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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第二章 レベリング
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第五話

ミシェリアに連れられた先は、先ほど通された部屋の半分ほどの一室だった。

大きさ的に、誰かの私室といったところだろう。一体だれの部屋なのかは……あたりに飾られている少女趣味な調度品と、連れてきた人物を鑑みればすぐに見当がつく。

「ここって。ミシェリアの部屋?」

「そうだよ。えへへ、ようこそ」

オレがそう口にすると、ミシェリアはこちらを振り返り気恥ずかし気にはにかむ。彼女の青みがかった銀髪が、そのさらりとした髪質を主張するようにふわっと揺れた。


……ここが、ロイヤルな女の子の部屋か。


無邪気にほほ笑む彼女がまぶしく見えて、オレは思わずあたりに視線を泳がせた。女性経験の皆無さが災いし、気の利いた言葉が思いつかず黙り込んでしまう。


「…………」

「…………」


最初の言葉以降、両者の間には沈黙が広がった。その沈黙に居心地の悪さを感じたオレは、ちらりとミシェリアを眺め見る。彼女はこちらに背を向け、しかしオレのほうが気になるようなそぶりを見せていた。完全に背を見せているかと思いきや、肩越しにこちら……の足元を見つめる。


「…………」

「…………」


……やべぇ。この空気やべえよ、気まずすぎだ……。


何気なしに彼女の言葉に従いここまで来た。だが彼女から言葉を発しないのならば、こちらから話題を振るしかないだろう。そんな必要はないのかもしれないが、オレ自身がこの何とも言えない雰囲気に耐えられそうになかった。

オレは意を決して言葉を発しようと口を開きかけ――



「……実はね」



……ようとしたところで、背を向けたままのミシェリアが沈黙を破った。その声色は、普段の快活なものとは違い、どこか窺うような雰囲気が感じられる。

「実はリンさんを呼んだのは……確認がしたかったから、なんだ」


「……確認?」

オレはふらふらとおぼつかなかった目線をミシェリアに向けた。当のミシェリアは、オレのほうを向かずに腰のあたりで両手を絡めて左右に体を揺らす。

「何かっていうと……」

ざっ、と彼女は足元を支えている柔らかな絨毯を、つま先で軽く小突いた。そして、うつむき気味に軽くこちらに頭を傾げて、言う。


「……遺跡で私、言ったじゃない? 『一目ぼれ』って。私の、告白。……その返事が、聞きたくて」

「っ――」


最後のほうは恥ずかしさからだろう、ひどくか弱いものだった。しかしその言葉は、オレに息をのませるのに十分な威力を持っていた。



「……リンさん。……あなたが、好き、です」



ついには、体を振り向かせ正面から告白の言葉を紡いだミシェリア。その顔は真っ赤に染まり、熱っぽい瞳でオレを見つめてくる。恐らく、正面からその好意を受け取ったオレの顔も、同様に赤く染まっていることだろう。自分でも、顔が熱いことがわかるのだから。


オレは、必死な顔を浮かべるミシェリアを眺めた。

非常に魅力的な少女だと思う。

触れたらさらさらと心地よさそうな感触がしそうな髪もしかり、思わず二度見してしまいそうになる整った顔立ちもしかり。性格だって、快活で可愛らしい。現状でもオレの記憶にないほどの完成された美を持つ少女だと思う。上から目線になってしまうが、これ以上ないほどの優良物件だ。

けれど――


……彼女は、まだ幼すぎる。それにれっきとした王族だ。オレのような旅人と連れ合っていいような人物じゃないし……それ以前に、オレたちと違う世界の人物なんだ。恐らく、いずれ必ず別れる時が来てしまう。


オレに惑ったら、いけない。




「……気持ちはすごい嬉しいよ、ミシェリア。けど……君の気持ちに、オレは応えられない」

オレは自信を落ち着かせるため、一度小さく息を吐いた。その後そう口にするが、みるみるうちにミシェリアの表情が歪んでいくのを見るのは、予想できたことだ。

わかっていたことだが、しかし心が痛い。


「……どう、して?」

気持ちの整理がつかないのか、ミシェリアは目に涙をたたえながら食い下がる。オレの方も、お世辞にも気持ちが落ち着いているとは言えない。だが、彼女にとってオレは年長者である。せめて、年の差相応の毅然とした反応を見せなければならない。

