第二十三話
「リン!! 避けろっ」
オレは咄嗟に足を止め、腕で顔面を守る。
音は余韻を残しはしたが、その後続かなかった。後発は来ないと判断したオレは、腕の隙間から状況の把握に努める。
轟音の出どころはすぐ把握が付いた。
なにせ、オレの目の前だったからだ。
「……うそだろ」
土埃を舞わせながら。
ドラゴンソルジャーの持っていた直剣が、階段へと続く通路を完全にふさぐように突き立っていた。
オレは慌てて後ろを振り返った。
確かに、拘束魔法は成功していた。その証拠に、今もなお光の縄は健在だ。
ただ、その悉くが引きちぎられていた。
「……はは。馬鹿力かよ」
あまりの光景に、オレは思わずから笑いをしてしまう。
「リンっ、リン無事か!?」
直剣に阻まれた向こうから、ギルバインをはじめ仲間たちの気遣う声が聞こえてくる。その質問に答えるとしたら、傷一つついていないし、無事だ……ということになるのだが。
……今無事でも仕方ないよな。
直剣を投げつけたのだろう、大きく振りかぶった姿を見せるドラゴンソルジャー。そのおかげで今まで苦しめてきた、人間なんていくらでも分断できそうな武器はなくなった。
だが、安心するのは間違いであると見せつけられる。
奴の手……正確には爪は、鋭く切り裂くには十分な武器になりえることが一目でわかった。
ドラゴンソルジャーの顔が、こちらを向いた。顔の造形は人間のそれとは一切が異なる。だが、そこには『追い詰めたぞ虫けらが』と言わんばかりの、不敵な笑みが浮かびあがっているような気がしてならない。
『グワアァアァァアァァァ!!』
ドラゴンソルジャーが吠えながら、残っていた光の縄を引きちぎる。過度の負荷がかかった縄は、音もなくちぎれ光の粒子となって消えていった。
「……一定以上の筋力を持つ奴には、この拘束は効かないってか? 今実証されなくてもいいじゃんか……」
元々オレは戦闘には一切参加していない。それはオレに戦う能力がないからであるが、ここまでの撤退戦で奴も把握しているのかもしれない。その動きは、酷く余裕にあふれている。まるで弱い者いじめでも始めるかのようだ。
「………………くそったれ、上等だ」
オレはポケットに入れていたマジックジェム左手にひっつかみ、右手に短剣を握った。そして、肩越しだが階段の方にいる仲間に宣言する。
「ごめん、みんな。先に戻っててくれ。……オレはオレで、街に戻るわ」
勿論、その街の戻り方は、死に戻りである。
「くそっ、んなもん認めるわけねぇだろうが!」
ガツン、と恐らくジェリクが自身の剣を叩きつけた音がした。だが、びくともしない。
「っ、この狭さだと大技はできませんっ」
「僕も無理だっ」
「ええいっ。あなたのポジションはそういうのではないでしょう! 何とか小狡い対処法でも考えて、何とかしてください!」
「小狡いって、なんだよ……」
相変わらずなミヤビの発言に、力み過ぎていた体から力が抜ける。いつもは腹立たしいだけだが、役に立つこともあるもんだと、少しだけありがたく思ってしまった。
その時、ドラゴンソルジャーが雄たけびをあげた。そろそろ相手側も動きを見せようかという様子だ。
「とにかく。今合流するのは難しいそうだから、先に帰っててくれ!」
オレは左手に持ったマジックジェムをドラゴンソルジャーの足元に投げつける。ジェムははじけると光の弾となり、床に留まった。かと思いきや、そこから光の槍が射出される。
『グルゥゥッ』
光の槍はドラゴンソルジャーの胴体に当たったが、煩わしそうにするだけでさほど効いているようには見えない。その証拠に、HPゲージも減ったかどうかわからない程度だった。
「補助アイテムじゃさっぱり効果が見込めないようだな……」
元々マジックジェムで得られる効果は、通常のMPを使って放つそれよりも数段劣る。劣る代わりに、誰でも同じ効果が得られるという塩梅だ。
どうせ死に戻りするなら、あんま散財したくないよなぁ。まあ、と言ってもただでやられるのも、それはそれで癪だし。
「ということで。少しはゲージ削ってやるぜ!」
オレはアイテムウィンドウから、投擲用の短刀を取り出した。投擲用にカテゴライズされている武器は、他の武器と異なりスタックが可能である。そのシステムのせいなのか、一度投げつければポリゴンとなって消えるのだが、すぐに新しいものが手元に具現化する。つまり、一度アイテムウィンドウから出してしまえば、いちいち持ち出さなくても連続投擲が出来る。
「こなくそ!」
強化するようなスキルを持たないどころか、筋力も器用さも大してないオレの投擲は、急所なんて飛ぶことは稀だ。それ以前に、ドラゴンソルジャーの胴体に当たる前にその両腕で弾かれてしまっている。だが、それをかいくぐって胴体に突き刺さるものもゼロではない。
意外とこの短刀が切れるまでだけど、善戦できるんじゃなかろうか?
