を摂ろうという人の流れだろうと思われる。現に、飲食店街を歩いていると同じ方向に歩く流れは減り、反対から来る人々も合流しごった返していた。それから考えると、飲食店街に吸い込まれる人の流れ……今のオレの位置からするとすれ違う様な方向の流れが多いはずである。


だが、よくよく周りを見ると、ここではオレの進んでいる方向、つまり飲食店街から離れる方向に人の流れが出来ている。飲食店街を歩いていたのは数分程度だったので、その時間で人の流れがごっそり変わるとは考えにくい。


「昼間歩いた時は……この先には特に何もなかった気がするけどなぁ」

あるとしたら、大通りがつながるちょっとした広場なのだが……。

普段なら気にすることはないのだが、やることもなく時間に余裕のあったオレは、とりあえずその原因を確認するべく歩を進める。




「って、多いな人!」




大通りの連結部分である広場が近くなり、視界が開けたところでオレは思わず声をあげた。

広場には、所狭しと人の海が出来ていた。その数は今の場所からでは把握できないが、飲食店街にいた人たちを集めてもここまでいかないのではないか……という量だ。


「一体何をやってるんだ……?」

どうやらこの人だかりの中心に何かがあるらしい。だが、一番外側にいるオレからは何も確認できない。一応大きな剣のオブジェクトのようなものは見えるのだが、それは看板のようなもののようで、それ自体に注目が集まっているわけではないらしい。


「気になるが……この人ごみに突っ込む勇気はないなぁ」

そうこうしているうちに、オレの後ろにも人の集まりが出来つつあるようだ。このまま動けなくなったらたまったものじゃないっ、と思ったオレは一旦その場から離れる。そのまま広場の端に移動すると、改めて外から集まりの様子を見つめる。

「……近づけねぇなこれ」




「本当にそれだよねぇ」




「!?」


腕を組んで呻くように発したオレのつぶやきに、不意にすぐ横から反応が返ってきた。突然のことに驚いたオレは、グルンと勢いよく首を回して声の主を見た。


「抜け出すのに時間かかっちゃったからなぁ」


そう不満げにつぶやいた人物は、頭が隠れるように深くフードをかぶっていた。体の方もローブの中にまるまる隠れてしまっているため、ローブの上からでも分かる小柄な体躯と声の質から、少女であることくらいしか判別できない。


こ、これはどうすればええんや……?


どう見ても怪しい人物である。いくら相手が女の子であろうと、これはちょっとご遠慮願いたい感じだ。

「お兄さんも、出遅れた感じ?」

どうやってここから逃げ出そうかと考えていたところ、あろうことかフードの少女はオレに話題を振ってきた。


「え、あ、……いやオレはたまたまここに来ちゃっただけで。そもそもこれが一体何の集まりなのかも知らないんだが」

こういう時無視できない性格のオレは、とりあえず反応を返す。するとフードの少女は「そなんだ」と興味なさ気につぶやいた。が、何かを閃いたのか、フードの奥で光る吸い込まれるような金色の瞳でオレを見上げてきた。


「あんなに大体的に告知があったのに……っ、もしかしてお兄さん『旅人』さん?」

「え、あぁ一応……」

「そなんだ!」

オレが頷くと少女はうれしそうに声を弾ませた。

「いつからこの街にいるの?」

「あー……今日来たばかりだな」

「それじゃ、この騒ぎがなんなのか知らないのも納得だ」

物珍しげにオレの上から下を眺めていたフードの少女は、そう言うとようやっと、その居心地の悪い視線を人ごみの方に移した。オレはガン見されたことによる緊張を、ばれない程度のため息でほぐした。


「この集まりはね。みんな刀匠シュタイナーの作品を見に来たんだよ。夜だっていうのに、すごい人だかりなのはそのせいだね」

「刀匠シュタイナーか……」

聞いたことのある名前を耳にして、オレは納得がいった。


刀匠シュタイナーとは、この世界の住人でかなり名の知れた鍛冶師である。彼の打つ剣は、そう簡単には壊れないほどの高耐久を有し、細部には彼特有の複雑な紋様を施すことで有名だ。


