第十話
城でこの野外演習に誘われてから今日まで、数日間の猶予があった。その間にオレとシシリーは、少しだがレベルアップをしていた。大きな町の特徴でもあるのだが、町の周辺にいる魔物は低レベルでも十分相手できるほどに弱いものしかいない。逆に言えば、強い魔物がいるところにわざわざ町を作ったりしないということだろうが。
そういうわけなので、オレたちは取り敢えず町の周辺で安全にレベルを上げることができた。シシリーは今まで使っていた双銃が使えるので問題はないが、オレは自身初めての真っ当な前衛職だ。さすがに剣の振り方ひとつ、身の動かし方ひとつ知らない状況で参加するわけにもいかないので、試運転もかねてのレベリングである。
レベル上げをしていてわかったことは、上位職はレベルが上がりにくいということ。そしてその中でも紅魔はさらに上がりにくいということだった。
演習当日までの間にオレのレベルは八、シシリーは十になっていた。一応まだまだ上げられそうな経験値テーブルではあったが、タイムリミットだ。
演習の話を仲間にもっていくと、面白そうだなと食いついてきたのは情報屋でもあるジェリクだった。
「騎士団の新人演習があって、しかもそれに参加できるなんざ初めて知ったぜ」
当初彼はゲストとして参加したいと言っていた。恐らくそこにはオレの事情……死ぬことができないというところも影響しているのだろうと思う。そのことを知っているのは、彼だけだ。危なくなったら助けようとしてくれたのだろう。しかし生憎と当日に別の用事があるとのことで、彼は断念せざるを得なかった。
代わりに彼が頼み込んだのがオーレンだった。
もともと参加するつもりのなかった彼が積極的に行くことになったのも、ジェリクから『保護者として参加してくれ』と言われたことが大きかったのだろう。
そうなると紅魔状態のオレを含めて、年少組が演習にお世話になる形となる。そうなると年上勢が参加しない方が良いのではないかという議論になった。
ギルバインやミヤビ、ジェリクも、町の周辺の弱い敵を狩るメリットはほとんどない。参加するとしたら完全に保護者としてなので、だったら別のことをしたいということだった。ギルバインは「大人のデートでもしてるわ」という言葉を残している。そのリア充っぷりに血涙までいかないまでも、変なうめき声をあげてしまったのは蛇足だ。
それはそれとして。結果として演習への参加者はオレ、シシリー、オーレンの三人に決定したのだった。
「おー。あんたらが姫さんのご友人とかいう旅人たちか」
指定された騎士グループの集団の方へ行くと、一人の騎士にそう声をかけられた。他の騎士のような面積の広い鎧をつけず、要所だけ金属製の動きやすそうな装備をまとったその男性騎士。だが防具が少ない代わりに、腰の左右に一本ずつ剣をさしている。片方は他の騎士が持っているような剣に近いがもう片方は全くの別物で、細かい意匠が彫られた綺麗な細身の剣だ。襟のあたりに何やら記章をつけていることから、この男性がこのグループを監督する隊長騎士なのだろう。
一応オレが精神的には最年長なのだが、知らない者から見れば今のオレは一番幼い。そのため自分たちの紹介をシシリーへと譲ると事前に打ち合わせをした。それを思い立ったのか、見知らぬ年上の男性というのにたじろいでいた彼女が一歩前に出た。
「あ、えと。は、初めまして。旅人のシシリーと言います。こっちがオーレン、こちらがリン……じゃなくて、リカです。演習の間、お世話になります」
彼女がぺこりと礼をするのに合わせて、オレとオーレンも頭を下げる。その様子を見ていた隊長騎士が「ふーん」とオレたちを観察するような目線を投げかけてきた。
「俺の名前はライオットだ。……しかし旅人ってのは、こんなちんまいお嬢さんでも剣を取るんだな。そしてなんかこう……すごい格好だな」
その視線がオレで止まる。オレは彼の好奇の視線に対して苦笑いを浮かべた。
……確かに、言いたいことはすげーよくわかるけども。
これからいくら新人向けだといっても、通常訓練よりは危険な演習が始まるのだ。それなのに、こんな肌色過多な上に満足に剣が振れるのかも怪しい年齢の幼女が参加するなどと言われれば、誰だって似たような反応をするだろう。オレだって、同じ状況なら微妙な顔をする。まずは服を着ろと。戦えるかどうかはさておき、まずは服だろうと。
仕方ないだろ……。この格好、いくら鎧を装備しても姿変わんないんだから。
パッと見かなり薄着で防御なんて何一つ考えていませんといった装いのオレ。しかしその装備欄を見ると、がっつり着込んでいる。
本来装備欄にかかれているもの通りの装いなら、肌が見える部分なんてほとんどない。防具以外のファッションを楽しむために、装備ウィンドウには防具の非表示化ができるコマンドもありはする。ただ、今のオレはその機能を使っていない。男の時には非表示にして軽装冒険者みたいな格好を普段着としているが、紅魔の状態でそのようなことができなかった。何か方法があるのかもしれないが、現状最初の格好から変化させることはできないでいた。
ゆえに、オレは変身すればいつでも肌色過多の褐色幼女だ。
ゆえにじゃねーよほんとに……。いい加減この格好何とかしたいんだけど。
「まあいいや。旅人のことは、俺は全然知らないからな。そんなもんなんだろう。……それはそれとして。人数も集まったし、これからの予定を説明すっぞー。みんな集合」
間延びした声で、ライオットが招集をかける。先ほど問いかけられた時にも感じたが、仮にも騎士なのだからその態度はどうなのだろうかと思わなくもない。短い間しか見ていないが、エリスやバイスから感じられた騎士らしい凛々しさが、この男には見受けられない。
しかし、そうはいっても隊長は隊長だ。新人騎士は健気に彼の招集にきびきびとした動きで集まる。全員が集まったことを確認したライオットは、「いやはやみんな真面目だねぇ、感心感心」と小さくこぼした。
「それじゃ、今日の予定を説明するぞ。取り敢えず今日は、俺がお前たちの実力がどんなものか把握したいから、このあたりの魔物に対して訓練したいと思う。さっき言った割り当てで、各々狩りをしてみてくれー。回復がいるとか、このあたりの魔物は雑魚だとかありはするが、油断だけはすんなよ」
「それじゃ、いってこーい」といかにも投げやりな指示を飛ばすと、ライオットはそそくさとバイスのいる本部のようなところへ足を運んでいった。
「……おいおい、そんなんでいいのかよ」
さすがに適当すぎやしないかと、オレは彼の背中を見送りながら目を見張った。だが、新人騎士たちを見ると、それでもなんとなく動こうという素振りを見せていた。まるでそんなものだとわかり切っている様子だ。
え、騎士団ってこれが普通なのか……?
シシリーもオーレンも同じ疑惑を持ったのか、きょろきょろと忙しない。
そんなオレたちの元に、一人のローブを着た少女が近づいてきた。
「ごめんね。あの人はほんと適当だから。他の人はこんな感じじゃないんだけどね」
気さくに話しかけてきた少女。随分と世話好きな質なのかもしれない。そしてオレたちと違ってかなり優秀なコミュニケーション能力を有している様子だ。その証拠にオレたちの誰もが、咄嗟に反応できないでいる。
「短い期間かもだけど、仲良くして行こうね。そっちのちっちゃくて可愛らしい君も、よろしくね」
少女はオレの目線に合わせて腰をかがめてくる。
それに対してオレは。
「あ、はい……よ、よろしくお願いします」
精神年齢にそぐわない当たり障りない返答しかすることができなかった。




