第十五話
「……悪い、このタイミングでいうのは業腹だけど。オレじゃ手に負えない問題のようだから、君の力を貸してほしい」
恐らくだが、ミシェリア自身の協力を得るのは容易い。もともと協力的な雰囲気を出しているから、二つ返事で了承してくれるはずだ。
「……いいよ。仲間のピンチだっていうのなら、協力する」
「ひ、姫!? お止め下さい、危険です!」
だが、この場で問題なのは彼女の意思ではない。案の定了承の言葉を発したミシェリアに向けて、こちらも予想通りエリスが悲鳴のような声を上げた。
「……エリス」
想像はついていたことだったが、オレにはどう対処すればいいのか分からない。どうしたものかと頭を悩ませていたところ、不意にオレの横からミシェリアが前に出て、エリスと相対した。
「姫……」
しかし、ミシェリアは一言も口を開かない。ただじっとエリスをまっすぐに見つめるだけ。一体どんな表情をしているのかは、背後にいるオレからはうかがうことができない。
「…………」
「…………」
言葉に出ない、視線だけの会話が両者の間で交わされている。それだけお互いがお互いのことを分かっているのだろう。今回は思いのすれ違いが露見してしまったようだが、それ以外の根本のところで会話しているのかもしれない。
「…………はぁ」
やがて根負けしたのか、エリスが大きくため息をついた。
「……言っても聞きませんもんね、貴女は」
そう言って肩をすぼめた彼女は、先ほどまでの硬い表情を潜め、朗らかな表情を浮かべた。
その目は、手間のかかる妹を見るような雰囲気を感じる。
「……私達は、気が付かぬうちに姫に負担をかけていたのでしょう。貴女の気持ちも慮ることもなく……。その罪滅ぼしというわけではありませんが、今回は見逃します」
「どうせ貴女はついてくるなと言うでしょうしね」と皮肉気にエリスがつぶやくと、はははとミシェリアが小さく笑った。「良くわかってるね」と苦笑交じりで漏らす。
「ごめんねエリス、わがまま言って。……あと、ちゃんとエリスが私のこと考えてくれてるってこと分かってるのに、あんなこと言っちゃって」
「いいんですよ姫。もともと私たちに落ち度があるのですから。……それに、貴女はそういう子ですから」
「なんだよ、それ」
くすくすと二人して微笑む。
お互い非を認める素直な性格なのが功を奏したのか、短い時間で仲直りができたようだ。オレとしては、心のつっかえが少しだけ取れたような気がする。
まぁ今は、それ以上にでかい骨が、喉に引っかかっているような状況だが。
「貴女の強さは分かっています。この国の誰よりも強いであろう貴女ですから、大抵のことは何とかなるでしょう。……ですが、いかなる猛者でも、倒れるときは倒れます。復活が出来る旅人たちとは異なり、私たちは一度死ねばそれで終わりです。決して無理はなさらないでください」
「分かってるよ。私だって、死ぬのは嫌だもん。エリスを悲しませたくないし、絶対帰ってくる」
「えぇ。どうか私の枕が涙で濡れないよう、無事で帰ってきてください」
「大袈裟だなぁ」
彼女の近衛騎士筆頭は、恭しく主君へと首を垂れた。その直後、少しだけ頭を上げて射殺すような視線をオレに向けてきた。
「旅人の青年。……もし姫を危険な目に遭わせてみろ? そのようなことがあれば、以後この国で歩けると思うなよ」
こ、こっわっ!?
戦闘のプロの殺気を帯びた視線である。一般人に毛が生えたような性能のオレを十分ひるませるだけの威力はあった。オレは気圧され、冷や汗を浮かべながら大きくうなずく。
「も、もちろん最善を尽くす所存でありますっ」
「……ふんっ」
不服気に鼻を鳴らしたエリスは、くるりと踵を返した。背後に並んでいた騎士と、別途協力していた旅人に向けて何やら指示を出し始める。協力してきた旅人には、報酬の話でもしているのかもしれない。
「……後でエリスにちゃんと謝らないとだなぁ」
てきぱきと部下に指示するエリスの背中を眺めながら、ミシェリアがぼそりとつぶやいた。自分のこの行動がわがまま故のものだと、自覚はある様子。
ただ、そのおかげでオレは強力な戦力を得ることが出来た。
「……ごめん。そん時はオレも土下座でもして謝るから……。今は力を貸してほしい」
「いいよ、リンさんが気に病むことじゃないから。……でもそうだね、今はリンさんのお仲間さんを早く助けに行かなくちゃだね!」
「ごめん、助かる」
「こういう時は、『ありがとう』っていうもんだよ、リンさん?」
「……まさかそのフレーズを直に聞くことになるとは。……それじゃ、ありがとう姫様」
「うん! で、何処に行けばいいの?」
丁度エリスのおかげで、最短ルートである大通りを使うことが出来るようになった。
オレは連絡をくれた仲間と合流する旨を伝えると、ミシェリアとともに駆けだした。




