第十話
「……ん?」
ふと、背中を押す力に移動を委ねていると、不意にジェリクが足を止めた。背中からの力がなくなったのを感じて、オレは自分の足で立った。その後背中越しにジェリクの顔をうかがう。
「どうした?」
「いや……なんか、そこの路地が騒がしくないか?」
「路地?」
背中越しに見たジェリクが、そう言って進行方向の右手に当たる方を指さしたので、オレはおうむ返しにつぶやきつつ無意識に指差された方向に目を向ける。
確かにジェリクが指差した方向には、雑多な店が並ぶ中に申し訳程度に設けられている通路っぽい隙間が見て取れた。通りと言うよりは、裏路地と言う単語がしっくりくる感じだ。
「……騒がしい、か?」
オレの見た限りでは、ただの脇道にしか見えず、それ以上の感想は抱かない。騒がしい、というのが騒音を意味するのなら、オレからしたら今いる大通りの方がよほど騒がしいと思う。
もしかしたら、彼はなにか気配でも感じ取れる職の恩恵を受けているのかもしれない。
「あぁ。なんか不穏な空気を感じるぜ。もしかしたら、王女様でも見つかったんじゃねえか?」
「その可能性はなくはないけど。いやまじで、騒がしいか……?」
ジェリクの断言に大いに疑いをかけるオレだったが、当のジェリクは至って真面目に件の路地を凝視する。
――真面目にというか、明らかに野次馬根性が働いているような雰囲気だが……。
そうこうしているうちに、気になって仕方ないのか、ジェリクがおもむろに路地の方へ歩き出す。
「あ、おい……」
オレは前を歩きだしたジェリクに声をかけたが、やつは止まる気配がない。どうするか戸惑ったオレは、とりあえず大通りの通行の邪魔にならないように移動し、多少離れたところで奴の動向を見守ることにした。
「……」
ジェリクは角にある店の陰に一度身を寄せると、意を決したようにゆっくりと身を乗り出して路地を確認しようと――
「! ごふっ」
……したところで、路地から飛び出してきたなにかに吹き飛ばされて、ボーリングのピンよろしく、豪快に大通りに倒れ伏してしまった。
「じ、ジェリクぅー!?」
見事に吹き飛びやがったなぁオイ、とちょっと感動を覚えるところがあったものの、突然のことに慌てふためくオレ。
だが、思考は止めてはいけない。
なにか不意に物事が起こったら、何が起こったのか、どう行動すればいいのか、を瞬時に考えるのは、この世界で旅をする上で最も重要なことだ。
その心得に倣い、オレはすぐさま事の原因……路地から飛び出し、ジェリクを吹き飛ばしたなにかを視界にとらえようと視線を動かした。
オレがとっさに考えたことは、街に魔物が現れたのではないか、ということだった。
だが、小さな散村のようなところならまだしも、最大規模の結界が張られたこんな城下町でそんなことがあり得るのだろうかと、すぐさま疑問がわく。けれど、なにかとてつもない威力を持った何かが、ジェリクを吹き飛ばしたことには変わりない。
……万一実際に魔物だったとしたら、何かのクエが発生するかもしれない。そうなると、もしかしたら街中ではHPが減らないというルールも適用されなくなるかも……。なんとかして気を引いてジェリクを助けねえとっ。
わずかな時間にそこまで思考を巡らせていたオレは、恐らく確認すべきなにかであろうものの影を視界に捉えたところで、その思考が霧散するのを感じた。
「……え?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。それも無理もないことであった。
「や、やっばぁ……人跳ね飛ばしちゃったっ」
オレが魔物じゃないかと勘繰っていたなにかは、大きなローブに身を包み、昨日はかぶっていたフードを脱ぎ、陽光にその青みがかった銀髪を輝かせる、あの美しい少女だったからだ。