第八話
「はー。すごいなぁ旅人さんは……」
一通り堪能した様子のミシェリア。彼女はそういいながらオレの目の前で動きを止めた。どうやら観察終了のようだ。
……予想外に服装については何もなかったな。破廉恥の一言でも貰うかと思ったが。
物珍しさから探るような視線は投げかけてくるものの、突然女の子に変身したり露出の多い格好に対してはコメントがない。根掘り葉掘り聞かれても確かに返答に困るといえばそうなのだが、身構えていた身としては拍子抜けといったところだ。
ミシェリアの動きもひと段落したようなので、オレは元の姿に戻ろうとウィンドウを開こうとした。その矢先である。
「……そういえば、その子すごい格好してるよね。なんというか……開放的? リンさんの趣味なの?」
このタイミングで来たー!?
もう来ないだろうと完全に高を括っていたオレは、少し普段のものとは違う視線とともに投げかけてきたミシェリアの質問に、大きくたじろぐ。
「え!? あ、いや。そ、そんなわけないだろ。こ、これがこの姿のデフォルトなんだよっ」
ホットパンツとニーソの組み合わせは至高だよな、とか考えていたオレの頭は、なんとかそこまでごまかしの言葉を口にしてくれた。幼女に煽情的な格好をさせるのが趣味のキモオタだと思われるのだけは回避したいという、オレの防衛反応がうまく機能してくれて事なきを得た。
「でふぉると……っていうのは、よくわからないけど。じゃあリンさんは、その格好についてどう思ってるの?」
かと思いきや。しかしミシェリアの視線はオレをとらえて離さない。その目線には、どこか力が入っているようにも見える。人が見れば違う意見を持つのかもしれないが、今のオレから見たら犯罪者を見る目なのでは……っ、というものにしか見えない。事情聴取を受けている気分だ。受けたことないけど。
「ど、どうって……」
オレは口ごもりながらも、必死で考える。自然と視点が自身の体へと移る。
当初から変わらず、第一印象は『薄着の褐色幼女』だ。ぴっちりと胸元を覆う素材の分からない黒のトップスは、そこに凹凸があれば非常に煽情的なのかもしれない。だがまごうことなき大平原が広がるこの体のお胸事情では、面倒だから下着だけでいいよね的なズボラな印象を覚えてしまう。服を着ろよ服をと、本来のこの体の持ち主に説教を食らわせたくなる。
それはそれとして。その薄着幼女の姿が正当なものであるということをいかに主張するかが、今後の個人的なメンタルに非常に関わってくる。オレは必死に思考を巡らせた。
ここで否定的な意見を出すのは、絶対まずいよな。『じゃあなんでそんな格好をしてるの? やっぱ変態さんなの?』って返されるのがオチだよ。それはまずい、非常にまずい。主にオレの精神的ダメージがやばい。……やはりここは、肯定的な意見を言うべきだ。何の負い目もない、この格好自体が正しいんだといえるような、最高にクリティカルかつ感性に訴える主張を――
「…………け、健康的でいいんじゃないかな?」
結局オレの口から出た言葉は、そのくらいなものだった。
横で青年が吹く音が聞こえた。
「お前……散々悩んでそれとか」
オレはケタケタと笑う青年を横目でにらみつける。
「い、いいじゃないか。不健康よりはよっぽどましだろ」
言い訳がましいオレの言葉は、誰の共感も得ることができなかった。
「……健康的」
オレは青年から目線を外して、ミシェリアを見た。一番気になるのは彼女の反応だ。しかし当の彼女は、口元でそうつぶやくと何やら思案気にうつむいた。この答えが良かったのか悪かったのか。ミシェリアのその反応からは読めない。
「と、とにかく。先日の遺跡でのあれこれのおかげで、オレは戦闘に特化したこの姿で戦うジョブを手に入れたんだ。詳細を聞いてるかわかんないけど、ミシェリアへ加護を与えていたこいつの加護を移し替えることで、オレも戦うことができるようになったんだよ。以前ジョブクエストを出してくれるって言ってくれた、ミシェリアの発言通りに。ありがとな」
あまり旗色が良くないと判断したオレは、無理やりにでも言いたいことをごり押しにかかった。過程はどうあれ、ミシェリアがらみでジョブクエストが発生したことは事実だ。彼女がいなければジョブクエストが発生しなかったと考えると、ミシェリアがオレとの約束を守ってくれたといっていい。
当のミシェリアは、オレのお礼の言葉を受けてはにかんだ笑みを浮かべた。
「私はそのとき全然意識がなかったから、そういう自覚はないんだけど……。でもリンさんがそういってくれるのなら、そうなんだろうね! リンさんの力になれてよかったよ!」
ミシェリアが目の前に立っていたオレの手を取って、自らのそれと合わせてぶんぶんと嬉しそうに上下させる。普段よりも距離感が少し近いと感じるのは、今のオレの姿が同性かつ同世代に見えるからだろうか。