オレが彼の名前を知っているのは、ダンジョンやクエストの報酬として手に入るレアな刀剣類の説明によく出てくるからだった。ゲームならば特に気にすることはないのだが、ゲームのようなのに人の動きが現実として目視できるこの世界で、どうしてダンジョンの最奥のようなところにあるのかは、割と謎に包まれている。


それはさておき。彼の作ったものはレア武器に分類される分、市販で売っている武器とは一線を画し、性能はかなり高いものなのだが……。


「……あいつの打った武器は筋力要求値が高すぎるんだよなぁ」

オレは思わずため息を漏らした。


筋力要求値とは、その武器を装備するのに必要な筋力の数値である。この場合の『装備』というのは、単に手に持ったりすることではなく、ちゃんとステータス画面の装備中武器の欄に書かれるということだ。筋力要求値が足りない武器は、いくら手に持ったところでステータス画面に表示されない。このデメリットは、その武器の技が使えないことと、職が持つ特性が反映されない事である。


職が持つ特性というのは、例えばうちの唯一の前衛であるギルバインは『ブレイドウォーリア』というメイン職を持っているが、この職は大剣を装備すると、自身の筋力値と武器本来の攻撃力に上昇補正がかかるのだ。だが、自身の筋力より高い要求値を持つ大剣を装備しても、この上昇補正は得られない。

つまり、筋力要求値に満たないものがいくら強い武器を手にしたとしても、性能もへったくれもないただの鈍器くらいにしか利用することができないのだ。まぁ、剣本来の切れ味とかはあるだろうが。


その筋力要求値だが、シュタイナーが打ったと言われる剣は、軒並み最前衛の、さらに筋力の高い人間しか装備が出来ないほど高く設定されてあるのだ。


もちろん、そんなごく一部しか装備できない武器をオレが装備できるはずもなく。いくらオレが「カッコいいなあの武器!」と思ったところで振り回せる日は来ないのだった。


「筋力要求値……て、なに?」

今まで見たことあるシュタイナーの銘入り刀剣類を思い出し、ほろりと涙を流しかけたところで、少女が首をかしげてきた。

「いや、その名の通りだけど……」

オレは少女の質問の意図が分からず呆けたように答えたが、すぐにはっと頭をよぎるものがあった。


……もしかしなくても、この世界の住人には筋力とか体力……基礎ステータスの概念がないのか。


基礎ステータスはステータスウィンドウから確認できるが、そもそもこのシステムは旅人達専用のものだ。元々この世界に住む住人にこのことを話し、いざ同じことを確認させようとしても、メニュー画面すら表示されない。当然、彼らは自身の性能が項目別に数値化されているということも知らないだろう。


「えっと……筋力要求値っていうのは、いわばその武器を使いこなすのに必要な能力ってことさ。簡単に言えば」

「使いこなすって……何回も使ううちに慣れてくるものじゃないの?」

「まぁ、武器自体に関してはそうなんだけど、補正とか技の問題がだな……」

「補正?」

「ええと……」

恐らく、このまま補正の話をし始めると、この少女の疑問はどんどん膨らんでいくだろう。適当に誤魔化しつつはぐらかすのもありだが、雰囲気的に中途半端に説明して解放してくれるような気配もない。


……とりあえず、オレたちの常識であるシステムの話をしないとどうにも要領を得ないかぁ。まぁ、格好はあれだが悪い子には見えないし……少し付き合うか。


オレのうかがう様な視線を受けて可愛らしく首をかしげる少女を見下ろして、オレはぽりぽりと頭を掻いた。


「んと……筋力要求値とか補正とかの説明をする前に、まずオレたち旅人のことについて話さないと、どうにもならないんだけど……」

「聞かせてくれるの!?」

オレがそう言うと、身を乗り出すような勢いで少女が声を上げた。それにオレはたじろぎつつも「お、おう……」と小さく頷く。

「ま、まぁオレの分かる範囲で……になるけどね」

その後一度咳払いを挟んだオレは、最初にステータスの概念について説明をし始めた。


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