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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第一章 力不足の旅人リィンベル
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第十二話

「ジェリク」

「あ?」


腕を縄に取られつつも、痩せぎすの旅人をけん制しているジェリクは、オレが声をかけると視線だけこちらに向けた。その横顔は汗が伝っていることから、まったくの余裕というわけではないことが窺える。


「ここは任せても大丈夫か?」


そうオレが尋ねると、オレの言いたいことを理解したのか不敵な笑みを浮かべた。

「……あぁ、問題ねぇ。しっかりエスコートしやがれよ!」

「そんな大層なもんじゃないからっ」

ジェリクの余計な一言に突っ込みを返すと、オレは少女に向き直る。


「ここはやつに任せて、とりあえず逃げよう」

「え、でも……」

「心配ないさ。あいつはそう簡単にやられるような奴じゃないよ。服のセンスはお察しだがな」

戸惑う少女をなだめるように軽口を言うと、後ろから「うるせぇ!」と返事が返ってきた。その返事に、オレは少しほっとした。彼の実力を過小評価するつもりはないが、とっさの判断で身動きが取れなくなっていることに一抹の不安があったからだ。


この街は、現在攻略組の拠点となっている。中にはオレたちのような中堅どころもいるはずだが、攻略組の過半数がこの街にいると考えると、オレの人数なんて割合的には大したものではないだろう。そうなると、目の前で縄を操っているあの男も攻略組である可能性があるのだ。


攻略組とオレたち中堅組には、戦力的に大きな隔たりがある。

彼らは高難易度のダンジョンでしか手に入らないような素材を用いた装備やレアアイテムを、これでもかというほど所持している。そのうえ情報量も圧倒的だ。さらには効率よく稼ぐ術を常に模索していて、彼我のレベル差も大きい。具体的には、オレたちの平均レベルが五十台なのに対し、攻略組のトップ層は七十を超えるらしい。


このレベル二十の差は想像以上に大きい。基礎ステータスもさることながら、装備可能な武器防具も数ランク上になる。習得しているクラススキルも豊富で高ランクであろうから、たとえオレたちが今一番強い技をぶちかましたとしても、彼らのHPを一割減らすことも叶わないだろう。攻略組の盾を担っている部隊相手だったら、ゲージを削ることすら叶わないかもしれない。


それほどの差がある中堅組と攻略組だが、ジェリクは目前の男と対峙しても軽口がたたけるほどには余裕があるようだ。どうやら縄を操っている男は、中堅組あるいは攻略組でもデバフ専門……今回のように敵の動きを止めたりなど……に入るのではなかろうか。デバフ要員なら、ジェリクの筋力値とさほど差がなくても頷ける。

あるいは、しばらく見ないうちにジェリク自身が攻略組並のステータスまで成長しているかという線だが……。


ともかく言える事は、彼一人にこの場を任せても大丈夫であろうということだ。



「後は頼むぜジェリク」



オレはジェリクの背中にそれだけ言うと、未だに戸惑う少女の手を取って走り出す。その動きに縄をもった男が何事か叫んでいたが、うまいことジェリクが相手をしているのか、しばらく走っていても追いかけてくることはなかった。





「……これだけの人ごみだ。そうそう大きなことは出来ないだろ」

なるべく人ごみの中を潜り抜け、大通りを二、三本渡ったところで、オレたちは歩調を緩めた。

「さて……」

オレは少し辺りを見回した後、後ろにいるであろう少女の方に向き直った。ついでに、そういえばずっと手を取りっぱなしだったなと思い、小さく柔らかかった少女の手を内心名残惜しかったが放す。


「とりあえずは大丈夫だけど。たぶんさっきの、縄を持ってたやつは、諦めなさそうだし、また追ってくると思う。それ以外にも、騒ぎを聞きつけて、集まる奴らもいるだろうから……」

来た道に視線を向けながらそこまで口にしたオレは、ふと視線を落として少女を見た。少女は手を引いていたオレの速度に合わせていたせいか、全然息を上げているような素振りが見えない。オレは割と息が上がっているというのに……。

