第二十話
大穴を降りた後、慎重に歩を進めていたそんな折。
「……しっ。止まれ」
不意に先頭を歩くジェリクが、小さくそうつぶやき足を止めた。
丁度比較的大きな空間に足を踏み入れたところである。彼の腕はしっかりと背中に差している直剣へとかけられていた。それに合わせて、オレたちも各々すぐに動けるような体勢を取る。
「……どうした、ギルさんたちか?」
周りを見た感じ、何の変化もないように思える。しかし、ジェリクはなにかあることを確信しているかのような雰囲気である。
しかし、何かを察したジェリクから遅れて数秒後。オレたちも違和感を感じ取ることが出来た。
「……なんだこれ? 地鳴り……?」
ぽつりとオレはそう漏らす。耳を澄ませれば、なにが鈍い音が聞こえ、それに伴って空間が揺れる。閉鎖的な空間なのが災いし、音が反響してしまい何処が音源なのかわからない。だが確かに、何かが聞こえる。それもさほど遠くないところだ。
……ギルさんたちの戦闘音? でも、こんな轟音を立てるような技なんてあったか……? それだけTモンが暴れてるのか。
「……近けぇぞ。構えろ」
ジェリクが剣を抜き放ちながら言うと、それに倣い各々武器を取り出す。オレはいざというときに戦えるようにと、常備している短剣を握る。オレの筋力値に合わせてあまり強くない一振りだが、攻撃を受けるときの緩衝材代わりにはなるし、最悪投擲武器にもなる。
それぞれ武器を構えて、様子をうかがう。その間も、何かを破壊するような轟音と振動は鳴り響いた。
ドーン、ドーン、ドーン――
「…………鳴り、止んだ?」
不意に音がしなくなり、オーレンが辺りを見回しながらそうつぶやく。
その直後であった。
「っ!? 伏せろ!!」
ジェリクの怒号と同時に、すぐそばの石壁が爆発を起こした。凄まじい轟音と土煙が辺りをかき乱す。たまらずオレは目元を覆い、土煙の波を防いだ。
「な、なにが起こったんだ!?」
ちらりと足元を確認して土煙が多少落ち着いたことを確認したオレは、目元を覆っていた腕を下ろし、すぐさま辺りの状況を確認した。
「こ、これは……」
辺りを見回したオレの視界に真っ先に入ってきたのは、降りてきた天井の穴に匹敵する風穴を開けた石壁と、その目前に立った巨躯。その大きな体を持つものは、ずんぐりとしたトカゲを直立させたようなシルエットを持ち、右手に武骨な直剣を握っていた。
そして、その姿を認識した直後に出てきた、頭上のアイコン。
スレットモンスターを現す黒い王冠と『ドラゴンソルジャー・ジャイアント』という個体名であった。
「こ、こいつが……」
オレはその力の権化のような装いに面くらい、茫然としてしまった。だが、同時に視界の隅に映ったものに気が付き、我に返る。
「ギルさん!?」
破壊された壁の反対側。壁にたたきつけられたような痕を残し、ギルバインがよろよろとおぼつかない足取りで立っていた。
「……っ。ジェリクっ、あのデカブツのタゲを少し持ってくれ!」
「……お、おう! 無茶言ってくれるぜっ」
オレが指示すると、ジェリクが苦言を漏らしながらも弾丸のように飛び出した。
「今度は俺様が相手だ、デカブツよぉ!!」
ジェリクは手にした直剣を思いっきりドラゴンソルジャーの胴体にたたきつける。飛び出しの威力も乗ったその一撃は、やつにたたらを踏ませるほどの威力だった。
『グルルウウルル……』
突然の衝撃が癪に障ったのか、ドラゴンソルジャーは壁に寄りかかるギルバインから目をそらし、まっすぐにジェリクへと顔を向けた。
『グアアァァァアアァアァ!!』
「おうおう、うるせぇ怒鳴り声で!」
あれだけの一撃をくらわしたにもかかわらず、三本ある敵のHPバーは下段の一割も減っていない。それを確認して多少顔色を悪くしたのは、恐らくオレだけではないはずだ。ここからはうかがえないが、今まさにドラゴンソルジャーの直剣を受け始めたジェリクも、同様に舌打ちの一つでも勢いでしたかもしれない。
「……だけど、さすがの攻撃力だわ。見た感じギルさんはほとんど攻撃してないとはいえ、ヘイトを一発で覆すなんてな」
ヘイトというのは、その名の通り憎しみを意味しており、ゲームに似たシステムを持つこの世界では、敵からの狙われやすさの度合いを示す。攻撃をしたり挑発したり、とにかく相手の憎しみを買うような行動をとればヘイトがたまり、よりヘイトを稼いだ者のところへ敵は突っ込んでくる。今の状況だと、先ほどの一撃で敵のヘイトはギルバインよりジェリクのほうが高くなったため、相手のターゲットが移ったのだ。
「奴の相手は取り敢えずジェリクに任せておいて、こっちは――」
