第三十話
「……自身の体を変えて戦う、か。確かに全くないって訳じゃねえけどよ」
うーんと悩まし気に腕を組んだジェリクは、元に戻ったオレを眺めながら呻いた。
「それにしたって。俺が聞いたことあるのは、体の一部を変化させることくらいだ。まるまる別人になるなんてことは、聞いたことがねえ」
スレットモンスターを倒し、別人の成りをしたオレをオレとみんなが認識した後。オレたちは二手に分かれていた。
まず元々シシリーのジョブクエストを進めていた四人。彼らは、依頼主と護衛対象である人物をダンジョン内の非戦闘エリア(敵が湧いてこず、HPやMPが自然回復する不思議な空間。大きなダンジョンでは見受けられる)に放置する形になっているとかで、再びダンジョン攻略に戻っていった。後できっちり説明してもらうぞという言葉を残して。
残りの救援のために合流したオレ、ジェリク、今だ目覚めぬミシェリアの三人は、一足先にダンジョンの外へと結晶を用いて移動していた。
「おまけに、加護主をこうしてみることが出来るなんて、思いもしなかったぜ」
「ん? なんだ俺様のことか?」
ちらりとジェリクが見下ろす先。横になっているミシェリアのすぐ近くを、例の黒い青年がふよふよと浮いていた。
「まあ、俺様たちのことは気にすんな。もうあの体は、この旅人のもんだ。直接俺様が手を貸さない限り、勝手に動くことはねえよ。俺様達は、ミシェリアの元を離れるつもりはねえからな」
無造作にオレの方へと手をひらひらと振りながら、青年はそう口にした。
「闇の加護主と契約して得たジョブ、か。……ベル、悪いが変身してもう一回ステータスみせてくれねえか?」
「ん? あぁ」
ジェリクに言われて、オレはシステムウィンドウに新たに加わったボタンに目を移した。この新たに増えたボタン。スタイルチェンジと書かれていることから、このジョブに限らず何かしらジョブ内で変化なり変形なりする職には備わるものなのだろう。オレの場合、スタイルチェンジを押すと、冴えない二十代の男と褐色の幼女とを切り替えることが出来る。慣れればそのボタンを介さずに変身できる旨が書かれているが、今はまだできない。
そのボタンを押すと、瞬く間にオレの体が光に包まれた。そして出てきた目を閉じろという警告文に従って少しの間目を閉じる。次開いたときには、少し視点の下がった世界が視界に入ってきた。その横には、最大値が大幅に下がったHPとMPバーもある。男のときは、サブ職業の欄に押しやられた村人のステータスだ。
ようやっとオレも自分のウィンドウで確認することができるようになったが、メイン職業のほかにもサブ職業という枠がひとつある。戦闘職のみを設定することができる枠だが、設定すればメイン職の性能以外にサブ職業のスキルも使えるようになる。ただし十全ではなく、サブ職のスキルはある程度制限がかかるらしい。一方、基礎ステータス強化やパッシブスキル強化系の職は、獲得しているだけでその効果が常時発揮される。シシリーの『スピードスター』などがいい例だ。
……ちなみに、村人も一応サブ職業にできるようだ。しかし得られる恩恵はほとんどない。レベル相応の基礎ステータスくらいだ。
しかも最低限の。
「……間近で見ても、信じられねえ変化だなぁ」
「まぁそうだろうな……。オレだって、違和感バリバリだしな……」
物珍しそうに、ジェリクが幼女と化したオレをつま先から頭のてっぺんまで眺め見る。その視線が含む『信じられない』という意図に全面同意しつつ、オレは口を開いた。
素で出した声が、今までじゃ考えられないほど高く、可愛い。思わず声のかすれ具合を誤魔化すための咳払いが漏れてしまったほどだ。まあ、その咳払いも咳払いしたくなるほど違和感なのだが。
「ほんとにタマついてねえのか?」
「ドストレートだなお前!? ついてるわけ……つ、ついてねえよっ」
「なに幼女の体眺めるのに恥ずかしがってんだよ。いい年こいた大人が」
「いや……。だ、だって普通見ないだろ……?」
「性に興味を持ちはじめたガキじゃあるまいし、どんだけ純情なんだよお前は……」
自身の息子のいなくなった股を、服越しに眺めただけでこの言い草だ。女性経験がなさ過ぎてこれだけでもたじろいてしまう自分が恨めしい。
「まあ、その幼女の体でも使ってお勉強するんだな。自分の体なら、法に触れることもねえだろ。取り敢えずステータス見せてみろ」
「お前、他人事だと思って下種いことを……。……ほらよ」
投げやりだが、言われた通りジェリクの元へステータスウィンドウを放る。それを見て思案気に鼻を鳴らすジェリク。
「『紅魔リカ・リリエスト』……初期レベルの割に筋力と体力が高いのは、固有スキルのおかげか。剣のみならず、体術も使えるとなると……固有スキル『美髪』ってなんだよ。そして下の注意書きの多さ――」
ふと、ジェリクの独り言が止まった。恐らく一番の問題点に行きついたのだろう。
「……復活できない。これは、マジの話なのか?」
「……その反応だと、普通ないんだな。まぁ……確認したくても、まさか試すわけにもいかないからなぁ」
「確かに、そりゃそうだが……」
まさか確認のために一度死んでみるわけにもいかない。それで本当に復活できなかったとしたら……。