「……それはそれとしてですが。リィンベルさん、私から一つ提案があるのですが」
楽しそうにスキンシップを図ってくるミシェリアにどう反応していいか分からず苦笑いを浮かべていたオレに対し、ミシェリアの後方に立つナナリーがそう口を開いた。
「提案って……なんでしょう?」
彼女の話を聞こうと手を放すそぶりを見せると、それを敏感に感じ取ったミシェリアが進んで手を放し、すっと横に逃げる。まるで事前に打ち合わせたかのような滑らかな動き。非常に察しが良い動きにオレは内心感心した。
「実はリィンベルさんへの加護の移動の影響で、ミシェリアの能力が現在変わってしまっているのです。以前のような身体能力が向上するような恩恵はなく、ほとんどが私の能力……魔法を扱う能力へと切り替わっています。切り替わってすぐだった数日前は、急な能力の変化に体が追い付かず負担をかけてしまいましたが、今は安定しています。問題なく扱えるでしょう」
オレがミシェリアの行動に気をひかれていると、ナナリーの話が始まった。慌てて意識を彼女へと戻す。
「なるほど……。数日前は体調が優れなかったって聞きましたけど、そういう理由だったんですね」
オレは納得したように小さく頷いた。エリスから体調が優れないと聞いた時は、何かしら身体的ショックによるものかとも思ったが。思っていたものとは違うが、当たらずも遠からずといったところだったようだ。
オレの言葉にナナリーも小さく頷く。
「えぇ、そうなのです。……ただ、問題なく扱えるといえども、使いこなせるかといえばその限りではありません」
「そこでなのですが」と、ナナリーはちらりとミシェリアを見た。
「近々、新人騎士を対象とした町の外での演習が行われます。主に魔物との戦闘訓練になりますが、それにミシェリアも参加していただこうと考えています。……前置きが長くなりました。話を戻しますが貴方への提案というのは、レベルアップを兼ねてその演習に参加しませんかというお誘いです」
彼女の発言に、視界の隅に映るミシェリアは特に目立った反応を示さない。あらかじめ聞いていたのだろう。……つまり、先ほどの察しのいい動きも背景があったということだ。
ふとミシェリアに視線を移すと、期待のこもった視線と鉢合わせた。まだオレは何の意思表示もしていないにも拘らず、来ることを疑わない目だ。
そんな目をされると、断りづらいんだけどな……。
まあ断るかどうかはさておき。誘いについては色々と聞きたいことがあった。オレはナナリーへと視線を戻す。
「えっと……。そもそもなんですけど、騎士団の演習に僕たち旅人が参加することなんて、できるんですか?」
新人といえども、騎士は騎士。ちゃんと騎士団のルールに則った演習となるだろう。そんな中に、何の縁もゆかりもない他人が紛れ込むことなんて、出来るのだろうか。軍隊の訓練に一般市民が入り込むようなものだと仮定すれば、その無茶加減が何となく不安をあおる。
輪を乱すというよりは、主にオレ自身がついていくことができるかという点について。
どうせなら、そんな団体行動じゃなくて仲間内で上げたいんだけど……。
オレの心配と思惑をよそに、ナナリーは何でもないといった様子で口を開いた。
「私が……加護主かつ光の英雄である私が進言させていただければ、問題ないと思われますわ。光の英雄は、この国ではある種信仰の対象でもありますから」
「そ、それじゃあ。適正についてはどうなんでしょう? 適正というか……レベル1の僕のステータスとレベルアップしてからの強くなり具合と、演習のレベルが見合うかっていうことですけど」
「その点も問題ないでしょう。町を出てすぐの領域には、強い魔物は存在しません。剣を扱い始めて少しといった素人でも、倒すことは可能です。貴方が戦闘に強いその体を扱うというのなら、最初は実力差があるとしても新人騎士たちならすぐ追い抜けると思います。また、圧倒的に差がつく前には演習も終わるでしょう」
「えっと、僕以外にももう一人レベリングを予定している仲間がいるのですが――」
「一人二人増えても問題ないはずですわ」
「…………」
次々と丁寧にオレの不安を解消していくナナリー。反比例してあまりレベリングごときに大騒ぎしたくないというオレの思惑が崩されていく。加えてオレに執着しているミシェリアもノリノリな様子を見せていることから、完全に参加せざるを得ない空気が醸し出されている。
オレは、自身の希望は通らないんだろうなと察してしまった。
「……分かりました。仲間と相談してみます」
固まっていた状態から、油の切れた機械のようなぎこちなさで頷く。
こんなん白旗上げるしかないだろう……。




