第十三話
「な――」
オレは急な景色の変化に驚き、辺りを見回した。
いつの間に通りを占拠したのか。
先ほどまでは人々が大勢いたはずなのに、気が付くと全員通りの端に移動し、住民は騎士の集団とオレたちの間で視線を泳がせていた。
「御身一人で出歩かないようにと、再三申し上げましたよね」
騎士の集団の中央であり先頭、オレたちの正面に佇んでいた騎士が、鎧がこすれる音を立てながら近づいてくる。金髪を短く切りそろえ、凛々しさを醸し出すその女性騎士は、オレ達の数歩手前まで近づくと立ち止まった。
「え、エリス……」
ばつが悪そうに、少女は小さくつぶやいた。どうやら目の前に立つ女性騎士が、クエスト発行者である近衛騎士筆頭、エリス・カーレストであるようだ。
「さ、さっきまで人がたくさんすぐそばを歩いていたのに……。どうして」
辺りを見回しながら、オレと同様の疑問を口にする少女。その問いに、エリスは肩越しに背後へと視線を送った。
「どうやら軽い幻惑を見せる精霊魔法を使ったようです。不安でしたが、問題はないようですね。報酬分は働く……といったところでしょうか」
「……なるほど、『精霊使い』持ちの旅人を雇ったのか」
エリスが視線を送った先には、騎士の集団の只中にありながら、周囲と異なり一切武装をしていないように見える男がいた。聖王都ラニルアータの騎士団は、白銀の鎧か金糸を使ったローブか、役職によってどちらかを装備している。
しかしその男は、集団の中でたった一人だけ、異なる装いをしている。十中八九旅人であろう。
そして、魔法が行使されていたということに気が付けないほど、精巧な魔力制御を行っていた。おそらく、かなりの高レベル者だ。
「……そちらの男性は?」
オレがつぶやいたことでようやっと気が付いたかのように、初めてエリスがオレへと視線を寄越してきた。右手は腰に差している剣に触れている。隣にいる姫様へ何か動きを見せようものなら、即座に斬りかかってきそうな雰囲気である。
「この人は、知り合いの旅人さんだよ。私たちの知らない旅人さんのことたちを教えてくれたんだ。悪い人じゃ――」
「姫様。『親切』と『悪い人じゃない』は同義ではありません。特に旅人は、私達とは異なる存在です。どうか不用意に接することは控えてください」
彼女の言葉に重ねるように、エリスは口を開いた。その内容はひどく辛辣で、明らかにオレや背後の男を意識しながらの発言である。一体何があったのかわからないが、エリスはひどく旅人を毛嫌いしているようだ。
その発言に反発の意を唱えるのが、お姫様である。
「!? そんな言い方しなくてもいいじゃない! 旅人さんたちがまるで悪人みたいな言い方して!?」
「……確かに出過ぎた発言だったかもしれません。ですが姫様、これもあなたの身を案じてのこと。どうか、ご自身の存在がこの国にとってどれほど大切かを、ご理解ください」
「……」
エリスの言葉に、姫様はうつむいた。前髪に隠れてしまい、どんな表情を浮かべているのか、うかがい知ることが出来ない。だが、少なくとも笑みを浮かべるような状況ではないことは、誰の目で見ても明らかであろう。
彼女は一国の姫だ。
それは必ずしもその境遇に望んで生まれた……というわけではないかもしれない。現に彼女は、頻繁に城を抜け出していたという。
だが、だからと言って擁護するかと言われると、難しいところだ。
近衛騎士であるエリスの言いたいこともよくわかるからだ。一国の姫が攫われただの殺されただの、そうなってしまうと国に何かしらの影を作ることになりかねない。それを防ぐのが近衛騎士であろうし、守り切れなければ、責任問題として自身の首が飛ぶことにだってなるかもしれない。
お互いがお互いの言い分を持つのは分かる。非常によくわかるのだが。いかんせんタイミングが悪いかなと思う、部外者筆頭のオレである。
