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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第二章 レベリング
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第十七話

すっかり日が落ちて、見上げれば見たこともないような綺麗な星空が拝めるころ。私たちは森の入口かつ横に川が流れている場所で野営を組んでいた。


本当は日が沈む前には野営の準備を始めていたのだが、やはり皆手慣れてないせいもあるのだろう。一息つけるようになるころにはこの暗がりだ。けれど、魔法が使える人たちが照明代わりの光の珠を浮かべているおかげで、そこそこ明るい。

ちなみにその中でもひと際大きく強い光を放っているのが、オーレンが作り上げたものだろうか。彼の場合、魔法というよりは小さな精霊を呼んでいるらしいが。


「すっげぇ……。すげえなお前! あんな強さの光なんて、俺五分も持たないぜ」

「まあ腐っても中堅の旅人だからね。でももっとすごい人なんか、ここら一帯を昼みたいにすることもできると思うよ」

「とんでもないな、旅人ってのは……」


そのオーレンは、同世代の新人騎士たちと仲良く陣を組みながら地面に座り込んでいる。さすが私たちのチームの中で一番人付き合いのハードルが低いコミュニケーション強者。今日一日ですぐに打ち解けてしまったらしい。


私も多少マシと言えば、マシなのかな。


オーレンほどではないが、私も今日一日で会話できるくらいの人付き合いはできた。今も女性陣で集まっている中にお邪魔させてもらっている。隣に座るローブを着た大人しそうな子ともぽつぽつと話をしている。


あとは……。


私は所属する集団の中の一角に目を向けた。そこには、少し少女たちの密度が高い空間がある。その中心にいるのが、真っ赤な髪と突飛な格好が目立つ褐色の小さな女の子。

リィンベルである。


本来自分より遥かに年上の大人な男性である『彼』なのだが、体が変化するというユニーク職のおかげであのような姿になっていた。当然女性社会の中で生活した経験など皆無なうえに、本人曰く女性経験もないとのこと。

そんな彼が、多感な年ごろである私と同世代の女の子が放つ八方からの声に対応できるわけもなく。

同性が見ても可愛い顔には、終始何とも言えない表情が張り付いていた。


「可愛いよね、リカちゃん……だっけ?」

可哀そうにと内心思いながら助けようか悩んでいたところで、不意に横からローブの少女が話しかけてきた。

それに私も頷く。

「うん。そうだよね。すっごい可愛いと思う。きれいな髪だし」

「ねぇ。ちょっとあの輪に入っていくことが出来ないから、遠目にしか見えないんだけど。すごいさらさらしてそうだよね。……でもあんなに小さい子なのに、すっごい強いんだもんなぁ」


リィンベルの戦い方は、遠目でも非常に目立つ。

基礎教育を受けている新人騎士たちは、皆集団で戦うことを意図した動き方をする。必ず複数人で確実に相手取るよう厳しく言いつけられているのだと思う。

そんな中、たった一人で大盤振る舞いをする彼……まぁ彼女は非常に注目を浴びるのは当然だろう。そのうえ見た目は誰よりも幼い少女なのだから、なおさら。


「年齢の割にとっても賢いし……もしかして、旅人のいいところのお嬢様だったりする?」

「うーん……いや、そういうわけでもないんだけどね」


そりゃあ、リィンベルさんはもう大学を卒業するお年って話だし。大人の人だもん、しっかりした話し方するよね。


彼女に限った話ではないが、ここにいる者たちはリィンベルの年齢を誤解している。完全に年上目線だ。当然それは私も同意見だろうと決めつけられているだろうが……。私としては、内情を知っているせいで少し返答に困る。彼なら多少の失礼も許してくれそうだが。


「……あれ、リカちゃん立ったよ」

とそこで隣が言うように、私たちの目線の先でリカがおもむろに立ち上がった。そして周りの少女たちに何かしら小さくつぶやく。それを受けて少女たちが口々に言葉を発した。詳しいことは聞き取れなかったが、断片的に聞こえたことと少女たちの表情からどこか心配されている様子。それにリィンベルは大丈夫と小さく手を振ると、そそくさと茂みの方へ歩いて行った。


「あーお手洗いかな」

隣の少女は納得したようにリィンベルの背中から視線を外した。逆に私は、彼女の背中から視線を外すことが出来なかった。


お手洗いって……旅人はそういうのないはずんなんだけど……。


旅人はこの世界の人間とは色々なところが異なる。最たるものが死んでも生き返るという点だろうが、それだけではない。血を流すことがないだとか、トイレに行く必要がないとか、根本構造が違うのではないかと思うほど異なる。なので本来だったらトイレで席を立つというのは方便だ。嵐のような少女たちのトーク空間に疲れたから逃げた……普通の旅人ならその可能性を考える。


けど、リンさんあの姿だと血を流してたし……。もしかしたらお手洗いも、あるのかな?


一体どんな気持ちなのだろうと思わなくもない。今は十歳くらいの少女に見えるリィンベルだが、本来は男なのだ。女性のトイレ事情なぞ知る由もないだろう。


私で言うところの、男子の姿でお手洗いに行くってことだよね。


どんなものだろうかと想像しようと思って。男性の息子を脳裏に浮かべようとしたところで、私は顔を赤くして頭を振った。


はしたない! というか、そもそもどんなものか知らないしっ。その割にはなんかちょっとおっきかったし――


隣で少女が首をかしげていたのに慌ててフォローをした私は、改めて茂みの方に目を向ける。そこそこ奥まで行ったのか、リィンベルの姿は見えない。


でも実際どうするんだろ? もしかしたら、元の姿に戻ったらその姿でトイレできたりするのかな? あとは戻った拍子に治ったり……状態異常的な感じで。


まじまじと茂みの奥を見つめてみても、暗がりの先は全く見えない。一体あの先で何が起きているのか。興味というよりは、不安感……いや、やはり怖いもの見たさの好奇心がちょろっと沸き立つのを感じる。

そんな時。目の前にシステムウィンドウが開かれる。ボイスチャットのアイコンだ。送信主は件のリィンベルである。

私はちらりと横の少女を確認した後、右手を耳に当てて目前に浮かぶ通話ボタンを押した。


『もしもしリンさん? どうしました?』

私が応答したとわかるや否や、リンさんはひどくまじめな様子でこう口にした。




『……ヘルプ』



『ど、どうしたんですか!?』

あまりの返信に、ちらりと茂みの方を見ていた瞳が開かれ顔ごとそちらを向かせる。

するとチャットの向こうから、言いにくそうな声が聞こえてきた。


『あ、いや。実際は大したことないんだけどさ。……こう、リカの姿だとトイレも行きたくなるみたいで。でも流石に女の子の姿でするのは憚られるから、元に戻ったりしたんだけどさ……結局ダメで。仕方ないから極力見ないように見ないように小の方をしたんだが――』

とそこでリィンベルは言葉を切った。その先は何やら逡巡しているようで、念話ではない恐らく口から漏れているであろううめき声が聞こえてくる。念話の声が男性のものだったので男に戻っているのかと思いきや、うめき声は少女のそれだった。

どうやらリカの姿でも念話は元の姿の声質になるようだ。精神自体は元のままだからだろうか。


それはそれとして。

息を吸ったり呻いたり……非常に悩んでいる様子だったリィンベルだったが。やがて決心がついたのか、そのまま少女の声で返信が続いた。



『……予想以上にびちゃびちゃになりました。紙がありません。助けてください……』



私は何とも言えない気持ちになって、空いた左手で眉間を抑えると天を仰いだ。


非常に星がきれいでした。


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