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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第一章 力不足の旅人リィンベル
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第二十六話

「……くそっ。リンだけじゃなく、お嬢ちゃんまで」

一方、直剣に阻まれ身の安全は確保できたギルバイン達。そんな中ミシェリアだけが、驚異的な身体能力で天井付近のわずかな隙間から阻まれた向こう側へと躍り出ていった。彼女の身体能力と、小柄な体型だからこそできた芸当だ。

その場にいる彼らは追従できない。

だが、ドラゴンソルジャーとの戦闘を余儀なくされてしまった仲間を見捨てるようなことはするつもりはなかった。


「とにかく、この目障りな直剣を破壊したいな。……なんか意見は――」


その時、甲高い喉が張り裂けそうな声が響いた。ここまで高い声をドラゴンソルジャーが出すとも思えないし、人が出していいようなものでもない。

明らかに何かあったに違いなかった。


「い、一体何が!?」

「っ。ミヤビさん、ありったけの攻撃バフを私にください! オーレンも、属性強化バフを! その後皆さんは、階段の上へっ」

不安を掻き立てる声に動揺を隠せない面々の中、シシリーがそう声を上げた。彼女は、双銃をお互い近づけて構えた。



「ゼロ距離高火力で、破壊を試みます!!」



「分かりました。頼むわね、シシリー」

「最近覚えたバフスキルもついでにかけておくよ!」

じっと目前の直剣をにらみつけている彼女に、ミヤビとオーレンが次々にバフをかけていく。あらゆる光がシシリーを包み込んでは、彼女のステータス欄にバフアイコンを増やしていく。


「そういや、威力は高いけど使いづらい技があるって、前言ってたな」

「支援バフのない脳筋は下がれってよ、旦那」

「……やれやれ、後は若いもんにお任せってところかい?」

先にジェリクとギルバインが階段の上へと対比すると、少し遅れてミヤビとオーレンが続いてきた。階下に残されたのは、じっと銃口を直剣に向けるシシリーのみになった。


「……トリガーシフト。チャージ」


シシリーがそう口にすると、双銃の口がひとりでに変形し、口径が広がった。そこに光の粒子が形成され始める。

「チャージ、チャージ、チャージ……」

彼女が口を開くたびに、光の粒子は肥大化していく。それに反比例する形で、シシリーのMPが爆発的に減っている。やがて彼女のMPが底を尽きた。その時には、光の粒子は人の頭程度の大きさへと成長しており、直視できないほどの光を放っていた。



「…………ペネトレイトメテオライト…………バースト!!」



直後、シシリーも吹き飛ぶかという反動を残し、二つの光弾が放たれる。

攻撃面を底上げするバフをこれでもかと盛り、且つMPを全消費したゼロ距離射撃。その威力は凄まじいものであったようだ。鼓膜を突き破るかのような轟音が、ギルバイン達が待つ上層まで響いた。その衝撃を目の前で受けたシシリーのHPは、自身が放った攻撃にもかかわらず、一割強目減りしていた。


だがそのおかげで、行く手を阻んでいた直剣は上部がどこかに吹き飛んでいた。

先ほどまで見えなかった景色が、シシリーの視界に入ってくる。


「……こ、これは」


彼女の視界に入ってきたのは、つい数分前まで必死に走り抜けていた階段前の広間。そこには三つの影があった。


一つは、ドラゴンソルジャー。相変わらずのその姿は、シシリーの恐怖を掻き立てるのに不足ない威圧感であった。

一つは、床に倒れ伏しているミシェリア。なんと彼女の周りにはおびただしい程の血の海が形成されており、当の彼女も両足が見当たらない。だが、何やら全身が光り輝いており、特に欠損した両足部分が強く瞬いている。


