第二十四話
「いいぃいいつ……い」
両足から直視できないほどの血を吐き出し続けているミシェリアは、痛みで満足に話すこともできなくなっていた。
「お前、どうして!?」
愚問だと内心分かっていながらも、オレはそう問い詰めずにはいられなかった。
「お前分かってるのか!? 旅人じゃないお前はっ。オレなんてほっといても生き返るっていうのに、お前は……!?」
急速にミシェリアの顔色が悪くなっていくのがわかる。同時に、彼女の意識が薄れかかっているのも……このままでは彼女は死んでしまうということも、すぐに理解できてしまった。
「くそっ」
オレはアイテムウィンドウを開き、蘇生アイテムを探した。これだけの部分欠損をしてしまうと、通常の回復薬では効果がない。旅をしてきた二年間で、一度でもお目にかかったことがあるかないかというような超レアである蘇生アイテムを使うしか、完治の術はない。
勿論、そんなものを中堅どころの旅人であるオレが持っているはずもない。
「だ……だいじょうぶ、だった……リンさん?」
オレが慌ててウィンドウをいじっていると、今にも消えそうなか細い声でミシェリアがつぶやいた。あまりの痛みに、逆に感覚が麻痺してしまったのかもしれない。そのため会話する余裕が生まれたのか。オレは聞き逃さないように姿勢を下げてミシェリアの顔を見た。
「……オレは大丈夫だ。くそっ、馬鹿な事しやがってお前は」
「あはは……怒られ、ちゃった」
「そりゃ怒るわっ。お前、自分が何したのか分かってんのか!?」
「どう、かな……。からだが、勝手に……動いちゃって、さ」
「なんで!? どうしてお前はそこまで」
何故ミシェリアがここまでするのか、分からなかった。出会って間もない、会話を交わした程度のオレに対して、命を張るようなことが出来るのかを。
「なんで……か。……なんだろう、な。……たぶん、だけど」
そこまで言って、ミシェリアは小さく笑みを浮かべた。
「……一目ぼれ、だったの、かな……?」
「え――」
「さいしょに、見た時から……『カッコいいな』って。そのあと、話してみて……、助けてくれ、て。……なんか、はじめて、でさ。力に、なりたいって……。そう、思った、んだ」
「ミシェリア……」
「あはは……、恥ずかしい、ね。ごめん、ね……めいわく、だったかも、だけど」
「……んなわけ、あるかよ。迷惑なんて、これっぽっちも――」
と、そこで背後からドラゴンソルジャーの咆哮が響いた。振り返ると、ゆっくりとこちらに近づいているところだった。緩慢な動きではあるが、直ぐにでも行動しないと手遅れになりそうだ。
「にげ、て……リンさん。私は、もう……」
「……くそっ」
オレは思わず床に拳を叩きつける。
何か……何かないのかっ。このままじゃ、ミシェリアが死ぬ。オレだって、この状況じゃ、助けられた意味もなく……何か、何かないのか!?
ついにミシェリアは気を失ったのだろう、浅い呼吸をするだけで反応がなくなった。このまま息も徐々にしなくなっていくのかと思うと、いたたまれない。
ドラゴンソルジャーも、こちらの策が浮かぶ前に射程に収められるところまで近づいてきていた。今度は叩き潰すつもりなのか、拳を振り上げている。
くそ、くそくそくそくそくそぉ!!
考えがまとまらぬまま、ついに振り上げられていたドラゴンソルジャーの拳が真っ直ぐに下ろされ始めた。それを横目で見てしまったオレは、思わず眼前で横たわるミシェリアを守るように覆いかぶさった。
悪い、ミシェリア。本当に、ごめん……っ。
結局彼女の命を懸けた頑張りは、この瞬間を持って無駄になりそうであった。これでオレもろとも、命を散らすことになるだろう。もう届かないだろうが、オレは彼女に謝りたい一心だった。こんな何もできない男に一目ぼれしてしまったという憐れな彼女に、オレなんかのためにごめんと。
そう言いたかった。
だが、それは叶わない夢だと思った。
そう、思ったのだが――
『やれやれ、間一髪かよ』
不意に、どこからともなく気だるげな男の声が響いた。
『流石に俺様たちの加護を受けてるだけあって、よく意識を保ってくれたわ。おかげで冷や冷やしたぜ』
何処からともなくではない。これは、直接頭に響いている。
『おい、そこの旅人。聞こえてんだろ? なんか返事しやがれ』
「……こ、これはどういう」
オレは閉じていた目を開いて辺りを確認した。
そこに広がっていたのは、灰色に染まった空間だった。
「ど、ドラゴンソルジャーは……うわぁっ!?」
いつまで経っても衝撃が来ないことに疑問を覚えたオレは、ちらりと視線を動かして、目前に武骨な拳が浮いていることに驚きの声を上げた。
「な、と……止まってる?」
だが、その拳は目前にあるだけで一向に動く気配がない。まるで時間が止まっているかのようだった。
『まぁ、止まってるように見えるだろうが。実際は俺様達の時間軸だけずらしただけだぜ。結界の一種だ。よぉく見たら、少しずつ動いてるはずだ』
「だ、誰だ!?」
先ほどから謎の声が響いている。しかし、その場には誰の姿もない。
『あ? ……あぁ、しゃあねえな。確かにこのままじゃ話がすすまねぇからな』
その声とともに、不意に倒れ伏すミシェリアの上で黒い光が生まれた。その黒い光はやがて小さな人影を形作る。
「取り敢えずこんなもんでいいだろ」
黒い光が作り上げた人影は、十センチほどの全身黒に染め上げた青年だった。自身の身長より長そうな豪奢なマントが特徴的な、何やら魔王然とした男だ。
「これで満足か?」
「……お前は、一体誰なんだ?」
先ほどまで頭の中に響いていた声が、目の前の青年の口から聞こえるようになった。オレは全く事態に頭が追い付いていないことを自覚しつつも、取り敢えずすぐに浮かんだ疑問をぶつけることにした。
青年は質問を受けて気怠そうにポリポリと頭を掻いた。
「あーなんて説明すっかな。まぁ……ミシェリアの加護に与えてるものって言えばいいか」
「加護を与えてる……光の英雄とかいうやつか?」
「それは俺様の相棒の話だな。ちなみにこの結界もそいつの仕業だ。俺様は闇の方の加護だ。……まあ、俺様達の話は今いい。気が向いたら話してやる。そんな話をしたくて、わざわざこの状況で結界張ったわけじゃねえんだ」
青年は腕を組んで、ちらりと足元で横たわるミシェリアを見下ろした。
「分かってると思うが、このままじゃ俺様達の宿主のミシェリアがやばい。そこでだ」
そこで青年は、その鋭い双眸でオレを見上げてきた。
「お前、俺様達に協力しろ」




