第二十二話
「やっと旦那来てくれたか……。まじ死ぬかと思ったぜ」
ギルバインがスキルを発動させた直後、オレたちは彼から離れ、ジェリクたちの近くへと走っていた。
「本当に来てくれていたのですね、ジェリク。ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
HPを半分も減らしていた彼に早速回復魔法をかけながら、ミヤビとシシリーが礼を述べる。それに対して、ジェリクは何ともなさそうにひらひらと手を振った。
「なあに、良いってことよ。ベルのやろうに泣きつかれたからな」
「良い泣きっ面でしたか?」
「最高だったね」
「それはよかったです。羨ましい限りで」
「……お前らな」
ジェリクはミヤビのオレに対する振りに乗っかる傾向がある。つまり、今のような状況になってしまうのだ。
「相変わらずだね……」
「ほんとだよマジで……。オーレン、ありがとな。怪我はないか?」
そこへ同じく足止めをしてくれていたオーレンが近づいてきた。そのような言葉がすらっと出るくらいには余裕がありそうで、オレは少し安心する。HPも全然減っていない様子なので、オーレンがさぼっていたというわけではなく、ジェリクとうまいこと連携がとれていたということだろう。恐らく、どちらか一人だけなら確実に死んでいたはずだ。
「オーレンも、助けに戻ってきてくれたのですね。ありがとう」
「いや、僕は……。あんまり役に立てなくて」
「そんなことないよ。あの大きな魔物、旅人さん達でも相手するのは大変なんでしょ? それを二人で食い止めてたんだから、すごい貢献だよ」
「ミシェリアの言うとおりだぜオーレン。お前がいなけりゃ、俺は何度か死んでたからな。勇気出してくれて助かったぜ」
回復が済み、バシバシとオーレンの背中を叩くジェリク。当のオーレンはすごく痛そうである。だが、その顔には認められたことによる満更でもない表情が浮かんでいた。
「……んで? どうすんだこれから?」
オーレンが消費したMPを回復薬で補てんしている中、ジェリクがオレへと話を振ってきた。
「ああ。さっきギルさんと話をつけてきた。この階層の階段まで撤退戦だ。シシリー以外の戦えるやつで、何とかあいつをいなしながら逃げる。彼女は案内係だ。それで、全員逃げることが出来たら、結晶でここを脱出する」
「……なるほどな。それじゃあまだまだ野郎と戦えるってことか」
「……悪いなほんと。きっついところ任せっぱなしで」
「礼は弾んでもらうぜ?」
「う……。お手柔らかに」
その時、金属を叩きつける大きな音がした。ギルバインがドラゴンソルジャーの大剣に、自身のそれを叩きつけた音だった。それを合図にしていたわけではないが、その場にいる皆が武器を構え、動きを開始する。
「旦那ぁ! 撤退戦の開始だっ。加勢するぜ!」
「僕も協力するよ!」
「私も!」
「おうおうお前さんら、揃いも揃って命知らずだねぇ」
ジェリクとミシェリアがギルバインの横まで前進し、その数歩後ろにオーレンがついていく。さらにその後ろにオレとミヤビが付き、その後ろにシシリー……転進の先頭を彼女が担う。
「オレがシシリーの動きを伝える。でも、通らないこともあるだろうから、一応都度確認してみんなで声を掛け合ってくれ!」
『了解!』
直後、ドラゴンソルジャーが大きな咆哮を上げた。魔物の意思なんて、分かるはずがない。だがその声には、逃がしてたまるかといような、意思が伝わってきそうな勢いがあった。そう思ったのはオレだけではないようだった。
「おたくが意地張りたいってのも分かるがな。それは、こちらにも言えることでな」
咆哮を正面で受けながら、ギルバインが静かに大剣を構える。
「……我らが明日のため、あんたにはご退場願わないとあかねーんだよ!!」
咆哮に負けないくらいの轟音を、ギルバインは自身の持つ大剣を床に叩きつけることで発生させる。
「邪魔だ、デカブツ!!」
どちらが先に動いたか。
お互いの剣を合わせた甲高い音を合図に、オレたちの撤退戦が始まった。
「盾あと三十秒だ!」
「わかったよっ」
撤退戦は思いのほかうまくいっていた。
最初は手探りで各々対応をしていた状態だった。しかし段々と勝手をつかむようになってきて、被弾もかなり抑えられてきていた。
「おけぃ。撃てるぜ!」
「りょうかい! みんな、下がって!」
オーレンの号令に従って、ジェリクとミシェリアが後方へと下がる。それを追いかけようとしたドラゴンソルジャーの足元に、オーレンは手のひらをかざした。
「フローズンケイジ!」
詠唱の直後、ドラゴンソルジャーの足元から大小さまざまな氷の柱が出現し、檻のように通路が塞がる。足元からそのようなものが出現した相手は、たまらなくその足を止めて後ずさった。
「よし、ダッシュだ!」
ドラゴンソルジャーの動きが止まったことを確認すると、一同は脱兎のごとく走り出した。
「もう少しだ。みんな往生気張ってくれ」
ようやっと目的地が確認できるほどになってきたころ、氷の柱をたたき割って脱出したドラゴンソルジャーが大きな足音を立てながら迫ってきていた。
もうゴールは目の前。ギリギリ間に合うか……っ。