事前の打ち合わせがあったわけではない。だが、うまくドラゴンソルジャーを遠ざけてくれているジェリクに内心感謝を覚えつつ、オレはギルバインの元へと走る。
「ギルさん!?」
「……お、おぉリンか。よく来てくれたな」
ギルバインのHPは、あれだけの衝撃を受けていながらまだ半分は残っていた。さすがに盾役としてパーティを支えていない。見事な耐久力だ。だが、ダメージ以上の疲労が体中を支配しているのだろう、足取りは非常におぼつかない。
オレはギルバインに肩を貸し、同時にすぐ出せるようにしていた飲料系の回復薬を渡す。そしてよろよろとギルバインが飲み始めるのを確認すると、取り敢えずその場を離れる。
「他の二人は?」
「無事だ。恐らく破壊された壁の向こう。守ってやったぜ」
「……さすが、うちらのリーダーだよ」
少し戦闘の場から離れると、オーレンとミシェリアが走り寄ってきた。ミシェリアはどうしたらいいのか分からないといった顔をしていたが、オーレンの方は血相を変えてギルバインの前で立ち止まった。
「ギルさんっ」
「オーレン。ありがとな、助けを呼んでくれて」
「そんなっ、僕なんて何にも……」
もう大丈夫だと言ってオレから体を放したギルバインは、肩を落とすオーレンの元へと赴いた。そしてその肩をぽんぽんと軽くたたく。
「いいや。オーレンだからこそできたことさ。それに俺たちは助けられたんだから、誇っていい」
「ギルさん……」
その時、ひと際大きな音が響いた。
見るとドラゴンソルジャーの直剣が床へとたたきつけられており、ジェリクがとっさにといった様子で壁際へと退避している姿があった。
「……悪い、オーレン。怖いかもしれないけど、ジェリクのやつの援護に回ってくれないか。あいつだけじゃ辛いはずだから」
「……分かった!」
本当なら、ギルバインに援護を頼みたかった。だが、まだ彼は本調子ではなさそうであったので、やむなくオーレンへと声をかける。当のオーレンは、最初目を泳がせるそぶりを見せたが、先のギルバインの言葉が励みになったのか、すぐに決意を固めた表情になった。口元で呪文を唱えた彼は、オレとギルバインのそばを離れると、今まさにジェリクへ突進しようとしていたドラゴンソルジャーの足元目がけて弓を射った。水色の軌跡を描いた矢は、着弾するとドラゴンソルジャーの足諸共その周辺を一瞬で凍らせた。
「ひゅう。ナイスアシストだぜ!」
ドラゴンソルジャーの足が止まったことを確認したジェリクは、ちらりとオーレンを流し見賛辞を贈ると、すぐさま腰元の小さな袋から回復薬を取り出した。これにより、数撃の撃ち合いで減少していたHPが全回復する。
「……すまないジェリク! ミヤビたちの無事を確認したら加勢に戻る。それまで往生耐えてくれ!」
「なるべく早く頼むぜ旦那!」
まだまだジェリクが健全そうな様子を確認したオレたちは、ドラゴンソルジャーの動きを注意深く観察しながら、ギルバインの指し示した壁の向こう側を目指す。
「私は加勢に行かなくてもいいの?」
その途中、ミシェリアがそう口にした。それにオレは一瞬思案気に上を向いたあと、答える。
「……まだいいよ。あの壁の向こうにいるはずの仲間と合流したら、すぐにあの化け物を撒く。その時に力を貸してほしい」
「……わかった、言うとおりにするよ」
もしかしたら、遠慮されているのかもしれないと思ったのか、ミシェリアは不満げな顔をしていた。オレとしては極力彼女をあいつと戦わせたくないので、その内心を読まれてしまったかと、少し表情を硬くした。
「……ところで、このお嬢さんは一体どちらさんなんだ?」
段々と疲労が抜けてきたのか、ギルバインの足に軽快さが戻っている。ついでに活力もみなぎってきたのか、そのような疑問を口にした。
「あー……。ちょっと話が長くなるかもしれないから、今は話せない。後で話すけど、取り敢えず彼女は助っ人として名乗り出てくれたんだ」
「……なんかよくわからんが。こんなかわいいお嬢さんが助っ人なら大歓迎だ」
「……そんなこと言って、ミヤビにぶん殴られても知らねえからな?」
「可愛いを求めるのは、男として当然でしょう。俺は決してその信念は曲げません」
「……まぁ、この状況で余裕があるのはいいことか……」
いつも通り頼りになりつつもどこか色の強いリーダーが健在であることに、オレは取り敢えずそう解釈することにした。
そうこうしているうちにも、ジェリクとオーレンが絶妙な連携を見せながらドラゴンソルジャーの相手をしている。その間オレたちは、うまくドラゴンソルジャーが引き離され、がら空きになっている破壊された壁の向こうへと躍り出た。




