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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第一章 力不足の旅人リィンベル
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第十一話

「ど、どうしよ……追手が来るのに」



その少女は、(どういう原理かは分からないが文字通り)吹き飛ばしてしまったジェリクを心配そうに見つめつつも、同時に焦るように路地の方にも視線を泳がせる。


「え、えっと……」


これは声をかけた方がいいのだろうか、それとも他人の振りをした方がいいのだろうか……?


なにかとてつもなく面倒そうな気配を感じたオレは、そう判断に困ってしまう。だかオレがどちらか選ぶ前に、事態は動き出した。




「……あっ」




判断に迷っている間、無意識に少女の方を向いていたら、運悪くばっちりと目が合ってしまった。少女はすぐさまオレのことを認識すると、早足でオレの傍まで来た。


「お、お兄さんっ。に、にじゅ、二重に助けて!」


そしてオレの服の袖を引っ張ると、切羽詰った様子でそう言ってきた。


「は、え、えぇ!?」

突然わけのわからない話を振られて焦ったのと、美少女に言い寄られてフリーズしかけたのが三対七の割合でブレンドされ、オレはうまく言葉を紡ぐことができなかった。


「と、とりあえず落ち着こうかっ」


だが、いつまでも思考を停止するわけにもいかない。すぐにオレは自分にも言い聞かせるつもりで、焦ってわけが分からなくなっているであろう少女の肩に手を置いて諌める。


二年間戦うことが出来ず後ろに引っこみ続けていたオレが、みんなに少しでも貢献しようと研鑽したのが、思考力だ。

戦闘をしている者は、目の前の敵に集中してしまう分、戦闘の全体像を見ることが出来なくなる。敵の配置がどうで、場がどういった状況なのか。それに対して、どう動いてどの敵を相手にするべきかなど、戦闘の場そのものを見て考えるのが、今のオレのポジションである。

決してオレはそのような状況を素早く読む能力に優れているわけではないが、少なくともとっさに頭を巡らせることができるようには磨いてきたつもりだ。


思考力(笑)とかにはならない程度には。……たぶん。



「一体何があったんだ?」

オレが努めて冷静に声をかけると、少女は落ち着きを取り戻したのか小さく息を吐いた。焦って目が泳いでいたものが、きちんと焦点が定まる。


「……えっと、待ち合わせの場所に行くために抜け出してきたんだけど、なんかエリスが街中に騎士さんたちを配置させてたらしくて。それに旅人さんたちまで増えちゃってさ。急いで逃げ回ってたら、人を跳ね飛ばしちゃって――」

指を折りながら、少女は直近の状況を追っていたようだが、そこまで言って再び瞳に動揺の色を見せ始めた。


「ど、どうしよう。私思いっきり人を蹴飛ばしちゃった!?」


蹴っ飛ばして、あの威力が出るのか……。


少女の言い分が正しければ、ジェリクはこの小柄で華奢な少女に蹴飛ばされて、あそこまで吹き飛んだことになる。この世界に住む普通の人間ならまだしも、ジェリクは旅人なうえ、その中でも前衛で戦えるほどの性能を持つ人物だ。その威力は推してしかるべきであろう。


……旅人にも匹敵する力を持った、青みがかった銀髪に金色の瞳を持つ女の子、か。これは間違いないんだろうなぁ。

オレはもともと持っていた推測を、今度こそ確信に変えた。




この目の前でオロオロしている少女が、この国の第二王女だ。



……の、割にはオレの持ってるお姫様像とはえらい違いだな。車の追突事故的なことをやらかすとか、お転婆すぎだろ! お姫さまってもっとこう、おしとやかなもんじゃないのか?


「え、えっと……。とりあえずさっき跳ね飛ばした奴は旅人だから、問題はないとは思うが……」

そう言って少女から目を離し、位置的に少女の背後辺りに倒れ伏しているはずのジェリクに目を向けてみると、ちょうど「いってぇ……」と後頭部をさすりつつ半身を起き上がらせようとしているところであった。

