第二十三話
「随分と親しい感じでしたね」
ライオットから離れた後。小さなカンテラのようなものを片手に有したエリスを横目に、オレはなんとなくそう口にする。すると隣を歩いている彼女は肩をすぼめた。
「いや。大した理由じゃないんだ。彼の祖父が、私の剣の師匠でね。その関係で、幼少の頃からよく彼とは顔を合わせていたのさ。そうだな……私にとって、彼は兄のような存在と言えるかもしれないな。実際、幼いころは兄と呼んでいた」
「今はそう呼ぶ機会はなくなったがな」とエリスはこぼした。その後、彼女は肩越しにちらりと来た道の先を眺め見る。
「あんな軟派な雰囲気を見せているが、彼は強い。彼が本気になれば、恐らく『国境解放戦線の鬼人』と呼ばれたバイス騎士団長も苦戦を強いられるだろうな」
「……おっと、これは失言だったな」と彼女は自らを改める。
国境解放戦線の鬼人……なんという中二心をくすぐられる異名だ……。あのおじさん、そんな御大層な二つ名まであったのか。というか、そんな人といい勝負するって。全然そうは見えないけどな……。
楽し気に語るエリスを横目に、オレはさらにライオットの正体が謎に包まれた印象を持った。騎士にあるまじき怠惰な振る舞いをしておきながら、師匠を務めるほどの剣術家を祖父に持ち、現騎士団長でも苦戦するほどの強者。……色々と深い経歴のありそうな人物である。
……そして、旅人でもこの格好だとあんま刺々しくないな。やっぱ、女の子ってことと幼いってところが効いてるんだろうか?
野郎の時に会ったエリスを思い出す。正直殺されるような目で見られた記憶しかない。……まぁ、お守りすべき姫様に言い寄る害虫みたいに思われているからかもしれないが。それに関しては、個人的には言い寄られているのであって、こちらとしては無実であると主張したい。が、そんなことを信じてくれるとは到底思えないところが非常に残念だ。一度断ってはいるが、確かに拒絶まではしていないから弁解もし辛い。
それはそれとして。対して今の姿だとどうか。普通に会話をしてくれるし、尚且つ射殺すような視線を受けない。なんとなく微笑ましさすらうかがえる勢いだ。
……これからは、エリスさんに会うときはこの格好だな――
顔を合わせた回数は少ないが、早々に苦手意識を抱いた彼女への対処法を早期に学ぶことができた。これはありがたい。
……と同時に、絶対に元の姿がばれてはいけないという危機感も覚える。
「……ところでなんですけど。これはどこに向かっているんですか?」
そういえば彼女に用があると言われ付いてきたのは良いが。結局どこに向かっているのか聞いていなかった。それを思い立ったオレは、おもむろにそう尋ねた。
「あぁ、そういえば伝えていなかったな」
エリスは呟きつつ、辺りを小さく見まわした。昼でも薄暗い場所だという印象を持ったこの森は、やはり相応に木々が密集しているのだろう。先ほどまで過ごしていた空間を示す魔法による光が、ほとんど隠れかけていて随分と遠くに見える。もう少し歩けば、木々の間に埋もれることだろう。明かりがなければ……いや、明かりがあったところで戻るのは難しい気がする。……戻る時はどうしたらよいだろうか。
エリスさんはどうやってオレらのところにたどり着いたんだ……? てか、なんでこんな歩くのも億劫になりそうな時間に? 何があるっていうんだ。
暗闇が深ければ、その分要らない不安がこみあげてくる。この場面で、不意に横から魔物が襲い掛かってきたら……。口から心臓が飛び出す自信がある。全くもっていらない自信だが。
一方隣を歩くエリスだが、魔物の遭遇を気にかけているようには見えない。もしかしたら何かしらの対策でも講じているのだろうか。あるいはそのような心配をする必要がない程、実は相当の手練れなのか……。なんにせよ、オレと比較してだいぶ堂々としている。
オレの心配をよそに、エリスは小さく肩をすぼめて口を開いた。
「今向かっているのは、姫様のところだ。この遠征中、君と全然交流していないだろう? 君に会いたいと駄々をこね始めてな。こちらとしては、姫様を危険な目に遇わすわけにはいかないから、遠征中は大人しくしていただきたいのだがね。……これ以上我慢させていたら、勝手にふらつきそうだったのでな。友人であるという君を信じて、会ってもらうことにしたのさ」
……むしろ全然方向の違う心配事だった。相変らずあのお転婆のお姫様は、羨ましくなるほどの勢いと行動力をお持ちのようだ。あそこまで感情のままに真っ直ぐ動くということをした記憶のないオレは、少しだけ彼女に憧れを抱いてしまう。
「なるほど……。もはや明日まで待てないってところなんですね……」
エリスの心情に少しだけ同情しながら、オレは小さく苦笑を漏らした。彼女もオレの云わんとしていることがわかるのか、「まあ、な」と小さく答える。
「自身がどのような立場の人間なのか、もう少し理解してくれると助かるのだがね。その点をしっかりと押さえているお姉様を見習って頂きたいものなんだがな……。でも確かに、無茶できるのも今のうちとも言えるし…………いや、これを君に言っても詮無い話か」
相変わらす、エリスからはミシェリアに対して護衛以上の親密さを感じる。それこそ、彼女が姉のような雰囲気だ。実際は違うのだろうが、お互いそれに近しい何かを感じているのだろう。
「……ただ、旅人の中にも君のような幼い少女がいるとは思わなかったから、これはこれでいいのかもしれない。君は落ち着いているようだし、どうか良き友人になってくれないだろうか」
そんなエリスから発せられたその言葉に、オレは大きく頷いた。
「えぇ、それは勿論構いませんよ。彼女の純真さには、私も元気をいただけますから」
「……本当に教養深い少女だな君は。良き友人とともに、姫様の情操教育もお願いしたいくらいだ」
「……ま、まぁそこは彼女自身の問題なので……」
姉貴分というのも、それはそれで大変なのだろうなと感じずにはいられない、エリスの切実なお願いだった。




