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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第二章 レベリング
32/110

序章

第二章のはじまりです。

「くっそ! タフすぎる!?」


オレは頬を流れる汗を肩になすりつけて毒づいた。

「一体何回攻撃あてれば気が済むんだよっ――と」



オレの目の前には、興奮のためか鼻息の荒いイノシシのような生物が佇んでいる。ような……というあいまいな表現なのは、その生物のスケールがオレの知るイノシシのそれとは異なるからだ。

そのイノシシは、全長優に五メートルはあるだろうか。大型トラックもかくやといった超大型の化け物だった。しかも大きく口からはみ出している左右の牙の間では、バチバチと放電現象が起きている。時折牙の間で光の弾のようなものを生成し、こちら側に飛ばしてくるという離れ業もこなす。当然その光の弾に当たれば大ダメージだし、その巨体がぶつかりに来る風圧だけでも、足がすくむ勢いだ。今の姿は幼女のそれなので、男の時よりも余計に圧力を感じる気がする。


オレは標準装備されているマフラーをたなびかせながら、横へ大きくステップして飛んできた光の弾を躱すと辺りを見回した。


あたりは見晴らしのいい平原だ。遠くの方には森のようなものも見えるし、少し歩けば川が流れている光景を拝むことが出来る。だが、それらが邪魔にならないくらいには広大な平原の中に、オレは立っていた。

オレ以外にも、複数の人影がある。大半が白く輝く鎧やローブを着た騎士団の連中だが、そこにシシリーやオーレンの姿もあった。少し離れたところには、不安そうに眺めるミシェリアと、厳しい目を向けてくるエリスもいる。



「突進が来るぞ! 盾部隊、構え!」



男の時のオレとそう変わらないであろう若い騎士の一人が、そう声を張り上げた。その声を聞きつけて、大きな盾を持った部隊がにわかに騒ぎ出した。こちらはまだ二十歳にもなっていないと思われる少年ばかりの隊だ。なんなら今オレの周りにいるのは、先ほど指示を出した青年が最年長という、若者集団だった。


まごついていたが、なんとか盾を持つ部隊がそれぞれの盾を合わせ合い、壁を作る。そこに宣言通り大イノシシが突っ込んできた。思わず耳をふさぎたくなるような轟音が辺りに響き渡る。恐らく、ローブを着た魔法部隊から何かしらのバフをもらっているはずだ。その恩恵により、彼らは誰一人として吹き飛ぶことはなかった。衝撃に対するうめき声は漏れたが。



「近接部隊、魔物の足が止まっている間に斬りかかれ!」



青年が今度は剣や槍を持った者たちへ指示を飛ばす。その声に待ってましたと言わんばかりに、気合の入った怒号が上がった。


「……オレも参加するか!」

一応騎士団のメンツとは別行動と言われているオレたち旅人勢。だが丁度いい機会だと思い、オレも一気に地面を蹴って大イノシシへと肉薄した。

右手に持っているのは、ギルバインが過去拾ってそのまま倉庫の肥やしになっていたという、ダンジョンのボスからドロップした剣。オレの今の筋力値でギリギリ装備できる程度のレア武器である。


「せいっ!」


大イノシシの腹のあたりに近づいたオレは、大きく振りかぶって剣を振り下ろす。その一閃はとても本来の紅魔様の繰り出す一撃に敵うものではないが、切り口から黒い霧が大量に溢れ、大イノシシが雄たけびを上げた。それに追い打ちをかけるように、若い騎士たちが剣や槍、メイスなど各々が持つ武器を振りかざす。視界の端に見える大イノシシのHPバーが目に見えて減少し始めた。


「まさに、数の暴力!」


オレは成果がしっかりあがっていることにテンションを上げつつ、負けじと剣を振るった。これまでのレベル上げでこの幼い体は、周りにいる若い騎士たちの中の力自慢と並ぶほどの筋力を有している。さらに加えて、力自慢にはない敏捷さを兼ね備えていた。

つまり、この近接集団の中でトップクラスのダメージソースであり。


一番タゲを取りやすい。



「え、やっば――」

耳をつんざくような悲鳴を上げていた大イノシシが、不意に大きく体を揺すりジロリとこちらを振り返り、そして牙を振り上げた。恐らくそのまま薙ぎ払う心づもりなのだろう。少し考えればタゲが向くことは想像ついたはずだが、やはりまだまだ前線に出ることに慣れていない。情けないことだが加減というものを知らなすぎる。



「ひっ!?」


薙ぎ払いの射程圏から離れようと一歩下がろうとした矢先、すぐ横から息をのむ声が聞こえた。見るとその異形が正面に向いてきて、顔を青くして硬直している十代半ばに見える少年がいた。その手には武器がない。大イノシシに刺したはいいが、抜けなくなったのだろう。よく見たら、大イノシシの脇腹に一本何か刺さっている。


