第十二話
GWに外出していたので更新が一日遅れました。
そうこうしているうちに、先方が姿勢を低くし始めた。そこから一気に距離を詰めてくるのが、先の新人騎士たちが戦っていた様子から予測できる。
オレはぎゅっと剣を持つ手に力を籠めると、同じく少し姿勢をかがめた。
「シシリー、頼んだ!」
そう口にすると同時に、オレはその場から飛び出す。
「はい!」
オレが動くと同時に、シシリーが魔力弾を発射し始めた。双銃から生み出された弾は、実弾のそれとは異なるが、特徴的な音を立てながら射出され、向かって左端に位置していた魔物へと襲い掛かる。他の二体と少し距離を置いた位置にいた魔物は、近場の地面がはじけ飛ぶのを見て、さらに仲間から距離を開け始めた。
「ナイスアシスト!」
しっかりとオレの目指す二体から切り離してくれた彼女にそう声を投げかけながら、オレは一目散に目標とした一体へと駆ける。やがて突然の音に動きを鈍くしていたその魔物が近づくと、持っていた剣を右肩に担ぐように振りかぶった。
「おりゃ!!」
そして気合一閃、大きく左足を踏み込むとそれを軸足に弧を描くように振り下ろした。スピードを乗せた一撃だ。これで確実に一体仕留められると画策していたオレだったのだが。
「え、ちょ――」
直前でオレの姿を捉えた魔物は、なんとその場から大きく横に飛んだのだった。都合オレの振り下ろした剣は、オレの体もろとも魔物の横を通り過ぎる。
うっそだろ!?
会心の一撃が打ち込めそうだった状況から一転、無防備に脇腹を晒す羽目になった。このままではまずいと思ったオレは、勢いのままに前方へと飛んだ。地面に肩から激突する羽目になるが、仕方がない。石畳でないことが唯一の救いか。
「いっ!?」
むき出しの腕に、地面にこすれたり草で切ったりなどの地味な痛みが走る。だがそのおかげで感じられたのは、頭上すれすれに魔物が通り過ぎる感覚。そのまま立ったままであったのなら、恐らくがぶりとやられていたであろう位置だ。
オレは地面に突っ込んだ勢いのままぐるんと一回転し、少し離れたところで流れるように立ち上がった。加えて、途中で体をひねらせることで向きを修正、しっかりと魔物たちの姿を捉えている。ちょっと常人には真似できないようなその身のこなしに、他でもない当人が驚いてしまった。思わずぽつりとつぶやく。
「……すごいなこの体」
多少右腕がひりつつものの、視界の端に浮かぶ自身のHPはほとんど減った様子はない。身体能力に加えて、非常に頑丈だ。まったく華奢な見た目に反した性能だ……と思わずにはいられない。
とそこで唸り声が耳をついた。意識を自身の体から目の前の戦闘へ戻すと、オレは剣を構え直す。直後、魔物の一体が勢いよく地面を蹴ってこちらに肉薄してきた。ものの数歩でスピードに乗った魔物は、その勢いでこちらへ飛び掛かってくる。その大きな口にはひどく鋭い牙がびっしりと並び、食らいつかれたら非常に痛そうだ。
痛いどころじゃないだろ、これ。
普段前衛として戦わない者は、敵との距離の近さに恐怖を覚えるという。敵の一挙手一投足、そして抑えきれない殺気と目の前にちらつく凶器にどうしても足がすくんでしまう。なので経験のないものの前衛への転向は、困難を極めるらしい。
本来なら、オレもその括りに該当する。しかし幸か不幸か、今のオレは紅魔によるスキルの恩恵を存分に享受している。彼女の多々並ぶスキルの中のひとつに『勇敢』というものがある。効果は戦闘時の恐慌状態を無効化するというもの。
故に目の前にえんがちょな光景が展開されていても、オレの心情はビビることはなかった。
「ほんと、ありがたいよな!」
顔面へと迫りくる魔物に対し、オレは半歩横へスライドすると剣を平行に構え敵の口元に持ってくる。
「はああぁぁ!」
そして思いっきり振りぬいた。
魔物の持っていたスピードとオレ自身の筋力が合わさった恩恵だろう。オレの後ろで真っ二つになった魔物は、瞬く間に黒い霧へと変化した。
「よっしゃ、クリティカル!」
クリティカルヒットを示す橙色の光の残滓を剣にまといながら、オレは小さくガッツポーズをした。先ほどの見事なまでの空振りを挽回する一撃だと、内心で自画自賛。
