第十三話
「リカちゃん!?」
オレが自らの腕をまじまじと眺めていると、慌てた様子でローブを着た騎士の少女たちが近づいてきた。
「大丈夫!?」
「うわっすごい傷っ。今回復するね!」
そう言って騎士の一人が腕に手をかざし始めた。直後、淡い光が彼女の掌から洩れオレの傷を照らす。その光はひどく暖かく、見ると少しずつ傷口が小さくなっていく様子が見て取れた。それと合わせて、じくじくとした痛みも少しずつ引いていく。
「もう痛くない?」
「あ、あぁ……はい……」
膝を折ってオレの腕に回復魔法をかけていた少女がこちらを見上げ問いかけてきた。だが心ここにあらずといったオレは、ぼんやりとした返答しかできない。
その様子を実践に恐怖していると勘違いしたのか、少女たちは周囲にこびりついた血を取り出した布で拭うと、オレの手を取っていそいそと後方へと歩き出した。
「怖かったでしょう? あとは私たちが何とかしておくから、リカちゃんは後ろで待っててね」
「あ、いやでも」
「大丈夫大丈夫」
「いいからいいから」
オレが何か言おうとしても、暖簾に腕押し。瞬く間に少女たちに連れられて後方へと回されてしまった。
「リンさん!?」
周りが魔物の群れの到着に備えてオレの元を離れ戦闘準備をしている中途方に暮れていると、いつの間にか戦闘を終わらせていたシシリーとオーレンが近づいてきた。
「リンさんっ、今腕が血まみれじゃなかったですか!?」
「シシリー……この場ではリカだって」
自分の戦果など知らないとばかりに、シシリーがオレの腕を凝視しながら慌てた様子を見せている。それを見て逆に冷静になったオレは小さく訂正を入れる。オーレンも普通に間違えていたし、焦ったシシリーもこれだ。紹介した手前この場ではこのまま押し通そうと思うが、もはや取り繕う必要もないんじゃないかと思わなくもない。リンでも十分名前としては違和感ない。
それはそれとして。
「昨日まではここまでダメ負うことがなかったから気が付かなかったけど。なんかこの体だと、血とか出るみたいだ」
精神は変わっていないが、体そのものは別物でリカ・リリエスト本人だ。そのあたりが影響しているのではないだろうか。
「……すごい見た目がひどいってくらいで、そんなに変わらないのかな? 回復魔法でちゃんと治ってるし。その体の時限定?」
同じくオレの傷を遠くから見ていたオーレンも、うーんと頭を悩ませる。それにオレも首をかしげた。
「多分特殊仕様だろうな。まあこの体を使い始めて間もないから、わかんないけど。……しかし、戦ってたら血まみれになるのは穏やかじゃないな」
ふと脳裏に浮かんだのは、職の説明文。返り血で全身を赤く染め上げていたことから名づけられた紅魔という称号。この世界の魔物は血を流さないので、それを再現するのなら自身の血ということに――
……いや、それはない。勘弁してくれ。
そんなにダメージを負ったら死んでしまうわ。
「まあオレのことはいいよ、今は。それよりも」
そう言ってオレは視線を仲間たちから外す。向かう先は、今まさに魔物の群れを間近にとらえ、緊張した面持ち漂わせる新人騎士の集団だ。
「人数的には大丈夫だと思うけど、今までの戦闘を見るとちょっと心許ない気がする。オレたちも加勢しよう。今回はオーレンもついてきてくれ。オレもまだ戦いがおぼつかないし、シシリーも早いやつの相手は厳しそうだから、魔法で支援してくれないか?」
言いつつオレはちらりとオーレンを流し見た。すると待ってましたとばかりに輝く彼の顔が。
「全然いいよ! ほんと退屈してたから、いくらでも支援するよ」
「……手加減はしてくれよ? お前のレベルだと、初級の魔法でも一掃できるだろうからな……」
張り切ってくれるのはありがたいことだが、思わずくぎを刺すオレであった。
演習の初日は現状の把握がメインだったのか、町を出てすぐの草原での低レベル帯狩りだけで終了した。本格的に始まるのは、翌日からとのこと。
最初は着の身着のままでも問題はなかったが、明日からは数日ぶんの旅の用意を持参してほしいと言われ、オレたち旅人は新人騎士たちの軍団から外れた。
翌日の朝。今度は街の正門の前で集合している新人騎士たちの中に、オレとシシリー、オーレンが立っていた。その身は昨日と変わらずで荷物はほぼない。こういう時に便利なのが、旅人のシステムに組み込まれているアイテムボックスだろう。その中に各々しっかりと準備がなされているが、一切そんな素振りなく参加できている。
……ただ、我がアイテムボックスに防具でない女性用の下着やら衣服やらが突っ込まれる日が来るとは思わなかったよ。
全員が集まると、昨日組んだチームに再び別れ町を後にした。うららかな陽気の中若い集団で草原を進む様子は、さながら修学旅行みたいな気分である。大半の新人騎士が和気あいあいと雑談しながらもあって、そのイメージはひとしお。といっても皆多少は警戒する様子を見せているし、そもそも武装した修学旅行なんてオレは見たことないが。
「今日が晴れでよかったね。雨だったらどうしようかと昨日気が気じゃなかったよ」
「それそれ。傘なんて入れる隙間ないって」
「あんたは要らない荷物が多すぎでしょ」
「あーそうそう、そういえばさ――」
「えー! なにそれ」
オレの横で、同チームの女性陣がご歓談をなされている。そのトークスピードはさながらマシンガン。これが向こうの世界で言う女子高生の標準速度なのかと、似非幼女のオレは口を開かず静々と付いていくだけしかできない。
「あー、リカって言ったっけか。今ちょいと大丈夫か?」
居心地の悪さを感じつつ集団の中歩いていると、不意に横方向から声がかかった。その声に振り向くと、視界の先にはライオットの姿が。彼は新人騎士たちの集団から少し離れたところでこちらに手招きをしていた。
これ幸いとオレは周りの少女たちに断りを入れると、そそくさとライオットの元へと急ぐ。