さすがにあの薙ぎ払いを生身で食らったら、ただじゃ済まない。最悪内臓ぶっ潰れるぞっ。


いくら見た目に反して人並み以上に筋力値があるといっても、まだ成人男性に毛が生えた程度だ。加えて背丈も足らないので、今のオレに日ごろ鍛えているであろう少年を圏外に突き飛ばすほどの力はない。


「えぇい、なるようになるだろ!」

オレはせっかく下げた足を再度横に踏み出し、一気に少年の前に躍り出た。直後、恐ろしい風切り音とともに大イノシシの牙の薙ぎ払いが飛んできた。

「こんの!?」

オレは力いっぱい牙に剣を叩きつける。しかし大型トラックの突進のような重い一撃には敵うことはなく。

オレは少年を巻き込んで為す術なく吹き飛ばされた。


「リンさん!?」

遠くからオレを知る人たちの悲鳴が聞こえてくる。少年とともに地面をニ、三転してようやっと止まったオレは、しびれる体に鞭打って自身のHPを確認する。剣を盾にできたこと、そして少年がクッション代わりになったおかげか、減少量は四割ほどで落ち着いていた。それでも驚異的なダメージだが。

「だ、大丈夫か……?」

幸いスタンもしていないようだったので、オレはすぐさま半身を起こし少年の安否を確認した。少年の方も、あれだけ盛大に吹き飛んだ割には目立った外傷はなさそうだった。ただ、衝撃はすさまじかったのでうめき声は漏らしているが。


オレが声をかけると、少年は少しの間呆けていたが、やがてオレの顔を……というか抱き合っているとも見える状況に顔を赤らめ始めた。純情な質のようだ。

「あ、ありがとう……。あの、君の方は……?」

「オレの方も、なんとか無事だ。……武器がなくなって恐れるのは分からなくもないけど、敵の前で動きを止めると殺されてしまうぞ」

「ご、ごめん」

「……まぁ、考えなしにタゲ取っちまったオレも悪いと言えば悪いんだろうけどね」



「大丈夫ですか!?」

と、そこでローブを着た少女が近づいてきた。その後ろにはシシリーもついてきていた。ローブを着た少女は回復役なのだろう。すぐさま少年へと手をかざし始める。一方シシリーの片手には回復薬があり、オレの方へと差し出してきた。

「サンキュ、シシリー」

オレは回復薬に口をつけてHPを回復する。大イノシシの方は、他の部隊がタゲを取り返したのかこちらに来る気配はなかった。


「あ、あんまり無茶はしないでください!」

「悪い。ちょっとオレも焦ったわ。次からはもっと慎重に動くよ」

心配からか、シシリーは少し責めるように声を上げた。それにオレは素直に頭を下げる。


……気をつけないとな。オレは、この騎士団たちのように……死ねないんだから。


オレは改めて大イノシシに目を向けた。目を見張るような巨体は、怒りをあらわにして盾部隊へと攻撃を繰り返している。


「……なかなかハードな試験だよな」

オレは大イノシシから目線を外し、離れたところに佇むミシェリアとエリスを眺め見た。相変わらずエリスは厳しい目つきで騎士団の若手を見つめていたが、ミシェリアは心配そうにオレを見ていた。それにオレが『問題ない』と言わんばかりに自身の薄い胸を叩くと、彼女はほっと小さく安堵の息をついた。


「……まあ、騎士団のメンツはともかく。旅人であるオレが突破できないのは問題だよな。こいつ、適正レベル二十とかそれくらいだろ……?」

オレはおもむろにステータスウィンドウを開いて自身のレベルを確認する。サブ職かつ下位職である『村人』のレベルは五十五だが、上位職である『紅魔リカ・リリエスト』の方は、まだ十六だ。ちなみに、オレの仲間うちの平均は大体五十代後半。同じく新しくジョブを得たシシリーは二十二。随分と上がり幅に差があるものだ。

余談だが、現在旅人の最高レベルは八十二だという。


「……取り敢えずギルさんたちには追い付かないといけないんだ。こんなところで止まってられないよな」

オレは手に持った剣をぎゅっと握りしめた。シシリーのくれた回復薬のおかげで、HPは満タンまで回復した。


大イノシシはいよいよしびれを切らしたのか、はたまた最後のあがきなのか。さらに動きを荒々しくしていた。HPは残り二割といったところなのに、元気なものだ。


「ギルさんじゃないけど。……我が道突き進むため、大イノシシさんにはご退場願いましょうかね」


オレはそう言うと艶やかな赤髪とマフラーをひるがえしながら、戦場へと戻っていった。


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