第二十一話
「ギル!?」
がら空きになっている破壊された壁の向こうへと躍り出た直後、喜々とした声が響いた。オレたちは一斉に声のした方向を振り返る。
視線の先にいた声の主はミヤビであった。
どうやら壁は一枚抜いただけではなく、複数の壁を破壊していたようで、彼女は穴の開いた複数の壁の先から顔をのぞかせていた。その横には、シシリーの姿もある。
「おぉ、なんとか生きてたぜ。助っ人もきた」
ミヤビの姿を確認すると、ギルバインは小さく手を挙げて二人の元へ走った。その後ろにオレとミシェリアが続く。
「今回復を――」
「いや、大丈夫だ。リンが回復薬くれたからな」
「……そう、ですか」
ギルバインの言葉と彼のHPバーを確認したミヤビは、大きく安堵の息を漏らした。それを機に冷静さを取り戻したようで、彼女はすぐ背後のオレたちに目を向けた。
「……まぁ。たまには良い仕事をするということですね」
「……来て早々ケンカ売ってんのかてめぇは」
ついでにいつもの憎たらしい皮肉が口から洩れる。思わずオレもそう口にしたが、無事であることに取り敢えず内心安堵していた。
オレの反応がしっかり返ってきたのを確認すると、ミヤビは少し口元に笑みを浮かべた。
「ふふふ、冗談ですよ。ちゃんと感謝しています。時間的に、すぐ飛んできてくれたということもわかりますから」
「……なら最初からそう言えよなぁ」
「それだと面白くないじゃないですか」
「いや面白さなんて求めてねーよっ」
「ふふふ。まぁ、それはそれとして……」
相変わらずオレに対してだけ口の悪いミヤビである。そんな彼女は、オレとギルバインのほかにもう一人いることに気が付いた。
「そちらの方は、どちら様なのでしょう?」
ミヤビの目線の先にいるのは、当然のことながらミシェリアだ。当の彼女は、オレが紹介するより前に、ぺこりと頭を下げた。
「リンさんに頼まれて助っ人に来た、ミシェリアと申します」
相変わらず、幼い姿に似合わず毅然とした挨拶のできる彼女である。その簡略な礼からもどことなく感じられる上品さに、向けられたミヤビとシシリー、そして初めて見るギルバインが驚きの表情を浮かべた。
「……はい。ご丁寧に……私はミヤビ、こちらはシシリーといいます」
すぐに我に返ったミヤビが、返しで名前を名乗る。その後彼女は、あろうことかこちらに視線を送ってきた。その目はなぜか半眼である。
「……いつの間にこのような幼女をたぶらかしたんですか?」
「たぶらかしてねーよ!?」
ひどい偏見にオレは抗議の声を上げる。
「あーもうっ。そんな冗談言ってる場合じゃないんだっての。取り敢えずお前は無事そうだな。シシリーは大丈夫だったか?」
「は、はい! 何とか大丈夫です」
なんだかんだで話したがりなミヤビの相手をしていたら、話題が進まなくなりそうだ。こうしている間にも、ジェリクとオーレンが危ない橋渡りをしている。無事が確認できたからと言って、あまり悠長にしていられない。なのでオレは強引に話を戻すことにした。
「とにかく、無事ならそれでよし。すぐにジェリクたちと合流して、撤退しよう」
「ジェリクさんも来ているのですか?」
「あぁ。今オーレンと一緒にあのTモンの相手をしてくれてる」
「!? 二人で敵うような相手じゃないですよっ」
「そうだ。だからお前さんたちと合流したから、すぐにでも加勢してやらなならん」
ミヤビとシシリーも事の緊急さを理解したようだ。表情から先ほどあった安堵が消え、真顔になる。
「そういうわけだお前さん方。休んでる暇はない、転進するぞ」
そう口にすると間もなく、ギルバインはもと来た壁の穴に身を投じる。すぐにオレとミシェリアが続き、その後ろをミヤビとシシリーが追いかけてきた。
改めて耳を澄ますと、壁の穴の向こう側から鈍い金属音と何かを壁にぶつける衝撃音が聞こえていることに気が付く。前を走るギルバインが、手に持つ大剣を強く握りしめた。その様子を目にしたオレは、穴を抜けた後のことを考える。
あいつから逃げるためには、このダンジョンを出るのが一番確実。方法としては、これを使うのがいいだろう。
オレは腰に巻き付けた小さなポーチに触れる。その中には、回復薬のほかに、透明なとある結晶がいくつか入っている。その結晶はそれぞれ効果を持っていて、その中の一つに『ダンジョンの入り口に瞬間転移する』というものがある。
……たぶん、石板のときの要領でミシェリアも一緒に転移することもできるはず。
ただ、その結晶を使うにはとある条件をクリアする必要がある。それは、敵魔物にターゲットとして認識されていない……つまり、ヘイトもなにも一切持っていないという状況である……というものだ。
だから、一度あいつが追いかけられないようなところに逃げ込んで、諦めてもらうしかないんだけど……。まぁ、あの巨体だ。恐らく多少狭まった通路にさえ逃げ込めれば、追いかけてこれないはず……。けど、今まで通ってきた通路で、そこまで道幅の狭いところは――。
「ギルさんっ、ごめん少し止まって。この階層で一番道幅が狭かったところってある?」