そして、最後の一つ。


シシリーの予想では、そこにはリィンベルが佇んでいるはずだった。戦う能力こそ彼女らに劣るが、そこを補うように立ち回りなんとか命をつないでいるはずの彼の姿が。


だが、そこにはリィンベルの姿はなかった。

広間にいた残りの人物。

それは十歳前後と思われる、華奢な少女だった。


目を見張るような赤髪を肩甲骨辺りまで伸ばし、褐色の肌を覆うのは最低限の服と黒に近い赤いマフラー。意志の強そうな瞳も、髪と同じく紅い。全身赤に染めた少女がいた。

さらに驚くべきことに。その少女の左腕は、人に非ざる異形をしていた。

まるで影のように真っ黒で、悪魔のように鋭くとがった指をしている。だが、その異形な腕は二の腕の途中からで、それ以上上は触れれば折れそうなほど細身の少女のそれだ。

少女はその異形の左腕で、振り下ろされたドラゴンソルジャーの拳を正面から受け止めていた。


「……なかなか運がいいじゃねえか、青年」


そこで少女がそうつぶやいた。年相応に幼い声の割に、その口調は粗暴だ。

「この姿は俺様の体の中でも、白兵戦に関しちゃほぼ敵なしだった逸材だ。この格好になれたのなら――」

ふと言葉を区切った少女。直後、不意にドラゴンソルジャーが苦悶の声を上げた。



「こんなデカブツ、相手になんねぇ」



どうやら少女がドラゴンソルジャーの拳に爪を立てたようだった。少女は、そのまま左腕を体の外側へと払う。するとドラゴンソルジャーの体がそれにつられて傾いた。

「っふ!」

傾いたことで近くなった顔元まで少女は飛び上がり、その細い足で回し蹴りを繰り出すと、ドラゴンソルジャーはまるでゴムボールのように広間の奥へと吹き飛ばされた。何倍も身長差があり、重量も相応に差があるはずなのに。まるで現実味のない光景に、シシリーは言葉を忘れて呆けてしまった。


「シシリー! 状況はどうなっている!?」


とそこで彼女の背後からギルバインの声とともに複数の足音がした。騒音が落ち着いたとみて降りてきたようだ。彼らは広間の光景を拝んで、同様に言葉に詰まる。

「……ど、どうなっていらっしゃるんだ?」

「……分かんねぇ。誰だよ、あの赤いのは?」

通路の奥で立ち上がろうとしているドラゴンソルジャー。それを見つめる赤い少女の露になった背中を見ながら、誰もが怪訝そうな表情を隠せないでいた。


「シシリー。何があったのか分かりますか?」

「す、すいません。私にも、何が何だか……」

「……もしかしてさ、あの赤い女の子が吹き飛ばしたの? あのでかいのを……?」

ぱっと見で状況を判断すると、オーレンが言うように見えなくもない。だが確証が持てないため、続くミヤビの表情も晴れたものではなかった。


「……まぁ。そう見えますね。私としては、その彼女の横にいるミシェリアさん……でしたか……彼女が放っている光も気になりますね。部位欠損を修復しているようにも見えるのですが……」

「うそっ。それって、超超レアアイテムじゃないと、回復できなくなかった?」

「そうですよ。私が知っている限りですが、両足を失うような部位欠損ダメージを治療する魔法は、今のところ存在しません。回復するには、オーレンの言う通りレアアイテムを使用するか……確か、死に戻りでも確率で回復するんでしたっけ?」

「あぁ、ミヤビの言う通りだ。俺の聞いたところだと、死に戻りで回復するのは七割程度って話だぜ。まあいえることは、そんだけ部位欠損ダメを回復するのは難しいってこった。そのはずなんだがな……」

そうジェリクがつぶやいてみる先は、倒れ伏しているミシェリアである。彼女が両足を失っているということも驚きなのだが、それが治療されつつあることも驚愕に値する。


「あの赤い嬢ちゃんがやったのか、あるいはミシェリア自身のスキルか……。どちらにせよ、一体どうなってやがんだよ」

ガシガシとジェリクが乱暴に掻く。彼の口にする言葉は、その場にいる全員の共通認識だった。

あの赤い少女は誰なのか。ミシェリアのあの治療魔法は何なのか。そもそも、一体どういう状況なのか……。



「……おい。確か、ジェリクとかいったか?」



ふと、そこで件の赤い少女がこちらを振り向いてきた。勝気そうな赤い目が、ジェリクを眺める。

「お前の剣が一番具合が良さそうだ。少しの間貸せ」

「……なんで俺の名前を知ってんのか非常に気になるところだが。悪ぃが、生命線なんでな。おいそれと見知らぬ奴に貸すわけにはいかねえ」

「あん? ……まあ、確かに。剣士として当然の心得だわな」

赤い少女は肩をすぼめて、納得したようにつぶやく。だが、すぐに表情を改め再度ジェリクに視線を送った。

「あのデカブツを殺すためだ。生憎、今手持ちに剣がねぇらしくてな。お前らが倒せるというなら、それでいいんだが。そうもいかねえんだろ? お前らに危害を加えるつもりはねえ。ただあのでかいのを殺すためだけだ。だから、一時その剣を貸せ」