「次!」
オレは剣にまとった光の残滓を振り払うように剣を一度虚空で切り払うと、再び構える。魔物は仲間が目の前であっさりと消されたことに警戒心を抱いたのか、ぐるると唸るだけですぐには近寄ってくる気配がなかった。
「……さて、どう料理してやろうか」
オレは再び勢いを乗せて斬りかかりたいと思いつつも、一方で先ほどの見事なまでの空振りが尾を引いて足を踏み出せないでいた。相手はしっかりとオレの動きを捉えている。その証拠に、魔物を中心に弧を描くように位置をずらしてみてもその視線が外れることはなかった。
シシリーの援護が……もう少しかかりそうだな。
オレは極力魔物から視線を外さないように、ちらりとシシリーが戦っているであろう方向を流し見た。この魔物は非常にすばしっこい。そのため、飛び道具で戦う彼女は少し難航しているようだった。出来ることなら横から奇襲をかけてもらいたいと思ったが、難しそう。
……このままじゃ埒が明かないな。いっそのこと、こっちから攻め立てるか――
とそこで。視界の端にほんの小さな違和感を覚えた。一体何だろうとちらりと視線を移すと、思わず口から変な声が出た。
げっ、なんかめっちゃ援軍来てないか!?
まだ平原の向こうにちらりと見えるくらいなので、気付いたのはちょっとした奇跡だろうか。しかし気付いたところでしっかりと意識すると、目の前にいる犬型の魔物を含め、数種類の魔物の群れが近づいてきていることがわかった。
騎士団のメンツは……気が付いてなさそうだなっ。
少なくとも次に戦闘を予定している集団は、雑談に華を咲かせて気が付いた様子はなかった。さらに周りを見てみると、気が付いたような反応をしているのは隊長クラスと一部の年長の新人騎士くらいだった。隊長たちはギリギリまで口出しするつもりがないのか、平然と事の成り行きを見つめている。一方新人騎士の方は自身のチームには告知するつもりか、メンバーを集めつつあった。もしかしたら、チーム単位で何か評価システムでもあるのかもしれない。
どちらにせよ、対応するには少し人数が心もとない。
「……っ。敵襲だ! 魔物の群れが迫ってくるぞ!!」
オレは離れたところにいる新人騎士に届くように大声を張り上げた。幸いにして、この体の声は高く遠くまで響いてくれるようだ。オレの声を聞きつけた彼らが、きょろきょろとあたりを見回し始め、勘のいい者たちが群れの方向を指さした。
「ひとチームじゃ多分足らない! 複数のチームで準備を――」
その時、対峙していた魔物が襲い掛かってきた。突然のことでオレは避けることが出来ない。咄嗟に顔を左腕でかばうと、丁度顔へと肉薄していた魔物が腕へ噛みついてきた。焼けるような痛みが走る。
「いってぇぇ!!? っこんの!」
オレは腕にかみついたことで動きを止めた魔物の腹に向かって、剣を突き刺した。その痛みに噛みつく力が弱まったと感じるや、オレは左腕を引き剣を思いっきり振り払った。その勢いで魔物は剣から離れ地面に叩きつけられる。穴が開いた腹から濃度の高い霧を吐き出していたその魔物は、すぐさま全身を黒い霧へと変えて消滅した。
魔物が消える様を、オレははあはあと息を切らしながらただ見つめていた。そしてふと気が付いたように左腕を見る。そこには牙が付きたてられた個所からとめどなく血を流す光景が。思わず目を見張る。
血が出るって……。これは旅人の体じゃないっていうのか……?
この世界に来てから旅人たちの体は通常のそれではなくなっていることに、皆早々に気が付いていた。
この世界では、旅人はいくら切りつけられても血を流さなくなっていたからだ。代わりに切り口が赤く光り、同色の小さな光の粒子が溢れ出て傷の有無を明らかにしてくれる。他にもいくら食事をしたところで、排せつするという行為をしなくなったり等、向こうの世界では考えられない状態へと体が変化していたのだ。
最初はその違いに強い抵抗があったのだが、三年目にもなるとそれが当たり前になっていた。
なのでオレは、現状血を流し続けている自身の腕に驚きを隠せないでいた。