「っなんだ、戦闘直前に。……あーそういうことかい」
オレの突然の発言に、すぐに歩を緩めたギルバイン。それに続いてオレたちの足の運びもゆっくりなものになる。戦闘音はすぐそこで響いている。もうあと壁一枚通過すれば、恐らくあの巨体に接触するだろう。
「そういや逃げるといっても特に考えてなかったな。そうか、一回タゲ切らないと結晶使えないわな」
「そういうこと。理解が早くて助かるよ。それで、どうかな?」
「うーむ。急に言われてもな……」
一度足を完全に止めた一同。皆同じように目の前のことに注力しすぎて、先のことに目がいっていなかったようだ。ミシェリアだけが、全容を理解していないような表情をしているが、説明する時間のない今は我慢してもらうしかない。
「この階層は、どこも比較的広い印象を覚えました。身動きは制限されるかもしれませんが、あのTモンが通れないほどの狭い通路はなかったように思えます……」
「そうなんだよ。ミヤビの言うとおりだ。少なくとも俺たちが通ってきた通路では、具合のいいところは……」
「……あの。この階層へ降りてくるときに使った階段は、どうでしょうか?」
『おぉ!?』
みんなして悶々と頭を悩ませていた矢先。シシリーが素晴らしいアイデアを提供してくれた。オレとギルバインが同時に歓喜の声を上げる。
「実際ここの階層のを見たわけじゃないけど。少なくともオレたちが追いかけてきた階層までは、共通して階段エリアは人二人程度が同時に通れるような道幅しかなかったな。……この階層は?」
「リンの言った通りさ。人二人が並んで通れる程度の幅しかない」
「……決まりかな」
シシリーのとっさのひらめきのおかげで、活路が見えてきた。
ダンジョンの入り口や改装を行き来する通路は、どういう力が働いているのか分からないが、非破壊エリアとなっている。そのため、いくら道をふさごうと破壊工作を行っても、傷一つつかない。それは場合によって弊害にしかならないこともあるが、今回に限って言えば非常にありがたい。
「シシリーの案を採用させてもらおうか。厳しいとは思うが、奴の相手をしながら撤退戦と洒落込もう。誰かに道案内として先導してもらいたいんだが……。済まんがシシリー、お願いできないか?」
「わ、私ですか!?」
「ああ。俺やジェリク、オーレンをしんがりに移動したいんだ。ミヤビはいざというときの回復として、戦闘の様子を見てもらっていたくてな。だからシシリー、お前さんに頼みたい」
オレが考えた採れる案としては、二つあるだろうか。ひとつは、ギルバインが言っているような、しんがりを充実させるもの。恐らく、安定した戦い方ができるはずだ。もう一つは、足の速いものがある程度足止めしておき、最後一気に突き放して逃げ出す作戦だ。こちらだと、シシリーとミシェリアでしばらく奴の相手をしてもらわなければならない。
たぶん、後者の方が混乱は少ないんだろうけど……。さすがに遊撃のシシリーと、死んだら終わりのミシェリアだけに前線張れとは言えないよな。
「わ、分かりました! 道は覚えているので大丈夫ですっ」
「済まない。……そういうことで、どうだリン?」
確認と言った様子で、ギルバインがオレの方を見てきた。それにオレは小さく頷く。
「ああ。いいと思う。……何もできないオレがいうのも無責任だけど。頼む、みんな」
「私はどうすればいい?」
そこでミシェリアが声を上げた。ちらりと見たその表情からは、何を言われようと前線に赴くことを曲げない意思が伝わってくる。ここまで遠慮されていた分、協力したいということだろう。一度でも致命傷を受ければアウトであり、自身が一番危ないというのに、彼女はひどくまっすぐである。
「……そうだな。大変だろうけど、ミシェリアもしんがりを頼めないか?」
「いいよ! 絶対力になるからね!」
「……けど、君は一発でも食らったらおしまいだ。だから、危ないと思ったらまず自分の身を守ってくれな?」
「分かってるって。心配してくれてありがとね、リンさん」
切羽詰まった状況だというのに、彼女の顔からは笑みがこぼれている。何故この命が危うい状況で、そのような表情が出せるのか……。もしかしたら、このような状況だからこそ気分が高揚しているのかもしれないし、頼られるという状況が単純にうれしいのかもしれない。複雑な境遇にいる彼女のことだから、そのどちらもあり得そうである。
「ああ、頼むな。…………よし、行こうか」
「おーけいおーけい。……そいじゃ、作戦開始と行きますか」
オレの確認がとれると、ギルバインがそう言いながら、手にした大剣を大きく上へ振りかぶった。
「お二人さんへの説明はまかせたぞ」
「了解。それじゃ、タゲよろしく。リーダー」
「まかせと……け!!」
気合一閃、言葉の終わりと同時にギルバインは大剣を床へとたたきつけた。辺りに轟音を響かせるそれは、ブレイドウォーリアのスキルである。その効果は、対象のヘイトを操作し、強制的に使用者へとターゲットを向けさせるというものだ。
「来いよデカブツ。また遊んでやるよ!!」