赤い少女の言葉を信じるのなら、剣を貸せばドラゴンソルジャーを倒してくれるらしい。彼らにとっては渡りに船である。

だが、単騎であの怪物を倒せるのだろうか。異形の左手を有しているとはいえ、それ以外は華奢な、この少女が。


その時、ドラゴンソルジャーが咆哮を上げた。怒りが感じられるような荒々しい挙動で、一気に床を蹴りだしてこちらに向かい始める。

「早くしろ、時間がねえ」

だが、赤い少女はさほど焦った様子を見せない。多少口調が早くなったが、ただ急かしているだけのようだ。


「……えぇいっ、なるようになるだろ!」

待っていても事態が好転するわけではない。それならば、博打を打ってもよいのではないかと判断したジェリクは、手にしていた直剣を力いっぱい赤い少女の方へ投げつけた。直後、彼の装備欄から武器が外れたという警告ウィンドウが発せられ、視界にちらついた。

投げられた直剣は、槍のようにまっすぐに赤い少女の元へと飛んでいく。赤い少女は、その剣を一瞥すると、通り過ぎる直前に右手で剣の柄を握った。そして直後体を一回転させることで、推力を強引に消す。再度迫りくるドラゴンソルジャーを見つめるころには、しっかりとジェリクの剣を構えていた。


「……まじかよ」

その姿を見てジェリクは小さくうめき声を漏らした。彼としては、迫りくるドラゴンソルジャーに突き立てるつもりで投げたものだ。

ソードダンサーであるジェリクは、前衛でも筋力が高い部類だ。当然それに見合うような筋力要求値の高い武器を使っている。なにせ、刀匠シュタイナーが打った直剣だ。恐らくだが、ギルバインの持つ大剣よりも重く、使う人を選ぶ。


「そんなんを、あんな器用に扱うたぁ……。どんな筋力してんだ、あの赤い嬢ちゃんは」

筋力が足らない者が同じことをすれば、たちまち剣の持つ推力に負け引っ張られることだろう。仮にうまく勢いを殺せたとしても、構えることすらできないはずだ。

「……まぁ、こんなもんか」

加えて、少女はそのようにのたまってみせる。まるで重さに不自由を覚えていない。……それどころか、まだ重くても問題なさそうな雰囲気であった。思わず空笑いを浮かべるジェリクの気持ちも、分からなくない。


赤い少女は軽く腰を落とす程度の気負わない構えのまま、ドラゴンソルジャーの突進を迎え撃つ。程なくして己の射程に彼女をとらえたドラゴンソルジャーは、怒りに任せてその拳を振り下ろした。その圧力は、今まで対峙していたギルバインですら軽く息をのむほど。一切攻撃が届いてこない安全領域にいるにも関わらずだ。

だが、少女はその一撃を寸前で横にずれることで躱す。真横で轟音を立てつつ床に突き刺さる拳を、無感動に眺める。

「筋力は十分ってところだろうが。圧倒的にスピードが足らねえ。俺様に当てることなんて、叶わねぇよ」

期待外れだと言いたげな物言いのあと、少女はジェリクから借りた剣をドラゴンソルジャーの腕目がけて振り下ろした。あまりの速さに、ギルバイン達には光の軌跡のようにしか見えなかった。その軌跡は、いともあっさりと腕を切断してしまう。


『グ、グアアァアアァァ!?』


ドラゴンソルジャーが絶叫を上げて後方へニ、三歩後ずさった。おびただしい量の黒い霧をまき散らしながら、苦悶の表情を浮かべる。

「……まあ、何とかなるだろ。後は何とかして見せろ」

痛みに耐えているドラゴンソルジャーを仰ぎ見ながら、少女はそうつぶやくとふと目を閉じた。


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