第六話
方や絶対付いていくと聞かないお姫様。方や目の前の状況を何とかしようと四苦八苦……しようとしてカラカラと思考を空回りさせている野郎一匹。二人そろって落ち着きなく迷走しているこの場を、果たして誰が収めてくれるのだろう。
……あかん、もうあかんっ。だ、誰か助けてくれませんかね!?
もはや自身で解決することを半ば放棄したオレが、頭の中で見知らぬ誰かに助けを乞いていると、なんと状況打破の光明がさした。
「全く……見ていられませんね」
不意に聞こえたため息交じりの声。
オレにしがみついているミシェリアの後ろ……オレの正面に、突然光の柱が立ち瞬く間に人型を作りだしていく。人影を作り出しているその光は、やがてくっきりと輪郭を形作ると小さくあたりにはじけ飛んだ。後に残るのは、一人の女性。
「本人たちの問題なので、口を出さないようにと思ったのですが……。出過ぎた発言をお許しください」
年はオレより上だろうか。だが落ち着いた雰囲気がそう見せるだけで、もしかしたら同世代か……下もあり得るかもしれない。不思議な空気をまとうその妙齢の女性は、腰まで届くほどの亜麻色の髪をなびかせながらぺこりと頭を下げた。
そのときオレの視界は、まるで天女のような純白のローブの上からもわかるその豊満な双丘が揺れる現場を、とらえてしまった。
突然現れたその女性が誰か気になる以前に、その大きな胸に意識が行ってしまった。いや仕方ないじゃん不可抗力ってやつだ、と自身に言い訳をしつつも、オレは気を取り直してその女性の綺麗な碧眼を見据えた。
「あ、貴女は……?」
一応見ず知らずの人物だということで、オレは若干警戒しながらも誰何すると、頭を上げた女性は小さく目を見張る。すぐにその大きな胸元に手を当てながら、小さく頭を下げた。
「申し遅れました。私はミシェリアに加護を与えている、光の英雄と言われているものです。光の英雄の本名である、ナナリーとお呼びください。リィンベルさんに姿を見せるのは初めてでしたね。以後、よろしくお願いします」
光の英雄――ナナリーは、気さくな様子で自身の名前を告げる。その後今度はミシェリアの方に目を向けた。
「ほら、ミシェリア? リィンベルさんが困っていらっしゃるでしょう。まずは離れなさい」
「……やだ」
「ミシェリア?」
「…………」
いうことを聞かない子供を諭すような口調でナナリーが言うと、やがて渋々といった様子でミシェリアがオレから離れた。彼女の聞き分けの良さから、どうやらナナリーとは面識があるのだろうと思われる。それが以前からなのか、はたまた加護が分断された数日前からなのかはわからないが。
「良い子です」
うつむくミシェリアの頭を、ナナリーが優しく撫でる。まるで母娘のようにも姉妹のようにも見える光景だ。ナナリーの見た目年齢からしたら、姉妹の方が近いかもしれない。
頭を撫でながら穏やかな雰囲気でミシェリアを眺めていた視線が、しかし少し鋭くなってこちらを向いてきた。急な変化に、オレは面を食らう。
「本来は、年上かつ殿方である貴方がしっかりと諭すべきなのですよ。貴方の主張は確かにその通りなのでしょう。ですが、ミシェリアを諭すためには不適切です」
「は、はぁ……」
いきなり出てきて何を偉そうに言うんだ、だったらどういえば正解なんだよと、若干むかっ腹をたてたオレ。しかし彼女の言いたいこともわかるので、反論する気力も湧かなかった。もろもろの感情が混ざり合った結果オレの口から漏れたのは、ため息のような覇気のないものだった。
「…………リンさんの悪口言わないで」
「み、ミシェリアお前……」
そのとき、ぼそりとだが確かに彼女の援護が聞こえてきて、オレは思わず胸をときめかせた。もう幼女でも何の問題もなんじゃないかという気さえしてくる。
可愛すぎか。
……いや、さすがにそれはよくないぞオレ。気をしっかり持ちなさい。
「貴女という子は……」
同じくミシェリアの呟きを耳にしたナナリーは、小さくため息をついた。その後「良いですかミシェリア」と言いながら彼女の耳元で何やら話をし始めた。ミシェリア自身もそれに何やら反応を返しているようだが、会話の内容は全然聞こえない。
「……やれやれ。相変わらずだよな、ほんとによ」
ふと、横から呆れ半分といった雰囲気の声が聞こえた。驚いて振り返ってみると、そこには、以前も見た全身を黒に染め上げた小さな青年が浮かんでいた。その青年は宙に浮きながら腕を組み呆れた様子だ。
「大抵のとこで感情論振りかざすんだよなぁ。俺様もそういう時期があったってことは認めるが、あいつほどじゃねえわ」
青年はミシェリアとナナリーが何やら会話している様子を見ながらそう口にした。
「……あんたはオレに対してなんも言わないんだな」
地味にナナリーに言われたことがまだくすぶっているというのが、自分の中にあるのがわかる。そのために若干とげのある口調になったということも。それに対して青年は、やれやれといった様子で腕を広げた。
「正直いっちまうと、お前の言葉でどこが悪いかなんて、俺様はさっぱりわからんかったわ。幼女に手ぇ出したら犯罪ってのは、ここでも同じだしよ。お姫様なんて位が盛りに盛られた相手なんざ、選べるわけねえだろってんだよな。しかも旅人ってのは、お前らの話聞く限りじゃ異世界人だろ? ラノベとかじゃ定住する場合もあるが、ものによっちゃ元の世界に帰っちまうわけだ」
「な? そう思うよな?」
期待以上の同意見者がいて、オレは思わず青年を指さした。何度か指を上下させることで、同意を得られた興奮を表す。それに青年は大きく頷いた。
「この世界だと、今までの記憶があって反芻できるが。何生と生きてきた俺様ですら、未だに女心ほどわかんねぇものはないと思うぞ。そもそも違う生物だろ、まじ」
「ほんと。どういえば正解だったのか、さっぱりわからんわ」
「事実なんだから、これ以上ねえほどの言葉だろ」
「……今まで、何だよこの俺様至上主義はとか思ってたけど。なんかすごい親近感湧いたわ」
女性陣が内緒で話し込んでいる間に、横で男性陣が盛り上がるという構成が、比較的狭い室内で発生する。片側の内容はわからないが、オレたち男性陣の話は……恐らく非常に情けないものなのではないだろうか。
オレの頭にそんな思いがよぎるが、考えないことにした。