ほんのわずかだが、敵のHPを削っている。しかもこちらは何の被弾を受けずにである。ここまで全くと言っていいほど役に立っていなかったオレなので、心の片隅で少し得意げになってしまうのは無理もなかったのかもしれない。
だが、その自信も即座に瓦解することとなった。
『グアアァァァアアァ!』
ちまちまと短刀を投げられていたドラゴンソルジャー。煩わしそうに処理していたやつは、堪忍袋の緒が切れたのか咆哮を上げた。直後、大きく一歩オレに近づいてきたかと思いきや、目前で勢いよく踵を返した。
そうすることで飛んできたのは、まるで丸太のような太く頑丈そうな尻尾の薙ぎ払いだった。
「ちょっ――」
当初敵の動きに眉をひそめたオレだったが、風を切り裂くような轟音に気が付き咄嗟に投擲用の短刀を体と尻尾の間に挟み込んだ。一応尻尾に刃を立てたのだが、一切痛がる様子を見せず、ドラゴンソルジャーは尻尾を振りぬいた。
「がはっ!?」
尻尾に吹き飛ばされ、オレは勢いよく壁に叩きつけられた。その速度は相当なものであったようで、壁にクレーターが出来るほどであった。あまりの衝撃に、肺にあった空気が強制的に口から吐き出される。震える視界でちらりと自身のHPを見ると、ほぼ満タンであったものが、実に八割がふきとんでいる。それに加えて、バッドステータスを示すアイコンが目についた。
や、やっべ……スタンした。
数秒から十数秒ほど体がしびれて動けなくなってしまうバッドステータスである、スタンにかかってしまっていた。打撃系の大きな攻撃を食らってしまうと、このようにスタンにかかってしまうことがある。かかってしまうのは確率なのだが、これだけ甚大な被害を受ければもはや確実になってしまうのもやむなしだった。
……さすがに、もう無理だな。
残りHPは二割あるかないか。そのうえスタンを受け数秒は動けず回復もままならない。
期待してなかったけど、オレが減らすことのできたのはコンマいくらってとこか……。しょぼすぎワロス。
膝を屈した状態から動けないオレは、ドラゴンソルジャーのHPを見ながら小さくため息をついた。そのドラゴンソルジャーは、そろそろ仕舞いだというように悠然と右手を振り上げていた。あの強固な爪が付いた手で薙ぎ払われたら、確実に死んでしまうだろう。
寿命が減るっていうのも困るけども。しまったなぁ……。今デスペナ食らうと、少し痛いな。
ゲームでありがちな、死んだら何かしら不利益を被るデスペナルティがこの世界……現地人は死んだら終わりなので旅人に限るが……にも存在する。所持金と既取得経験値、そして装備していた武具の耐久度が軒並み減る。割合はそれぞれで決まっているが、今回は急なことで街の倉庫に預け忘れた所持金が痛手だろうか。マジックジェムも何個か使ってしまったうえ、投擲武器も補充しなければならない。デスペナルティ以上に財布への被害はでかいものになってしまいそうだ。
しばらくはまた金策をしないといけないだろうな。くそ、弱いくせに出しゃばったせいってか……? 無理せずオーレンに拘束を頼んでおけばよかったのかなぁ。
いよいよドラゴンソルジャーが動き出そうとしている。走馬燈が見えるわけではないが、代わりにひどくその動きが緩慢に映った。
そういえば、前死んだのはいつだっけな。
襲い掛かってくる鋭利な爪を眺めながら、オレはぼんやりとそんなことを考えていた。
死ぬことはもう不可避であろうと、確信をもっていた。
だが、意外にも顛末はそんな簡単なものにはならなかった。
「リンさん!!」
「……!?」
不意にすぐ横から聞こえてきた、悲鳴に似た声。そして同時に何かに抱えられるように横方向へと吹き飛ばされる。そこへ抉るように振り下ろされるドラゴンソルジャーの爪。しかし、痛みは全くなかった。何かに横から吹き飛ばされたおかげで、その軌道はオレに向けられたものではなくなっていたからだ。
だが、オレの代わりに別の叫び声が直近で鳴り響いた。
「ああああぁああぁああぁあっ!?」
叫びをあげる何かとオレは、吹き飛ばされた勢いでいくらか離れたところで床を滑った。
「お、おい……」
床を滑っている間に、オレにかかっていたスタンが解ける。自由に動けるようになってから、オレはすぐさま半身を起こした。そして同じく床を滑った誰かを眼前にさらす。
思わず、叫んでしまった。
「おい……何やってんだよ、ミシェリア!?」
オレと一緒に床を滑ったのは、ミシェリアであった。恐らく一番小柄な彼女だから、何とかして隙間をぬって抜け出せたのだろう。斜めに突き刺さった直剣は、上部のほうがわずかに開いているはずだ。
抜け出せたから、オレを助けに来たのだろう。
その彼女は。
オレを助けるために、両足を太腿の中ほどからごっそりえぐり取られていた。