「……どうすんだ? このことは旦那たちに話すのか?」
「…………」
オレはあごに手を当てて思案にふける。
オレが復活できないということを知ったら、皆はどう思うだろうか。
……絶対にオレを前衛に出さなくするだろうなぁ。
元々誰かが死ぬことに大きな忌避感を覚える面子だ。そんな中一回も死ねない……なんて話を持ち出されたら、必ず戦闘を避けるはずだ。
せっかく今まで足りていなかった純粋な前衛職が得られたのに、安全圏に避難させられそうだ。それだけじゃない。多分今まで以上にオレ本位の戦闘スタイルになるんじゃないだろうか……? オレを守れ的な。……それじゃ今の状況と変わらないじゃないか。
今だって、オレは皆のお荷物になっている自覚がある。この状況を脱却したいと、それこそ皆がジョブを獲得する度に思っていた。その望みが今回叶いそうなのだ。それも、白兵戦で敵なしと言われた、まだ数えるほどしか確認されていないユニーク職で、だ。
「…………ごめん、ジェリク。ギルさんたちには黙っておいてくれ」
だからオレは、秘匿することにした。
要は死ななければいいのだ。
今までだって、誰かが死ぬような機会はほとんどなかった。死ぬことが出来ないぞと脅しをかけなくとも、そうやすやすと死ぬようなパーティではない。
今まで通りなところに、戦力が増えるだけだ。
「いいのか?」
「下手に死なせないことに注力しすぎて、かえって動きが鈍くなることだって考えられるからな。要はオレが死なないように立ち回ればいいだけなんだから、みんなが気負う必要はないと思って」
「そりゃ……確かにそうだけどよ」
ジェリクが納得いっていない様子で言葉を濁す。ジェリクも、オレの言いたいことは分かっているのだろう。だが、それを肯定するか悩んでいるようだった。
「死んだらそこで終わりなんざ、当たり前のことだろうがよ」
と、そこで黒い青年がため息混じりに口を開いた。
「お前ら旅人が異常なだけだ。普通は、死んだらそこで終了。死ぬこと前提で動くことのほうが間違いだってんだよ。甘ったれたこと言う前に、死なないように強くなればいいだけのことだろ? 簡単じゃねぇか」
「…………あんたの言う通りだな」
青年のきつい言葉に、ジェリクが苦笑いを浮かべてため息をついた。
「確かに、こんだけ基礎ステータスが高いんだ。このままの状態で強化されていくんだったら、育てればどんな前衛よりも強くなれるはずだ。戦い方も覚えれば、死ぬこともない。…………そうだな、まずはレベル上げだな」
そう言ってジェリクはオレの頭に手を置いてきた。そのままガシガシと無遠慮に撫でつける。
「いたいっ、いたい!? やめんか!」
「こんなちんまい嬢ちゃんが、どこまで強くなるのか見ものだな」
「嬢ちゃん言うなっ。オレは男だ!?」
「その言葉、鏡の前で言ってみやがれ」
ガシガシと乱暴に撫でられる頭。その許されない暴挙を止めるために、オレはジェリクの腕を両手でつかんで必死に抵抗した。だが、村人時代から全く歯が立っていなかった彼の筋力に、レベルダウンしてさらに下降したステータスで敵うわけもなく。
力ない正義は、暴君に蹂躙されるしかなかった。
ぱっと見は、非常に微笑ましい光景だったという。
その後、オレとジェリクは移動結晶を使って一足先に街に戻った。闇の加護主である黒い青年は、再びミシェリアの中へと戻った。相方だという光の英雄に突飛な行動を延々ととがめられていることが、契約の影響かオレだけに聞こえてきた。
ミシェリアは、まだ目を覚まさない。どうやら治療は完璧で、眠っているだけの状態だというが。まさか城門前にエリスが陣取っていて、太ももまでごっそり服が破られているミシェリアを見て殺されかけるとは思わなかった。早々に眠るミシェリアを引き渡し、ただ眠っているだけだと説明したが、納得してくれたかどうかは怪しい。眠っていたミシェリアには、英雄たちが説明してくれるというので、その彼女がエリスにオレの無実を早めに証明してくれることを願うのみだ。
取り敢えずオレのジョブクエストでもあったサドンクエストは終了した。後は、シシリーのジョブクエストが完了し、みんなが戻ってくるのを待つだけである。
「そのあとは、がっつりレベル上げだなぁ。シシリーも上位職で上げ直しだろうし」
オレは取得済み職業の欄に掲載されている『紅魔リカ・リリエスト』という文字を見ながら小さくつぶやいた。
「…………」
何となく、じっと職業欄を眺める。村人と紅魔リカ・リリエストの二つだけが並ぶ寂しい職業欄。しかし紅魔のほうはモノクロ表示の村人とは違い、文字にグラデーションがつけられている。これは果たして上位職に固有のものなのか、はたまたユニーク職の証なのか。
「……ふふ」
思わず口元が緩む。痛すぎる難点があるものの、オレにとって初めてのジョブである。ギルバインの盾、ミヤビの回復といった、オレをオレたらしめることになるであろう大切な職。
「……よっしゃー、上げるぞー!!」
日が陰りかけ神秘的な夕焼け色に染まった空に向かって、オレは声高らかに叫んだ。
これにて第一章終了です。
第二章は少々お待ちください。




