第十六話
「……あ、リンさんこっちこっち!」
合流地点である門前に向かうと、大きな弓を背負っているオーレンがオレ達を見つけてぶんぶんと手を振ってきた。
「悪い、遅くなった!」
「いや、逆に思ったよりも早いと思ったくらいだって。……ところで、その子は?」
オーレンは、オレと一緒に走ってきたミシェリアのほうを眺め見る。当の彼女は、「お仲間さん?」とオレに確認をとった後、ぺこりとお辞儀をした。
「私はミシェリアと申します。今回、助っ人としてご助力することとなりました。よろしくお願いします」
「あ、あぁうん。よろしく……」
オレも初めて聞いたミシェリアの改まった態度に、若干目を見開く。後に彼女に聞くと、お仲間さんにちゃんとご挨拶しとこうと思ったんだ! とのことだった。
同様にそのような大仰な挨拶が来るとは思っていなかったのだろう、オーレンがしどろもどろに返事を返すと、すぐさま耳打ちをしてきた。
『……なにこの子、めっちゃお姫様っぽいオーラ出してるんだけど……』
『……実はその解釈は間違ってないんだよな……』
ともかく、彼女は助っ人だと答えると、オーレンから『いつの間にこんなかわいい子を……』と恨めしそうな視線を投げつけられる。
「……そ、それはそれとして。取り敢えずオーレン、状況を説明してくれ」
「わ、わかった」
オレ自身が悪いわけではないのだろう。だがなんとなく旗色が悪いと感じたので、オレは強引に話をずらすことにした。オーレンにとっては気になることだろうが、今はそれどころではないのだ。事が事なだけに、オーレンも素直に改まり口を開く。
基本的には、ボイスチャットで聞いた内容に違いはない。遺跡を探索し始めて数時間、中層あたりまでたどり着いたときである。オーレンだけが湧いて出た敵から身を隠す位置に潜んでいたタイミングがあったらしい。ギルバインたちが注意を引き、背後から弓で狙い打つためだったよう。
そんな折、崩れた天井からギルバインたちとオーレンを分断するように、叩きつぶされたかのような無残な姿の魔物が降ってくる。その直後、3メートルは優にありそうな二足歩行の巨躯が追随してきた。まるでトカゲを両足で立たせたようなその異形の魔物は、頭上にスレットモンスターの証であるアイコンを引っ提げていた。
スレットモンスターは、武骨な直剣を先に落ちてきた魔物に突き刺すと、ゆらりとギルバインたちを確認。その後なんの重みも感じていないように直剣を引き抜くと、猛然と彼らに襲い掛かってきた。オーレンが確認したのは、なんとかギルバインが猛攻を凌いだほんの数秒間だけのよう。
そのあとはギルバインの「街に戻ってリンと助けを呼んできてくれ!」という切羽詰まった叫び声を聞いて、街へ瞬間移動できるアイテムを用いて飛んで戻ってきたのだという。
「どうしよう……ギルさんたち、大丈夫かな……?」
「そこは無事であることを祈るしかねえな……。死に戻りしたっていう連絡もないから、まだ大丈夫だとは思うが……」
かといって、楽観視は決してできない状況だろう。
「……状況は分かった。といっても、状況だけだけどな。情報が『武器が直剣』ってことくらいじゃ、対処と言ってもな……」
「まぁ、行ってみるしかないんじゃね?」
オレが頭を悩ませていると、不意に近くから聞き慣れた声がした。その声のほうに顔を向けると、案の定もう一人の待ち人が姿を現していた。
「ジェリクさん!?」
「ようオーレン、久しぶりだな」
悠然とオレ達の前に現れたのは、ここに来る間に連絡をつけていたジェリクであった。彼は顔見知りであるオーレンに気さくに挨拶をすると、その後オレの横にいるミシェリアにちらりと視線を送った。ミシェリアのほうも、つい最近見知った顔に目を丸くする。
「あっ、さっきの跳ね飛ばしちゃった人」
「あぁ、さっきの跳ね飛ばされちまった人だ。さっきぶりだな、姫さんよ」
ジェリクは肩をすぼめると、今度はオレのほうに顔を向けてきた。色々と聞きたいことがあるとそこには書いてある。
「悪いな姫さん、オーレン。少しベルを借りるな」
そう言ってジェリクはオレの肩へと腕を回し、オレを引き連れてそそくさと二人から離れた。
「色々と聞きてぇことはあるが。……取り敢えず、ギルの旦那たちのことを聞かせろ。一体なにがあったってんだ?」
急いでいた上移動しながらであったので、ジェリクにはギルバインたちがやばいらしいということと、集合場所しか言わなかった。なのでそういう質問が来るであろうことを分かっていたオレは、オーレンから聞いた話も含めて、かいつまんで説明した。
話を聞くごとに、ジェリクの表情は驚きから厳しいものへと変わる。
「ディーディスタール遺跡のTモンか……。いるだろうとは思っていたが、まさかこのタイミングで出くわすとはな……」
「いるだろうとは思ってたって……、お前も知らない情報なのか?」
「あぁ、残念ながらな」
「それじゃあ、マジで初見で相手しろってことか……」
情報屋としてのジェリクを頼ろうと思っていたオレは、その言葉に渋面を作る。
スレットモンスター含め大型モンスターは、基本的に情報が命を分けるといっても過言ではない。どんな姿形なのか、何処で戦うのか、何をしてくるのか――。その一つ一つの情報が、旅人たちの生命線となる。一つでも誤情報を掴まされ対応策を練っていないと、全滅することだってあり得るからだ。
「本来だったら、Tモンなんざ情報なしで挑みたくないもんだが……。旦那たちがやべえっていうなら、行くしかねえ。なんとか俺と旦那で前線を守りながら、その場で判断するしか手はねえだろうな」
「……そうなるな」
ジェリクの言うことはもっともだ。情報がないからと言って諦めてはいけないのが、今の状況である。
たった三人で凌いでいる彼らを、見捨てることはオレたちにはできない。