第四話
オーレンの言葉に返すいい文言が浮かばなかったオレは、何気なしに部屋を見渡した。
男性陣と女性陣の二組に分けるため二部屋取ったうちの、男子部屋で広い方であるこの部屋には、三人分のベッドや大きなソファ、テーブルなど家財道具は備え付けられている。しかしこの世界の冒険者が必要とするような装備や小道具などの姿は、最低限しか見当たらない。その理由は、所持アイテムはメニューウィンドウからしまったり具現化したりが、基本的に自在にできるからだ。
このシステムのおかげで、アイテム所持数は限りがあるものの、生身じゃとてもじゃないが持ちきれない量のアイテムを持ち運びすることができる。精々具現化させているのは、咄嗟に回復アイテムなどを使うときに用いるバッグくらいか。これに具現化させた回復アイテムを突っ込んでおくことで、わざわざメニューから取り出す手間が省け、素早く回復が出来るのだ。
一秒の隙が命取りになる戦闘中などは、この安っぽいバッグが見た目以上の効果を発揮してくれる。ただ難点は、謎仕様なのだが、このバッグはアイテム欄に収納できないことである。つまり、場合によっては荷物になるのだ。
「……オーレンは、明日の準備は大丈夫なのか?」
その絶賛お荷物になっている安物バッグを見つめながら、オレは口を開いた。それを聞いたオーレンは肩をすぼめる。
「そんな、メニュー開けばホホイと何でも出てくるんだから、準備するものもなにもないんじゃない?」
「……お前なぁ。確かにそれはそーだけど、武器防具の耐久はいいのか?」
武器・防具には耐久値というものがある。それぞれ時間経過で少しずつ減ったり、使用するとガリガリ削られるのだが、この値がゼロになってしまうと、装備破損状態になり、本来の性能を失ってしまう。装備破損状態からさらに時間が経ったり、過度に使ってしまうと装備破壊という現象が起こり、アイテム欄からその装備自体が消滅してしまう。
その武器存続に不可欠である耐久値は、武器屋・防具屋に持って行って修理をしてもらうか、『鍛冶師』の職持ちのやつに修理してもらうか、大体この二択だ。一応誰でも装備の耐久値を回復できるアイテムもあるにはあるが、値が張る上に成功確率というものが存在して、修理に失敗すると逆に耐久値が減ってしまうのだ。
なので基本的に旅人は、身内に鍛冶師がいない限り街の武器屋・防具屋で装備の修理をしてもらう。
「あ……」
オーレンはよくこの装備修理を忘れる男で、口に出さないと装備破損ぎりぎりまで装備を酷使する傾向にあった。今回も、その例にもれず修理を怠っていたようだ。
「まだ武器屋とか開いてるよね!?」
「地元住民の経営する鍛冶屋は安いのはいいんだけど、たぶん今渡しても明日には間に合わないと思うぞ。だけど、この時間はまだ狩りから帰ってくるやつらが多い時間だからな。旅人が経営してるところなら、まだ大丈夫だろ。ちょっと値は張るけど、あいつらにかかれば、コマンド数個で終了だしな」
「そか! ちょい行ってくる!!」
窓から見える、夜のとばりが降りつつある街の様子を横目で見つつオレが言うと、オーレンは脱兎のごとく部屋を後にして行った。相変わらず忙しい奴だなと心の中だけでつぶやいたオレは、誰もいなくなりしんと静まり返ってしまった部屋を見回す。
「……ふぅ」
だが、特にやることの見つからなかったオレは、小さくため息をつくと近くにあったソファに腰を下ろした。そのまましばらく背もたれにべったりと張り付いていたが、おもむろに左手を宙に走らせ、メニューウィンドウを開き、自身のステータスを確認する。
「……相変わらずひっくいなぁ」
自嘲気味に笑みを浮かべつつ、オレはぼそりとつぶやいた。
ステータス画面で確認できるものは、自身のレベルや所持職業、装備、HPとMP、基礎ステータス四種、属性耐性などなどだ。ここで言う基礎ステータスとは、筋力・体力・魔力・器用さの四つだ。
筋力は物理攻撃力と装備可能な武器重量に影響するステータスだ。前衛には必須の数値と言える。対して後衛職に必須になる、魔法攻撃力と魔法や技などのスキル使用時に消費されるMPの大きさに影響するのが魔力である。
体力は自身の耐久力に影響するパラメータで、この数値が上がることによってHPと防御力にプラス補正がかかる。死んだら寿命が縮んでしまうというこの世界では、このパラメータは無視できない効力を発揮する。
器用さというのは、様々な現象に影響を及ぼす数値である。例えば、装備の耐久値の減り具合も、同じ装備・同じ状況でも器用さの高い者が装備している物の方が減りは少なかったりするし、魔物が使ってくる各種状態異常の治りの早さもこの数値が影響する。
他にも、魔力を上げたら属性耐性に補正がかかったり、器用さを上げたら移動速度が上昇したりと、色々と基礎ステータス四種は影響を与える。
「前衛、後衛特化職の弱点をまとめたようなこの数値……」
その基礎ステータス四種だが、現在オレのそれら数値は、他職の最低値をまとめたような有様になっている。
言うなれば、筋力が全く上がらない魔法職の筋力とタメが張れるとか、逆に魔力の上がらない前衛職の魔力と同程度の水準でしかない……と言った感じだ。
「……泣けるわぁ」
見るのが嫌になったオレは、乱暴に腕を振るってウィンドウを払う。そうすると、目の前に広がっていたメニューウィンドウは跡形もなく消え去った。そのままオレはずるずるとソファの背もたれによりかかったまま体を横に流し、ぼふんとソファに横になった。
「……どうしてこんなんなんだろうな」
この世界に来る前までのオレ―鈴原鈴汰は、優秀とは言えないが、平凡な性能の持ち主だった。
大学に入っても各種単位(まぁ、通えたのはここに来るまでの期間だけども)も、追試に何度か引っかかったものの、ちゃんと取れていたし、運動も音痴といえるほどひどくもない。接客業であったバイトもそつなくこなしていたし、少なくとも生き抜く力はあったと思われる。恋愛に関しては、縁がなかったけれども。
それがこの世界に来ると、オレは同レベル帯の旅人と比べて圧倒的ともいえるほどの低水準な性能になってしまっている。
この世界では、ステータスの上下や職性能が、生き抜く力そのものだ。どういう原理か魔物を倒せばお金が入るし、出てきた素材を売ることでも生計が立てられる。後はクエストをこなすことで報酬を得るのもありだ。生産をしない旅人達は、これで各種出費を補完しているし、生産を生業とした旅人達は手に入った素材からものを作り、それを売ることで生活している。戦闘に馴染めず、かといって生産職にもありつけなかった者たちは、恐らくどこか自分に見合った街で日々生活しているだろう。
オレの職状況とステータスでは、恐らく最後の生活様式が無難であろう。だが、少なからず憧れを抱いていたこのファンタジックな世界で、向こうの世界と同じような生活はしたくなかった。どうせなら旅をしてみたい――それが当初からのオレの想いだった。
だが……。
「……あー駄目だ駄目だ! そう考えると気が滅入るっ」
がばっと上半身を起こしたオレはがしがしと頭を掻く。その後力が抜けたように腕を振りおろし、何を見るでもなく虚空を見つめた。
「……ちょっと外に出るか」
そのままぼそりと一言つぶやくと、オレはゆっくりと重い腰を上げた。