第十七話
「まあ、取り敢えずいつでも戦えるように準備はしてある。すぐにでもいけるぜ、俺は。……それはそれでいいとして、だ」
「っいって!? なんだよっ」
急にジェリクが肩に回した腕で締め上げてくる。オレは不意に訪れた窮屈感に彼の腕を叩き、抗議の声を上げる。近場にあるジェリクの顔をにらみつけると、彼はオレ以外に見えないような位置で、ある方向を指さした。
「……まさかあの姫さん、ついてくるんじゃねえだろうな?」
ジェリクが指さした先には、手持無沙汰に辺りを見回しているミシェリアがいた。
「普通に旅人じゃねえよな。確かに、とんでもねえ力は秘めてそうだけどよ」
「……そのことなんだけどな」
懐疑的な表情を浮かべるジェリクに向かって、オレも疑問をぶつけることにした。
「遠方の敵の出現に対応したサドンクエストって、聞いたことあるか?」
「……どういうこった?」
オレの問いに、ジェリクは眉をひそめる。
……まぁ急にそのようなことを聞かれれば、そんな顔されるよな。
「いやな。実はオレ、今サドンクエストの最中なんだ。クエスト名は……第二王女との共闘。内容は、第二王女ミシェリアとディーディスタール遺跡に出たモンスターを倒して来いってものなんだけど。聞いたことないか?」
「……いや、聞いたことねえな。そもそもこの街でサドンクエストが発生するなんざ初めて聞いた上に、第二王女が絡むなんて全く情報がないな」
「そうか……」
こちらもスレットモンスター同様情報がないようだ。このクエストの結末も把握できないとなると、オレとしては不安要素が負債のようにたまっている心境だ。
「取り敢えず、そのせいであの姫さんが付いてきてるのか。で、オーレンの奴もそのクエを持ってんのか?」
「いや。そんな素振りは見せてないから、恐らくオレだけなんだと思う」
「……よくわかんねぇクエだな」
「……だろ? オレもそう思うわ」
オレたちはこの案件に対して、二人して肩をすぼめて首をかしげるくらいしかできないようだった。
「……まあなんにせよ了解だ。わかんねぇことも多いが、取り敢えず今は旦那たちを助けに行こうぜ。サドンクエストの件は、終わった後に聞かせてくれ」
「ああ、分かった。悪いな、立て続けにお前の力を貸してもらうことになって」
「なに、俺も暇してたしな。お得意様がピンチだっていうんだったら、顧客第一の俺としては手を貸さないわけにはいかねえってな」
「……なにが顧客第一だよ、全く。あこぎな商売しやがって」
最終的に軽口をたたきあったところで満足したオレたちは、話をいったん終わった。お互い聞くべきことを聞いたオレとジェリクは、待っていたオーレンとミシェリアの元へと戻る。
「取り敢えず話はついた。時間もないから、心許ないけどここにいる四人でギルさんたちを助けに行こうと思う」
そう言ってオレはその場にいる三人を見回した。
基本的にやる気に満ちているようにも見える。しかしその中で若干オーレンの表情が晴れないか。唯一モンスターを確認したということもあり、慄いているのかもしれない。
あるいは、一人だけ戦闘から離脱したことに後ろめたさを感じていることも考えられる。
見かねたオレは、オーレンの肩に手を置いてポンポンと叩く。
「心配するなよ……っていうのも無責任かもだけど。多少戦力が増えるんだ、戦い方だって幅が広がる。それに、お前が助けを呼びに来なきゃ、みんなまとめて死に戻りになってたかもしれないだろ? まだ間に合うんだ」
「そうだぜオーレン。こっからは俺たちも協力する。なってやろうぜ、救ってくれるヒーローってやつによ」
「旅人さんじゃない私が、どこまで通用するか分からないけど。私も協力するよ。お仲間さんを助けに行こう!」
オレに続いてジェリクとミシェリアも励ましの言葉を贈る。それをしばらく茫然と眺めていたオーレンは、やがてジワリと目を潤ませると慌てて目元をぬぐった。
「……ありがとう、みんな……っ」
先ほどの晴れない表情はなりを潜めて、彼の顔に強い意志が垣間見えるようになった。それを確認したオレは、満足げに一度頷くと、改めて場にいる三人を眺め見た。
「――よし。そうと決まれば早速行くぞ。ギルさんたちを助けに!」
相手は同レベルかそれ以上も考えられるスレットモンスター。当然内心恐怖がくすぶっていることも否定できない。だが、この場にいる四人の表情からはそのような素振りは見えなかった。
『グゥアアララアアアアアァァ!!』
「くそったれっ」