これじゃあどっちが旅人なのか分かったもんじゃないな……。


「……しかし、君王女様だったんだな」


ふぅ、と大きく息を吐いた後オレがそう言うと、少女はばつが悪そうに指先で綺麗な銀髪をいじりはじめた。

「……ごめんね。隠すつもりはなかったんだけど、旅人さんの話を聞けるかと思ったら、気付かないほうがいいのかなって思って。それに、三時って約束したのに……」

しゅんとうつむき加減になってしまった少女に、オレは慌てて首を横に振る。

「いやまぁ、別に責めてるわけじゃないんだけどな。ちょっと驚いただけで。こっちも来たばっかりで、知らなかったってのもあるし。あ、えっと。もしかしなくても、敬語で話した方がよろしいでしょうか?」


王女ということは、当然この国のトップ層だ。なんとなく流れでため口で話していたオレは、目の前の少女に口調を正して聞いてみた。すると少女は『何をいまさら』と言わんばかりの苦笑を漏らして「いや、いいよ」と口にした。

「……でも、助かったよー。城――って、ばれちゃったし、いっか。城から出てすぐに近衛騎士さんたちに見つかってさ。何とか逃げたんだけど、今度はあの怖い顔の旅人さんが追いかけてきてさぁ。怖かったよ」

「まぁ、確かにあんなギラついた目で追っかけられたら、怖いわな……」

ジェリクと対峙していた男の顔を思い浮かべつつ、オレは少女に同意した。


しかし、この後どうしようか……。


何気ない会話を少女とかわしつつ、オレは人ごみの中を歩いた。

まだクエストの情報も出回っていないのか、襲い掛かってくる旅人もいないし、騎士たちにも見つかってはいない。ジェリクの様子が気になっているのはあるが、街中ではHPが減ることはないので死ぬことはないし、彼のことだから何とかするだろう。


そんな中、解放感があるのか、少女は機嫌良さそうに言葉を交わしている。そんな彼女と一緒にいると、王女と接しているというよりは、幼馴染の友人の妹と接しているような気やすさすら感じ始めていた。


「……そうだ! あの後どうやってリンさんにくえすとを出そうか、考えたんだけどね」


少女と話していると、ふと昨日広場で交わしていた話題が出た。

「そのくえすとっていうのは。お使いとか、魔物とかを倒してきてとか、そういうものが多いんだよね?」

「そうだなぁ。といっても、それだけってわけでもないんだけどな」


主にこの世界の住人から受けられるクエストの内容は様々である。少女が言ったように採取や物資の運搬など、『お使い』と言えなくもないクエストや、魔物の討伐などは、クエストの内容の中心ともいえる。他に存在するものとしては、要人の護衛や遺跡の探索が上げられる。王女である目の前の少女の探索は、あまり見ないクエストで、雑多あるその他クエストに入ってしまうだろうか?


「うーん……。そう思っていろいろ考えたんだけどねー。これと言って欲しいって感じのものもないし、魔物がどうとかもね。知ってるかどうかわかんないけど、私ってどうやら光の英雄の加護とか、あれこれ加護を受けてるみたいで、割と強いんだよ!」

ぐっと得意げな表情で細腕に力こぶを作ろうとする少女。その腕は細く、さっぱりこぶが浮いているようには見えない。とても旅人のジェリクをあそこまで吹き飛ばしたとは思えない華奢さである。


「私もすてーたすが見れたら、伝えるのも便利だったのにな」

仮に彼女のステータスが見られたとしたら、どのようなものだろうか。


……確実にオレよりは高いよな。


あれだけの走力と力の持ち主だ。旅人たちの中でも十分見劣りしないくらいには、基礎ステータスは高いかもしれない。旅人であるにもかかわらず勝てる要素が見当たらないオレは、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「だから、どうしようかなって感じ――」


ふと、前を行く人ごみの向こうに目をやると、少女は言葉を失った。動いていた足も止まる。その反応に気が付いたオレは、少女の視線を追いかけて同じく立ち止まった。




少女の視線の先には、鎧を着た騎士の集団が整然と立っていたのだ。


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