第二話
基本的にジョブクエストを探すときは、二人以上で固まって行動するのが通例となっている。その理由は、一方だけが受注可能なクエストを発見することが出来たら、それすなわちジョブクエストであるという証明になるからだ。
窓越しから巨城、ラニルアータ城が見える少しお値段が高めの宿に部屋を取ったオレたち五人は、夕刻までの数時間、ジョブクエストを探すために街に出た。一日で街を回るのは無理だと判断したオレたちは、長期滞在することを念頭に置いて、ギルバインとミヤビ、オレとシシリーとオーレンの二手に分かれて街を散策することにした。
「西大陸の帝都も同じくらいでっかい街だったけど、こっちのほうがなんか明るい雰囲気があるね」
どこかの屋台で見つけてきたのか、串焼きのようなものをほおばりながら、オーレンが整備された街並みを眺めながらつぶやいた。それにオレは「そうだなぁ」と小さく頷く。
「帝都の方は、どちらかと言えば軍国家っぽかったからなぁ。ここよりは重々しい雰囲気が漂ってたな。ラニルアータは、それと比べたら活気があって賑やかってところか?」
「そうですねー。お洋服もお洒落で、可愛いです!」
街ゆく人々の格好を見ながら、シシリーが目を輝かせて言う。
「こんな街で見つかる職業って、なんかすごくお洒落そうですよね」
「お洒落な職って、なによ?」
「んー……ダンサーとか?」
「そんな感じの職が、どっかでなかったっけ? えっと、そう。西大陸の港町であった「酒場の妖精たち」てやつの職。名前は忘れたけど」
「あれは……なんか違うよぉ」
和気藹々とオレの前を歩くシシリーとオーレン。それを後ろから見ながら、オレは小さくため息をついた。
……あぁ、なんか輝いて見えるよなー。二人とも便利な職持ちだし、あっちの世界では高校生だもんなぁ。
向こうの世界で大学生をしていたオレは、さしたる趣味もないまま、日々を適当に過ごしていた。その時にやっていたのが、オンラインゲームである。
目的もなく時間があればただ部屋に引きこもっていたオレは、大学の行き帰りですれ違う高校生たちがまぶしく見えていた。日々が楽しそうというか、充実してるように見えたからだ。目の前を行く彼らからも同様の雰囲気を感じ、オレは入りづらい気分になった。
まぁ、彼らも実際は似たようなものだってのは、分かってはいるんだけどなぁ。考え方が年なのかなーオレ。
実はシシリーとオーレンの二人は、ここに来て知り合ったギルバインとミヤビとは違い、向こうの世界でもあったことのある間柄である。彼らも、オレと同じオンラインゲームをプレイするゲーマーで、たまたま住んでいる地域が近いこともあってオフ会を開く機会があったのだ。そのため、この世界に飛ばされたときにもすぐさま合流することができた。
実際、あの時は助かったよな。気が付いたら、見知らぬ場所に飛ばされててさ……。知った顔が偶然すぐそばにいたから、多少は冷静になれたけど。……そうじゃなかったら、今頃どうなってたか分かんねえもんな。
その後オーレンのフレンドで、別のオフ会で会ったことのあるというギルバインと合流し、その恋人であるミヤビが合流するのに、さした時間はかからなかったように思う。
結果的に、オーレンの顔の広さが功を奏したって感じだな。
いくらオンラインゲームでフレンドであるといっても、それはあくまでゲームの中での話。現実世界にまでそれを適用させるのは容易ではない。同じゲームをやっていると言っても、その実赤の他人であるからだ。
その上、ゲーム上ではいくらでも自分のことを偽ることができる。口調や態度からある程度把握はつく場合もあるが、例えば異性を演じていたとしても、正直分からない。
そう言う理由で、現実世界で顔を合わすという行為は、想像以上に緊張を強いられるものだと思う。だが、オーレンはそういうのをさして気にしない質のようだ。だがそのおかげで、今の五人が集結したと言っても過言ではない。
……しかし、みんなネットゲーマーだったんだよな。……一体、これはどういうことなんだろうか。
