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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第二章 レベリング
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第三話

どれほど歩いただろうか。騎士団の詰め所の武骨な空間を抜けると、続いて視界に入ってきたのは、随分と高そうな柔らかい材質のカーペットが敷かれた、高さも幅もある廊下。そこをエリスの後ろについて進むと、一行はどんどんと城の奥地へいざなわれる。

さらに進むと道幅も狭くなり、ちらほらと歩いていた城勤めの人影が一切見られない領域までたどり着いた。否応なしに緊張が高まる。


……何となく実感なかったけど。こうして城の深部に連れてこられると、やっぱミシェリアって姫様なんだなって感じだな。


ミシェリアと行動したときは、すべてが城の外かつお付きの者がいない状態だった。加えて彼女の言動は、オレの想像する『姫様』像とは似ても似つかぬものだ。確かに、着ている服が上等なものであることや、騎士たちに追いかけられている場面があったことから、何となくといった程度の理解はあった。しかし、実感としてどうかといわれると弱い。その弱さを、ここの空気は的確に刺激してくる。

大勢が歩くことを想定されていないのだろう、ニ、三人が通れるような廊下。まさに国のトップが私生活で用いる洗練された通路で、オレたちはそわそわしながらただただ歩を進める。



「……ここだ」



ついに、エリスが立ち止まった。一同はエリスの前にある扉に注目する。


ここまで奥地にくると、扉には出入り口周辺にあるようなそれほどの大きさはない。個人が出入りするのに最適な大きさまで落ち着いていた。その中で、エリスが立ち止まった場所にある扉は、両開きのもの。向こう側は周りにある部屋よりは大きそうだ。

「少しここで待て。姫様に話を通してくる」

オレたちを一瞥してそういうと、エリスは扉をノックして自身の名を口にした。その後、オレたちを置いて先に室内へと入っていく。


「……やっばい。僕緊張で手汗がやばいや。しかも震えが……」

「実は私も、さっきから心臓がドキドキしてて……」

このような重厚な空気に慣れていないオーレンとシシリーら未成年組が、少し息を乱しつつ呟く。その様子を見ていた成人組がどうかというと。

「……まさか、この世界でも上司のもとへ戦々恐々しながら行く羽目になるとはなぁ」

「私は別に、この緊張感嫌いじゃないですけどね」

「……すごいな、お前さん」

最年長のギルバインは、未成年組よりは落ち着いているようだが、あまり表情は晴れない。一方ミヤビのほうは平常運転だ。


「……教授のとこに単位くださいって土下座するときのような気持ち悪さだわ。『お願いします何でもしますから!』的な」

「ん、今なんでもするって言ったよね――じゃなく。お前そんなことしてたのか……」

ジェリクの暴露と軽口にオレは思わず乗ってしまったが、その後彼を横目で見つつ小さくため息をついた。冗談はさておき。かくいうオレも、比較的緊張はしている。自分よりはるか上にいる人……相手の裁量一つでこちらの身が如何様にも扱われる。オレの経験で言うならば、バイトの面接……くらいか。


国のお偉いさんに会いに行くっていうのを、バイトの面接と比較するっていうのも不敬か……。


まあなんだかんだ言っても、会う相手はミシェリアだ。ほかのメンツよりも多少交流があるオレは、緊張しないといえば語弊があるが、幾分か楽な心持ちだ。


「話を通してきた。お前たち、入っていいぞ」

そうこうしているうちに、両開きの扉の片方を開けつつエリスが戻ってきた。彼女はそう口にしつつ、部屋にはいれとジェスチャーを投げかけてくる。それを見たオレたちは、小さく息をのむと、意を決して室内へと足を踏み入れた。


招き入れられた室内は、比較的大きなスペースを有していた。恐らく個人用のスペースというよりは、来客があったときに通す部屋なのだろう。白塗りの大きなテーブルを中心に豪華なソファが置かれ、周囲には価値を図ることはできないが高そうな調度品が飾られている。

そのソファの列の中にひとつだけ、他のものとは違う少し大きめの個人用ソファ。そこに、ちょこんと座る小さな人影があった。その人物は、部屋に入ってきたオレたちをきょろきょろと眺めると、最終的にオレへと視線を移すと嬉しそうに手を振ってきた。



「みんな、数日ぶり!」



そのソファに座っていたのは、豪華なドレスに身を包んだ、絵にかいたようなお姫様然とした姿のミシェリアであった。







「本当は、すぐにでも招こうと思ったんだけどね。ちょっと体調が優れなくてさ。あ、もう大丈夫だよ! 今はすっごい元気」

「座って!」と空いているソファを示す彼女に、オレたちはおずおずと従った。


「……うおっ」


非常に高級感漂うソファ。絶対座り心地がいいんだろうなと思いつつ腰を下ろすと、思った以上に体が沈んだ。思わず驚きの声を漏らしてしまった。ちょうどオレを見つめていたミシェリアが、そのオレの情けない姿を目撃し小さく笑みをこぼした。言い訳をするのもみっともないと思ったオレは、何も口にせずポリポリと頭を掻いた。気恥ずかしい。

「……どうぞ」

「ありがとうエリス」

とそこで、エリスがティーカップをテーブルへと並べ始めた。その仕草は手慣れたものに見える。そしてそれに別段驚いた様子もなく、ミシェリアが礼を口にした。


姫様付きの近衛騎士にもなると、騎士といえどこういうこともするんだな。


そもそも給仕されるほど裕福な家庭の生まれではないオレは、こんな場面を初めて目撃する。そのため物珍しそうにエリスを眺めていると、当のエリスと目が合い小さく鼻を鳴らされた。出来て当然だ、と言わんばかりだ。



「本日はお招きいただきありがとうございます、ミシェリア姫。早速ですが、おみ足の方は何ともありませんか?」



オレがエリスの動きを眺めている間、ミヤビがミシェリアにそう問いかけた。回復支援職である彼女は、ミシェリアに対しどれほど規格外の治療がなされたのか、オレたち以上に把握しているはずだ。恐らく、後遺症などが気になるのだろう。

ミヤビの質問に、ミシェリアも見当がついたのだろう。「あぁー」と言いながら、自身の足元を眺める。

「うん、何ともないよ。全然。ほら、この通り!」

そういってミシェリアは立ち上がり、座っていたソファの脇へと向かうと、その場でくるりと一回転した。さらりと流れる青みがかった銀髪と白いドレスの裾が舞う。少しめくれ上がったドレスの裾からのぞき見えたシミ一つない細い足が、非常にまぶしい。目に優しくもあり、毒でもあった。

可愛すぎか。


「そうですか。それは何よりです」

天真爛漫な笑みを浮かべたミシェリアに対し、ミヤビは成人女性らしい落ち着いた笑みを返した。


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