「ほら、あの通り奴はぴんぴんしてるさ」

オレが軽い口調で肩から手を離し指差すと、くるりと少女が背後を見る。そのとき、ふわりと舞った少女の髪からほのかないい匂いが香ってきて、オレはちょっとドギマギした。


「……すごい。かなりの勢いで突っ込んだのに」

「……西大陸にいたクソでかいゴーレムの一撃より重かったぜ……」

少女が驚嘆の声を上げると、ジェリクがよろよろと立ち上がってこちらに歩いてきた。


「あ、あの……すみません、大丈夫ですか?」


おずおずと少女が尋ねるとジェリクは首をコキコキ鳴らし、その後ひらひらと腕を振った。

「一撃で沈むほど、ヤワな鍛え方してねえさ。それより……お嬢ちゃんが俺を吹き飛ばしたんだよな?」

「あ、はいすみません急に飛び出してっ」

「いやまぁ、街中じゃHP減らねえから大したこたぁねえんだが……」


ぺこりと大きく頭を下げる少女へ、何でもないという風な言葉を返すと、ジェリクは何か聞きたいことがあるような視線をオレに送ってきた。ジェリクも彼女の出で立ちと旅人顔負けの威力に疑惑を持ったようだ。

「この子が昨日あったって言うやつか?」ということを聞いているのだと解釈したオレは、こくりと頷く。月並みのセリフにはなるが、このような美少女を一日中に忘れるわけがない。


「ふむ。……となると、さっき感じた不穏な空気ってのは―」



 思案気につぶやきだしたジェリクだったが、不意に言葉を区切り勢いよく体を反転させた。


「!?」


一体突然何事だ、とジェリクの奇行に口を挟もうとしたオレだったが、声を出す前にあるものが目に留まり、咄嗟に口を閉じた。


おもむろに横へ突き出しているジェリクの腕に、縄が絡みついていたのだ。


「なんだお前? 邪魔するんじゃねえよ」

縄の一端はジェリクの腕に絡みついているが、もう一端は先ほど少女が飛び出してきた路地の方に向かっていた。

そして終点を見つけたと思ったら、見知らぬ風貌の男と目を合わせることになってしまった。


そこら辺を歩いている街の住人とは、明らかに趣の異なった服装をした、無造作に髪を伸ばしている痩せぎすの男。一目見ただけで旅人であることがうかがえた。

その男は、手に持った縄がジェリクの腕に絡まったのを見て、イラついた様子でジェリクをにらんできた。それにジェリクは絡みついた縄を気にした様子もなく、やれやれと首を振った。


「案の定か。……テメエ、この嬢ちゃんを捕まえに来たんだな?」

「……お前もあのクエの存在に気付いたやつか」

男とジェリクの問答に、最初こそ突然のことで戸惑ったが、すぐさまオレも状況を把握することができた。


男が言っている「あのクエ」というのは、恐らく今朝城が発行した第二王女捜索のクエストのことであろう。

達成目標は、第二王女を城に連れ戻すこと。

つまり、今オレのすぐそばで呆然と立ち尽くしているこの少女(間違いでない確信はあるにはあるが、人違いでなければ)が、今回のクエスト目標である。今眼前でジェリクと対峙しているこの男は、クエストを受注して、この少女を追ってきたのであろう。


この子自身も旅人に追われてー……って言ってたしな。


さて、そうなると厄介なことがある。

クエスト達成条件がこの少女を連れ戻すことなので、必然的にこの少女を確保しなければならない。だが、どれほどの旅人がこのクエストを受注しているのかは知らないが、目標である少女は一人しかない。それで争いが起こるのは容易に想像できてしまう。

事実現在そのような状況が目の前で繰り広げられている。


「……っ」

自分目当てで剣呑な空気が漂っていること、少女も把握がついているのであろう。くちびるをかみながら、逃げるようにオレの背後に回る。

その挙動はオレを盾にするような雰囲気であるが……


……オレも一応、あいつらと同じく旅人なんだけどなぁ。


つまりクエストを受けてしまえば、少女の敵に回ることも可能な身分である。だが、背後に回った少女は、そんなこと考えてもいないようにオレのすぐ後ろで縮こまっている。


まぁ、昨日結構話をしたし、この中で一番信用できるのがオレなんだろうけど。


一瞬このまま少女を捕まえてクエストを完了するのはどうかと考えはしたが、すぐに破棄する。捕まえたところで、オレの性能じゃ加護持ちのこの少女に勝つことはできないだろうし、なにより彼女を騙すようでいい気分にならない。


そうなると、オレのとる行動はひとつだろう。

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