オレたち五人は、たまたま同じオンラインゲームをやっていた(ミヤビも実は同じオンラインゲームをやっていたらしい。本人が漏らした)ようだ。オレたちに限らず、どうやらこの世界に飛ばされた旅人達は、ジャンルは違えど皆オンラインゲームを日常的にプレイしていた者達だと、後に発覚した。
それがいったい何を示しているのか、オレには想像もつかない。だが、謎多きこの事件は『未来を憂う者』が起こした、あるいは関わっているというのは間違いないだろう。オレたち旅人は、世界『アークレスト』を踏破し、どこかで見ているであろう奴に事情を吐かせなければならないのだ。
そう息巻いて二年が経って、大陸一つ踏破して……。未踏の土地を日々開拓している攻略組のみなさんが、ここ東大陸も手を付け始めて。……だけど、未だにあいつとの接点はなにひとつないんだよな。
ここまでの冒険の中で、未来を憂う者やそれに関連するようなものに遭遇したという情報は一切ない。それ以前に、そもそも世界を踏破することで出会えるのかどうかも怪しいところである。だが、今更言ったところで後の祭りではあるし、事実それで旅人達の生活が成り立っている。
どっかで聞いたことあるけど、「この世界は漫画やアニメであったVR世界そのものだ。そうに違いない」って熱く語っていた奴もいるらしい。確かに、そう考えられる世界観というかシステムだよな。ステータスメニューとかクエストとかさ。まさにVRゲームそのものだわ。何故そんな世界に飛ばされたのかとか、そもそも何故そんな空想上の産物が存在するのか……とか疑問は尽きないけど、オレたちは旅をすることで生活が成り立たせているんだ。
もちろん外の世界は魔物が蔓延っていたり、たちの悪い野盗どもが存在するし、旧文明の遺跡などと言われているところなどには殺しにかかってくるトラップだって存在する。それが嫌になって、旅半ばでどこかの町に住みつく者だっているし、端から最初の方の村で旅を放棄する者だっていた。
だけど、元々こういう世界に少しでも憧れを抱いてゲームをしていたオレたちネットゲーマーだ。正直に言って、この世界は現実世界よりも遥かに心躍る。
確かにダメージを受けたら、向こうの世界ほどじゃないにしろ痛いものは痛い(不思議なことに、この世界だと痛覚が現実世界にいたころよりも遥かに鈍い)し、魔物によっては震えるほど恐ろしい奴だっていた。
けど、そのマイナス部分を含めても余りあるほどの楽しさと日々の充実感がある。
旅を続けているやつらは、多かれ少なかれオレと同じことを考えてるはずだ。
もしかしたら、こういう心の動きを予想して、未来を憂う者はネットゲーマーを選んだのかもしれない。しかしその考え方をするなら、他にも候補はごまんといるのだろうが、正解は今のところ奴にしかわからない。
……が、一つ納得できないのは……この差別は一体なんだってんだっ、ってことだよなぁ。
オレの言う差別と言うのは、もちろん職業のことだ。
現在、活動を続けている旅人達の平均の習得した職数は、四から六職らしい。もちろん平均なので、職数の多い者もいれば少ない者もいるのは確かだ。中にはたった一つの職業を極め、『ジ・オンリー』などと呼ばれる人種もいたりする。
……だが、冒険を続けている者達は必ずと言っていいほど『村人』以外の職を持っている。でないと、旅が続けられないからだ。
この世界に来た旅人達が皆最初に持っていた『村人』という職は、とにかくステータスの上がり方が悪く、装備できる武器・防具の種類もごくわずかしかない。戦闘、さらには生産にも向いていない職であり、よほどのことがない限り早期転職が推奨される、基本ではあるが残念な職だ。友人間などで取得している職の数を数える際にも、基本的に省かれる。先に述べた旅人達の平均習得職数も、『村人』を外した数字となっている。
そしてその残念な職にいつまでも就かざるを得ない状態にあるのが、今のオレの状況である。
ここまでの長い道のりの間、何一つとしてジョブクエストにありつけなかったのだ。