もうすでに先頭を走っていたシシリーは階段のそばで待機している。もうあと十数歩といったところのオレとミヤビはいいとして、しんがりたちはどうだろうか。
……微妙な線だな。
その巨体ゆえか、ドラゴンソルジャーの足は予想以上に早い。ここまで同じように氷の柱で妨害しつつ後退していた距離を考えると、少し間に合わないかもしれない。
そう思ったオレは、システムウィンドウを操作し、とあるアイテムを手元に出現させた。
「ギルさんっ。最後『盾』を使ってくれ! 後の人は、階段まで走って!」
「ギリ間に合わないか! おーけい!」
オレの言葉に頷いたギルバインは、その場でひらりと身をひるがえした。そしてターゲットを自分に向けさせるため、先に使用したスキルを放つ。
「さぁてお次だ」
そう言いながらギルバインは、床へとたたきつけた大剣を、今度は床へと突き刺した。
「アンウェイブリングシールド!!」
ギルバインのスキルが発動し、突き刺した大剣から光の盾が周囲に展開された。
このスキルは、十秒間無敵効果を自身に付与する。先ほどまでの撤退戦では、オーレンの放つフローズンケイジで足止めし、それにより彼へと向かったヘイトをギルバインが強引に奪い返し、この無敵スキルを発動させる……といった流れで距離を稼いできた。難点は、この無敵スキルを使うと、効果中ギルバインは動けなくなること、そして再使用までの時間……クールタイムが長いということだった。だが、それもこれで仕舞いである。
『グルアァアァァ!!』
「相変わらずおっそろしいなぁおい!」
怒りに任せて、追いついてきたドラゴンソルジャーはギルバインへと刃を突き立てる。しかし、一切がその光の盾に阻まれていた。
「それで、どうすんだこの後?」
ギルバインの元を離れ、オレと同じく階段のすぐ横まで移動してきたジェリクが問いかける。それにオレは、手元に出したあるものを見せつけながら、不敵に笑む。
「ギルさん以外の人たちはもう大丈夫だから、最後にこれを投げつけてギルさんを間に合わせる。こういうアイテムは、こういう時に使わないとな」
オレが取り出したのは、拘束魔法を内包したマジックジェムというものである。拘束魔法に限らず、あらゆる魔法を使い捨てだが行使できるこのアイテムは、値が張るが誰でも同じ効果を得られるということで、非常に便利である。まともに戦うことのできないオレは、代わりにこういうアイテムを人より多く集めていた。
「なるほどな。ちゃんと狙えるのか?」
「馬鹿にすんなよ。というか、適当に投げてもちゃんと捕捉してくれるから問題ないっての。だから、みんなは先に階段を上っててくれ。最後くらい、オレにも華を持たせてくれ」
そろそろ無敵時間も切れるころだ。
オレは周りにいるメンツにそう指示をすると、自身は投擲が届く範囲へと前へ出た。
「ギルさん! 盾が終わったら走って階段へ! アイテムで最後の足止めをするっ」
「おう、りょうかいだ!」
丁度その時、盾が大きくはじけ飛び無敵効果が終了した。このスキルは最後に盾の反動を与え、敵を引きはがす効果がある。
「これでも食らってろ!」
それを確認したオレは、ギルバインが走り出し横をすれ違ったところで、大きく振りかぶりマジックジェムをドラゴンソルジャーの頭目がけて投げつけた。
ドラゴンソルジャーの頭上へと飛んで行ったマジックジェムは一度大きく光を放ち、直後はじけた。まるで光が爆発したような光の筋が発生する。その光の筋は消えることなく、それどころか勢いを増しドラゴンソルジャーへと降りかかった。体の随所に巻きついたそれらは、端部が床につくと一気に締め上げられた。傍目からは、床から伸びた縄に拘束されているように見える。
「そのまま大人しくしてるんだな!」
拘束魔法が成功したことを確認したオレは、すぐに踵を返し階段へと走りだす。
この作戦で懸念だったのは、ドラゴンソルジャーの動きが予測できなかったことと、ミシェリアの安全だった。
前者は、学習能力が備わっている可能性も否めなかったからだ。
ランクの高い魔物になると、学習能力というものが備わっていることが多い。そのような魔物には、同じ作戦・同じ行動は途中から一切利かなくなってしまう。もし、ドラゴンソルジャーに学習機能が備わっていれば、単調な作業だけでは無理だったかもしれなかった。
後者は、言わずもがなだろう。
そして今回、そのどちらの課題も問題なくクリアできた。作戦は大成功と言ったところだろう。
やれやれ……こんな無茶なこと、今後やりたくないわ……。でも、サドンクエストもあるし、いつかは戦いに来ないといけないのか? てか、そもそもこのクエ期間とかあるんだろうか?
等々、ゴールが目の前まで来ていることで、そのような思考ができる程度には余裕が生まれていた。
まあ、取り敢えずあれこれ考えるのは、落ち着いてからだな。
オレは仲間が待つ階段までひた走る。真正面にあるので、同じく作戦が成功したことによる笑みが浮かぶ仲間たちの顔がうかがえた。そこにオレも加わるぞと、足を動かす。
だが、その表情が不意に固まった。
……え?
仲間たちは、先ほど浮かべていた笑みを消した。代わりに湧いて出てきたのは、焦るような表情と、ギルバインの叫び声。
「リン!! 避けろっ」
直後、轟音が辺りに響き渡った。




