第二十二話
「……こりゃ一体どういう状況なんだ?」
筋力値を上げるため、十数人の少年たちと筋トレに励んでいると。不意に背後から聞こえてきたのは、ライオットの間の抜けた声だった。その時オレは、腕立て伏せがそろそろきつくなってきていたので腹筋に移行していた。バタンと仰向けになったまま声の方を振り返ると、天地が逆転した状態のライオットと目が合う。彼は眉をひそめながら、ぽりぽりと頭を掻いていた。
「鍛錬っすよ鍛錬」
仲間と腕立て伏せをやっていた少年一人が、どや顔混じりでそう口にした。やはり新人といえども騎士。そこそこの回数を経て若干脂汗を浮かべていたが、その口調ははきはきしたもので、まだ余裕がありそうだ。本来ならそこに感心のひとつでもしたいのだろうが……それよりも突然のことで理解が追い付いてなさそうなライオットだった。非常に微妙な表情を浮かべている。
「いやまぁ、それはみればわかるんだが……。昨日までは全然そんな素振り見せなかったのに。お前らいつの間にそんなやる気になったんだ?」
「俺たちだって、意地がありますからね!」
「負けっぱなしは趣味じゃないんすよ!」
「負けっぱなし……はぁあん、なるほどね」
少年たちの言葉に思い当たる節があったのか、ライオットはオレの方を見ながらそうつぶやいた。
「ま、ええんじゃないの。その勢いでじゃんじゃんやってくれ。その方が『らしく』て見栄えがいい」
その後一同を見回した彼は、肩をすぼめる。そして意味ありげにちらりと木の陰になった先に目を向けた。
……見栄えがいいって、なんだ? 写真撮影でもするつもりか?
不意にそう思いついたが、すぐさまオレは違うなと考えを改める。そもそもこの世界に写真なんてものは存在しないはずだ。少なくともこの丸二年お目にかかった記憶はない。
それなら一体何なのだろうか。オレは内心彼の物言いに疑問を浮かべつつ、動きを目で追う。すると先ほどライオットが目にした先から人影が現れた。
「……驚いたな。ここまで来て鍛錬をする部隊は、他になかった」
現れた人物は、少年騎士たちの筋トレ現場を目撃して面喰ったよう。素直に驚いたといった様子でそう口にした。
木の陰から出てきたのは、近衛騎士筆頭であるエリスだった。
彼女の登場に、オレはなるほどと納得する。
視察ってやつか。そりゃ確かに筋トレしてたほうが、向上心があって見栄えがいいわな。
組織に所属していないせいだろうか。エリスの登場にオレは特に居住まいを正そうなんていう思考は働かなかった。見知った顔が来たなと、少し興味を引かれた程度だ。しかし騎士団に所属している少年たちはそんなことはなかった。皆すべからく慌てて立ち上がり居住まいを正す。このあたり、やっぱり体育会系だよな騎士団って、と内心思ってしまった。
急に筋トレをやめてしまった理由が自身の登場故であることを、エリスも察したのか。彼女は気さくな様子で少年たちへと声をかけた。
「あぁ、すまない。邪魔をするつもりはなかったのだ。私に構わず続けてくれ。確かに各部隊の様子を見に来た……という側面もなくはないが。ここに来たのは、彼女に用があったからなんだ」
そういって彼女の見つめる先には、若干情けない格好のオレの姿。さすがに注目されると居心地が悪かったので、オレはくるりと向きを反転させると膝を折って正座した。あぐらはこの場この格好では少し場違いではないかと思ったし、かといって女の子座りもする気はなかった。それゆえの、正座。
「えっと、私に用って何でしょうか?」
取り敢えずオレはエリスに用向きをうかがう。すると彼女は小さく手招きをしてきた。
「鍛錬の最中申し訳ないが、少しご足労願えないだろうか」
「はぁ。全然構いませんけど……」
恐らくステータスが上がる程度には筋肉をいじめることはできたと思う。オレはよっこらせと立ち上がって、彼女の元へと歩み寄る。オレが近くに来たことを確認したエリスは、一度ライオットへと目配せしたのち、胸に拳を当てるこの国の敬礼をしている新人騎士たちへと振り返った。
「邪魔したな。これからも意欲的に鍛錬に励んでくれ。君たちに剣乙女のご加護があらんことを」
『ありがとうございます!』」
急な来訪にも拘らず元気よく返事をする彼らに、エリスは満足げな表情を浮かべる。
「ライオット隊長、後はよろしく頼む」
そう口にしながら、彼女は再度ライオットへと目を向けた。当のライオットは、やれやれといった様子で両手を軽く上げると皮肉気な笑みを浮かべた。
「俺としてはさっさと寝たいところなんですけどねー。この演習、何気に新人だけじゃなくて俺たちにも辛いですよ」
騎士団の階級の上下がどのようなものか知らないが、恐らく敬語を使っていることからエリスのほうがライオットよりも上だと思われる。にも拘わらず彼の口調は普段とあまり大差なく、格式ばったところの多い印象の騎士団では異質だ。特に模範的な騎士といった気質の持ち主のエリスなんかは怒るんじゃないかと、オレは内心思っていたのだが……。
存外エリスは腹を立てる様子はなく、肩をすぼめて苦笑いを浮かべるだけだった。
「やれやれ、貴公は相変わらずだな。ただ、貴公がいるならこの部隊は安全だと確信できる。あと数日だ、頑張ってくれ」
「……持ち上げすぎっすよ、ほんと」
エリスの絶賛に、ライオットは軽く目をそらした。その声質は普段の陽気な様子とは少し違い、気まずそうな雰囲気を感じる。
そんな彼の肩に、一度手を置いたエリス。その後すぐに放し、オレを伴ってその場を後にした。