最初のうちは、このジョブクエストのシステムに慣れずに見落としがあるのかもしれない。だがそれも慣れないうちまでのことであり、今では見落としはないはずである。もしかしたら、その最初のところでジョブクエストが存在しているのかもしれない。だが、だからといってすぐさまメニュー画面を操作するなりして、その町に移動できる……というわけでもない。ちゃんと自分の足を使って戻らなければならないのだ。……一部例外として『転送師』という職は、転送魔法を駆使していったことのある街にすぐさま移動可能なのだが、オレの友人間にその職をもっているやつはいない。
そんなこんなで、戻るよりは新しい街で探したほうが効率はいいだろうってことで今まで旅をしてきたが……。その結果、今の状況……笑えんわー。
皆が魔物との戦闘に明け暮れているとき、オレはと言えば後方で荷物番程度しかできることがない。戦力外通告どころか、力が必要なクエストをこなすことが出来ず稼ぎが出ないのだから、はっきり言って穀潰しもいいところだ。
……もしこの街でもジョブクエストにありつけなかったら、やばいなオレ。凹んで数日動けない気がするわ。いや……ここから先は攻略組の方たちも苦労しているっていう東大陸での本格的な旅になる。そんなぎりぎりなレベルでここまで来たわけじゃないけど……危険度はさらに増すだろうと思う。そうなると、オレをかばう様な今の戦い方していると、ままならないことになるかもしれない。……最悪、オレはここでみんなと離れた方がいいのかもしれないな……。
周りの喧騒をどこか遠く感じながら、オレは無意識にうつむいていた。
もしかしたら、自分は皆の迷惑になっているんじゃないか。
この考えは、もうかなり前からオレの中で根付いているものだった。
だが――
「大丈夫ですよリンさん。絶対どこかでみんなが驚くような職がありますって!」
「そうさ。よく言うじゃん、ヒーローは遅れてやってくるものだって。それと一緒一緒」
落ち込むたびに、仲間たちはこうやって励ましてくれた。今回も、一人歩行の遅いオレに気が付いて、二人はオレの両サイドに戻ってきて声をかけてくれた。その言葉は、完全にオレの暗澹たる気持ちを払しょくするものではないが、かなり精神的に楽にしてくれる。
「……そう、だよな。ありがと二人とも」
出来うる範囲で笑顔を見せつつ、オレは二人に頷き返した。
「……あっ! あの人クエスト持ちじゃないですか?」
オレの顔に笑顔が戻ったのを確認したシシリーが、周りに目を移して声を上げた。
「……ん?」
「ない……んだけど?」
シシリーの声に、彼女が指差した方向にさっと視線を移したオレとオーレン。だが、クエスト所持を示す、人物の頭上に仮想的に表示される小さなアイコンの存在が確認できない。オレたちの懐疑の声に、シシリーは再度指差しつつ口を開く。
「ほら、あそこの背の高いちょっと強面の、腰に短剣っぽいの差してる人です」
シシリーの指さす方向には、比較的大通りなせいもあり多くの人が行き来している。だが、彼女が示した人物像に合致する人物は少し距離があったが、すぐに見つけることができた。
……しかし、そこにはクエスト所持のアイコンはない。
オレはオーレンに目を向けた。オーレンも同じことを考えていたのか、眉をひそめながらオレに視線を投げかけてきた。
「見え……?」
「ない……よ?」
『……これはもしかして?』
オレとオーレンの声がかぶり、オレたちは同時にシシリーを見る。それにシシリーは目を丸くした。
「え……あれ、私のジョブクエストですか!?」
ここにいる三人のうちで、彼女しかクエストの存在が確認できない。それはすなわち、そのクエストは彼女のジョブクエストであるという証である。
「良かったじゃないかシシリー。これで六つ目だっけか?」
「そ、そんな悪いですよわたしばっかり!?」
オレがそう言葉をかけると、シシリーは申し訳なさそうな様子で体の前で手をバタバタと横に振った。
「ま、まぁこればっかりは選べるものじゃないしね。とりあえず、見つけたんだし情報だけでも取ってこようよ」
そう言ってオーレンがそそくさと歩を進める。自分のジョブクエストではないと理解したオレは、若干肩を落としはしたが、未知のクエストに興味がわいてすぐにオーレンに続く。
最後に続いたのは、自分のジョブクエストを発見したにもかかわらず、オレの若干気落ちした顔を目聡く見つけて、申し訳なさそうな顔をしたシシリーであった




