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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第二章 レベリング
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第二十四話

「……あ!」


エリスに連れられて森の中をさまようことニ十分あまり。魔法によると思われる強い光が差している一角へとたどり着いた。木々の間からうかがうことのできるその光の下には、いくつかの人影が。そのうちの一つ、その中で一番小さなものがふとこちらに視線を寄越してくる。と同時に大きく口を開け、その後嬉しそうに笑みを浮かべつつとてとてと近づいてきた。

件のお転婆お姫様のミシェリアである。


「ありがとうエリス! 様子を見てくれるって言ってたけど、連れてきてくれたんだね」

「はい。姫がいつ勝手に探しに行ってしまうか、不安でしたからね」

ミシェリアがそう口を開くと、エリスは小さく肩をすぼめて答えた。

「えー何それ。そんなこと……いや、うん。あったかなぁ」

それにミシェリアは最初こそ口を尖らせたが、改めて考えると否定できなかったのだろう。小さく首を傾けながら、明後日の方を眺める。


「と、とにかく! ありがとうエリス」

再びエリスに対し、彼女は礼の言葉をかけた。その後満を持してといった様子で、オレの方に顔を向けてくる。最高にキラキラしているように見えるのは、果たしてオレの気のせいか。


「夜分遅くにお招きいただき、ありが――」


「ささ、リカさん! こっち来てこっち!」

「あ、ちょ」


いくら個人的に交流があるとはいえ、彼女は一国の姫。周りの目のある中で、いつも通りフランクに接するのはいかがなものか。

そう思い、オレは取り敢えず姿勢を正して挨拶でもしようかと思った矢先である。

ぐぐっと近づいてきたミシェリアが、オレの言葉を遮って手を取り、そのままぐいぐいと引っ張り始めた。身体能力向上系の加護を失った彼女の力では、代わりに加護を受けることとなったオレを動かすことはできない。……が、抵抗する理由もとっさに思いつかず、オレは彼女の引っ張られるままに光の差す中心地まで足を進める。


「い、一応人の目があるんだから、少しくらいそれらしく振舞わせてくれよ……」

同じ程度の背丈である少女に腕を引っ張られながら、オレは小さく呟く。すると彼女は一度手を離すと、歩きながらくるりと向きを変えオレに向き直ってきた。そして再度手を取る。今度は両手だ。


「だって、遠征中全然お話しできなかったじゃない。早くお話したかったの」


本当にうれしそうだなと感じる笑みを、ミシェリアは何のためらいもなくオレへと見せつける。その笑みはとても眩しくて。そして非常に可愛らしくて。真正面から受けるのは、オレには出来なかった。……情けないことに。


「……」

オレは中学生かよと内心思いながらも、オレは頬が赤くなるのを感じつつミシェリアから目をそらした。こんな体たらくだから、ジェリクやミヤビからチキン野郎だとなじられるんだろうなと、考えずにはいられない。


というか、別のことを考えないともっと顔に出そうで怖いわ……。


「んふふ、リンさん照れてる?」

「べ、別にそんなわけじゃ――ちょ、ち、近いぞミシェリア……」

「えへへ」

目を背けたままでも、彼女が覗き込んできたのが分かった。……分かったのだが。まさか寸前まで顔を近づけられているとは思わず、ちらりと視線を戻した際、予想以上の近さにオレは慌てて身をそらせた。オレの狼狽ぶりがお気に召したのか、ミシェリアはにへらと表情を崩した。


「なんだか、リンさんその姿だとすごく近く感じてさ。なんかこう……嬉しくて思わず近くなっちゃうというか。そんな感じなんだ」

「…………まぁ、物理的にも性別的にも近くなってるからな」

「そういうことなのかな? わかんないけど、これもこれでありかなって」


オレの方はちょっとどころじゃなくキャパオーバー気味なんですけどね!


この可愛らしい生き物の対処法が、オレにはさっぱり分からない。ミシェリアに腕を引っ張られながら、恋愛経験のなさが足を引っ張っている。さながら大岡裁きのごとく。オレは死ぬ。


いやまぁ、死にはしないけど。……しかし、どうすればいいだこれ。


よほどオレが来たことが嬉しいのだろう。ミシェリアはさっきからずっと笑みを浮かべていた。柔らかいぬくもりを感じる両手でオレの手を掴み、ぶんぶんと楽し気に上下に揺するその姿は、まさに全身で喜びを表現しているみたいである。




「ご友人だとお伺いしていましたが、私の想像していた以上に仲がよろしいようですね」




オレが彼女のテンションについていくことが出来ずオロオロしていると、不意に横手から男性の声がした。聞き覚えのある声だなと思い目を向けてみると、隊長クラスが付けているものよりもどこか装飾が増えた記章を胸に付けた騎士の姿が。というか身長差があるのか、顔を横に向けただけでは顔まで視界に入らない。そこからさらに顔を上げると、ようやっと誰なのかが判別する。見ると見知った人物であることが分かった。