……これは一旦離れないと、巻き込まれて逃げられなくなるやつ? これ以上ややこしくなる前に退散を――
そう思ったオレだったが、残念ながら遅かった。
オレがどのような身の振りをしようかと考えているうちに、事態は動き出してしまった。
「…………出来損ないの姫が、そんなに大事なの?」
うつむいたままの姫様が、そうつぶやいたのだ。
「光の英雄の加護を受けているといっても、それらしいのは金色の瞳ということだけ。いくら足が速くても、腕っぷしが強くても……それは光の英雄の能力じゃない。本来なら、魔法に秀でるはずなのに、私には魔法の才能がない。勉学も習い事も、社交能力だってっ……お姉様にはかなわない。……そんな出来損ないの姫が、そんなに大事なの?」
押し殺したような声色である。
爆発寸前と言ってもいい。
その漏れ出た言葉を聞いて若干表情を変えるのはエリスだった。良からぬ地雷を踏んでしまったのかと、冷や汗を浮かべる。
「……な、何をおっしゃいますか。姫は十分にご立派であられ――」
「その場しのぎのお姉様の代わりとして、でしょ!?」
ついに姫様は声を荒げた。前に体を押し出すようにして、全身で自身の心情を吐露する。
「そうだよ。私は、お姉様がもしものときの代わりとして育てられているんでしょ? でも大した能力もないくせに、生まれだけが異常にいいから、扱いに困ってるんでしょ!? 似非とはいえ加護持ちだから、さらに質が悪い……みんなそう考えてるんでしょ!? 毎日毎日、『姫様ならできる』『光の英雄の加護をお持ちだから』って苦笑いを浮かべて………………もうほっといてよ!!」
彼女は、生活の中で相当プレッシャーを感じていたのだろうか。
確かに、一国の姫にして光の英雄の加護などという御大層なものまで有している。そのうえ、聞く限り彼女の姉……第一王女が非常に優秀な人物であるようだ。期待はひとしおといったところだろう。
だけど、彼女には期待にこたえられるだけの能力や、それに耐えうるだけの精神がまだ育ってなかった。
実年齢は分からないが、オレより一回り以上も年下であるようだし、それも仕方のないことだろう。そもそも、この幼い少女に成人の能力を要求すること自体、間違いじゃないかと思う。期待は当然あるのだろうが、まわりはいささか急かし過ぎたのだろう。たまりにたまった鬱憤が、今回爆発してしまったようだ。
「姫………………」
彼女の叫びを聞いて、顔をゆがめるのがエリスである。
どれだけの期間姫様と接してきたのかわからないが、人並み以上に彼女を大切にする姿勢は、伝わってきた。なにせ、姫様を探すために、毛嫌いしている旅人にまで協力を仰ぐのだ。手に負えない主君だとしても、心配で仕方ないのだろう。
そんな何としてでも守りたいと思う姫様を追い詰めていたのは自分たちだと、本人の口から吐き出されたのだ。守るべきものは姫様の身柄ではなく、その精神だったと、今更ながら気付かされる。その心情は穏やかではないだろう。
姫様の叫びに、誰もが口を閉ざし、辺りは静寂に包まれた。遠くから聞こえる街の音が、ひどく場違いに映る。
そのような中、突然聞こえてきたはウィンドウのポップ音だった。
不意なことに驚いてしまうオレ。慌てて確認すると、どうやらボイスチャットのようだ。旅人の間では、システムウィンドウから、テキストによるチャットや、フレンドになるとボイスによるチャットが可能である。
発信者は……オーレン? 何でこんなタイミングで? ダンジョン攻略中で、通話してる余裕なんてないだろうに。
ただ、普通接続ミスなどというものは存在しないツールである。発信者がオーレンだと書かれているのなら、相手は必ずオーレンである。
……取り敢えず繋げるか。
場の空気的にやりづらさを感じつつも、オレは目前に現れている通話開始ボタンを押して、右手を右耳に持っていった。基本的に口に出さずに思うだけで通話が成立するということだけ、今の状況ではありがたかった。