ディーディスタール遺跡の中層。そこでは、直剣を持った巨大な化け物と大剣を抱えた一人の男が、終わりの見えない攻防を繰り広げていた。
『ガアァァァア!!』
目の前の巨漢が雄たけびとともに手に持った直剣を振るう。それをなんとか自身の大剣でいなした男……ギルバインだったが、衝撃が吸収しきれず二、三歩よろめいた。
「ったく、馬鹿力すぎるだろ、おたく!」
「ギルっ、大丈夫ですか!?」
「あぁ、心配しなさんな。当たってはねーよ」
後方から回復役であるミヤビの悲鳴が聞こえた。それにギルバインは、目前の化け物から目をそらさずに答える。
「お前の魔力も油断してたらすぐに底を尽きるだろ。回復は本当にやばそうな時だけにしてくれ」
「でもっ」
「でももへちまもあるかい。とにかく今は耐えることだけ考えるんだ。オーレンがリンたちを呼んできてくれるまで――」
そうこうしているうちに、化け物が再び剣を振るい始める。しかも今度は単発ではない。あらゆる角度から、重い一撃が何度も振ってくる。
「く、くっそ……っ」
基本的にギルバインの戦闘方法は、堅実に守って攻めるスタイルだ。敵の攻撃を避けるような器用なことはできない。金属同士を無理やり叩きつける甲高い音を目の前に聞きながら、一撃一撃確実に防ぐことしかできなかった。
「やっべぇ……そろそろ手がしびれてきやがったっ」
振り下ろされる直剣を受けるたび、大剣をつかむ両手にとてつもない衝撃が走る。少しでもその衝撃を軽減するように、右へ左へと体を揺らすが、あまり効果が出ているようには思えない。しかし何とかといった体で、戦線を維持できている。
だが、それも長くは続かなかった。
何度連撃を防いだだろうか。遂に橋渡りのような危うい均衡が崩れ去ろうとしていた。
化け物の一撃によって大剣がはじかれ、生命線である大剣から片手が外れてしまったのだ。
「しま――」
片腕で防げるほど、相手の一撃は軽くないし、片手で扱えるほど愛用の剣は扱いやすくない。慌てて外れた片腕を添えようと腕を伸ばす。
だがその決定的な隙を、化け物は見逃さなかった。
『グルアァァァァ!!』
化け物がギルバインを真っ二つにしようかという勢いで、直剣を振り下ろす。事実、この一撃が入ってしまえば、ギルバインのHPは消し飛んでしまうだろう。
「くっ――」
せめて致命傷を避けようと。ギルバインは強引に体をそらそうとする。しかしその動きでは全く間に合いそうになかった。
内心これまでか……と、彼が諦めかけたその時。
バツンと何かがはじける音が複数回耳に入ってきた。
どうやらその音は、化け物の直剣に何かがぶつかった音のようだった。
剣の腹にぶつけられた何かによって、直剣の軌道がそれ、重量物は紙一重といったところでギルバインの真横を通り抜けた。たまらずにギルバインはその場から一時離脱する。
「やっべぇ……死ぬかと思った」
化け物から数歩距離を置いた彼は、冷や汗を浮かべながらそうつぶやいた後、視界の隅に映る人物に声をかけた。
「サンキューシシリー。最高のフォローだったぜ!」
彼の視界の端にいたのは、双銃を構えたシシリーだった。
銃口からは、硝煙のように魔力の残りかすが漂っている。先ほどの直剣をそらしたなにかは、シシリーの放った魔法の銃弾だったようだ。
「な、なんとか間に合ってよかったです!」
当のシシリーは、狙いはしたがうまくいくのは賭けだった模様。安堵のため息がこぼれていた。
「シシリーは極力タゲを取らずに、さっきみたいな援護に回ってくれ。ついで、追加の敵が来るか確認を。あと、もう少しでこの武器の耐久がやばくなる。そん時は、少しだけヘイトを持って逃げ回ってくれ。予備の武器に切り替える。タイミングは俺が指示する」
「分かりました!」
そう元気よく返事をすると、シシリーは高速で相手の視界に入らない位置に移動した。
「……さぁて。仕切り直しよ、どでかいの」
シシリーが動いたことを確認すると、ギルバインはブゥンと大剣を一度振り払った。その音に化け物が注意を向けてくる。
「我は最強の護り。背後に守るは、乙女たち。故に、膝を屈することは許されない。この剣ある限り、乙女らに安住をもたらす」
ゆっくりと大剣を正眼に構えながら、そのような口上を漏らす。こういうシチュエーションが好きな、彼らしい行動である。
「突き崩せるものなら、崩してみろや……トカゲ野郎!!」
『グルアアァァァァァァ!!』
何度目かもわからない、剣戟の応酬が、再び始まろうとしていた。