オレはミシェリアに向き合いながら、緊張を押し殺すように隠れてこぶしを握った。


「た、確かに君の気持ちはうれしい。君みたいな可愛くて、愛嬌もある有望な子に好かれるってことは、オレの人生のなかで今まで……いや、もしかしたら今後もないかもしれない。……けどなミシェリア。君はまだ幼い。君くらいの器量なら、これから先、オレなんか目じゃないほどの人に巡り合えるはずだ」

「そんなの、わかんないじゃない! どうしてそういうこと言うの!?」

ミシェリアが泣きながら大声を上げる。勢いで一歩前に近づいてきた。彼女の激情に内心気圧されながらも、それをオレは歯を食いしばって表に出さないようにした。


落ち着け、オレ。


「聞いてくれ、ミシェリア。……前も話したと思うけど。オレたち旅人は、君たちとは違う存在だ。本来なら、いなかったはずの集団だ。それに君はこの国のお姫様でもある。自由が制限されることには同情するけど、君は旅人のオレみたいな、氏素性の知れない野郎を選んじゃいけないんだ。賢い君なら、わかるだろう……?」

自分で言っていてあれだが、なんともお粗末な説得だろうか。

確かに考え自体は間違っていないと、自分では思う。だが説得の仕方が良くない。これでは我が身可愛さに彼女を否定しているようなものではないか……自分の都合のいい言い訳を述べて彼女の気持ちを考慮していないのではと、オレはすぐに後悔した。


もっとなにか言い方があっただろ、オレ……っ。


惚れたはれたなどというこの手の話は、オレは一切経験がない。見たことがあるとしたら、それは漫画やゲームの世界の作られたものだけだった。その実績の無さが災いし、安い断り文句になってしまったのだが……果たして彼女の反応はどうだろうか。



「………………そう」



オレの拙い説得を受けて、ミシェリアはうつむいた。そのせいで前髪が顔を覆い、表情をうかがうことができなくなった。そのまま硬直していた彼女だったが、やがてふらりと足を前に出してきた。右足が前に出ると、次は左足。彼女は無言で、一歩ずつオレの方へ近づいてきた。

やがてオレの目の前まで接近したミシェリア。彼女は相変わらず顔をうつ向かせながら両腕を動かし、トンとオレの腹部あたりに手のひらを置く。


その後その手は、くしゃりとオレの衣服をつかんだ。


「み、ミシェリア……?」

彼女の行動に、オレはたじろぐ。思わず彼女の名前を口に出すと、一言返ってくる言葉があった。

『やめる』と。

一体どういうことだろうか。そう思ってオレが問いただそうと口を開く前に、彼女はしっかりと言葉を紡いだ。




「お姫様なんて、やめるっ。王族なんて……やめる! やめて……私も、旅人になって付いていく!!」




「ちょっ、ミシェリア!?」

あまりに予想外な発言に、オレは目を見開いた。まじまじと眼下のミシェリアのつむじを見ていると、不意に彼女が顔を挙げた。その目は、肝が据わっているように見えた。

「私が一国の姫だからダメだっていうんでしょ? それなら、そんなものやめてやる! どうせ私がいなくても、お姉様がいれば問題ないもの! やめて、リンさんについて行って……そのまま大人になれば、問題ないんでしょ!?」

以前、ミシェリアがエリスの前で自身の激情を吐露する場面を見る機会があった。今オレの目前にいる彼女からは、その時に似た暴走がうかがえる。


「ま、まま待ってミシェリア!? ちょっと落ち着いてっ」

「落ち着いてるもん!」

「いやどう見ても落ち着いてないだろ!?」

「嫌だ、絶対付いていく!!」

ミシェリアの方に手を置いて、一度離れて冷静になってもらおうと思った。だが、当の彼女は逆にオレの胸元に顔をうずめてしまった。しっかりとオレの衣服をつかみ、てこでも動かないという意志が感じられる。


ちょちょちょっ。ど、どうすりゃいいんだ!?


完全にオレの対応できるものから逸脱してしまったこの状況。きれいな彼女のつむじを見下ろしながら、オレ自身もオロオロするしかなかった。


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