聞き覚えのあるはずだ。オレたちに声をかけてきたのは、騎士団長のバイスその人であった。


「リカさんはね、旅人のことについて色んなことを教えてくれたんだ! それに、危ないところを助けてもらったことだってあるの」

「ほう、そうなんですか」

にこやかにオレのことについて語るミシェリアに、バイスは朗らかな笑みを浮かべる。

だが、その目がオレに移った際、少し目に力がこもり少し空気が変わった。まるで値踏みされている感じであろうか。


「……っ」


ミシェリアが友人であると主張しているが、彼にとってオレはまだ顔を合わせた程度の間柄。警戒するのは無理もない。むしろミシェリアが全く警戒するそぶりを見せないことが、余計に危機感を抱かせているのかもしれない。


オレはバイスの視線を受けて、少し後ずさる。オレが保持しているスキル『勇敢』は、戦闘時の恐慌状態は無効化してくれるが、このような場では効果を発揮しない。歴戦の猛者である彼の軽い威圧ですら、割とダイレクトに影響を受けてしまう。



「バイス!」



オレがバイスの威圧に圧倒されていると、不意にミシェリアが鋭い声を上げる。目を向けると、彼女は真顔でバイスを見上げていた。


「この人は私の大切な人なの。そんな威圧しないで」


「……失礼しました」

背伸びしても高校生にすら見えないミシェリアが、まるで岩のような大男を圧倒している。そこには大きな身分差があるのは把握しているが、それにしたってなかなか目を見張るシチュエーションだ。


……というかほんと、ミシェリアって怖いもの知らずだな……。


「……リカ殿といったか。済まない、試すようなことをしてしまった」

オレが事態の展開について行けず呆けたように口を半開きにしていると。先ほどまでの威圧感を潜めたバイスが謝罪を口にした。それに一瞬反応が遅れたが、慌ててオレは手……はミシェリアに掴まれて動かせないので、首を大きく横に振った。


「い、いえ大丈夫です。……確かに私は部外者ですし、騎士団長さんが警戒するのも、全然無理ないと思います。むしろ、警戒して当然というか……」

「……成程。心遣い、感謝する」

バイスはどこか得心がいったという様子で小さく頷いた。一体先のオレの発言のどこに納得を示したのだろうか。覇気のない様子に『こいつは何か狼藉を働くほどの根性があるはずもない』と思ったのか。

もしそうなら、全くの大正解だ。そんな根性あるなら、この年まで後生大事に童貞なんて守ってない。


「少し時間をいただけたところで、私は退散しようと思います。後の護衛は、エリス殿に任せます。女性のご交遊に、私のような粗忽者がいては興ざめでしょうからね」

来訪者であるオレがいったいどのような人物なのか。恐らくバイスはそれを確認しに来ただけなのだろう。もし何かミシェリアに害なすような思惑があると判断された場合は、もしかしたら排除されていたのかもしれない。幸い、今回はそんな判断はされなかったようだ。当然、オレの方もそんなこと欠片も考えていないが。




「うーん……。護衛自体いらないんだけどなぁ」

「流石にそんなわけにはいかないんだろうさ。ミシェリアになにかあったら、それこそ大事だし」

オレたちの元を去ったバイスが、離れたところに佇んでいたエリスへと何か言伝ている様子を見ながら、ミシェリアが不満げに漏らす。彼女はそう言うものの、オレはバイスたちの気持ちが分からなくもないといったところ。ミシェリアが奔放な分、そりゃ目が離せないだろうなと思う。


とはいえ。バイスたちの気持ちも彼女は十分承知しているようで、不満げにしつつも否定はしない。「……分かってるけどさ」と口を尖らせながらオレの方を向き直る。


「でも、誰かいると元の姿に戻れないんだよね?」

「まぁ、そうだな。この遠征には最初から格好で参加してるから。みんなからは、オレが『リィンベル』じゃなくて『リカ・リリエスト』だと思われてる。本来の男の姿ではなく、この小さな女の子だってな。その状況で流石に急に戻るのはちょっとな」


……特に、エリスさんがいるところなんて余計に無理だわ。リアルに殺されちゃう――


オレはバイスから護衛を頼まれたエリスが近づいてくる様子を横目で見ながら、内心身を縮こませる。大丈夫、この幼女モードならとがめられることはない。そう自分に言い聞かせてなんとか平静を保つ。

「どうせなら元の姿の方が嬉しいんだけどな……。でも、仕方ないよね」

未だにオレの手を掴んでいる彼女が、きゅっと力を籠める。


「男のリンさん分は帰ってから補充する。その代わり、今日はいっぱいお話ししよ!」


残念そうな表情を浮かべたミシェリアだが、すぐにそれはなりを潜め。変わりに顔に浮かんだのは、楽し気な笑みだった。それにオレは小さく苦笑を漏らして肩をすぼめた。そして、少し芝居がかった口調でつぶやく。

「……姫の仰せのままに」


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