第三十話
更新が滞りすみません。
皆さんはお盆いかがお過ごしだったでしょうか。自分はほぼ外出していたので、充実といえば充実していたでしょうか。4日で終わりましたけど――
『なんかオレたちの面子って、正直な攻撃が多いよな』
あれは確か……王都のはずれにある遺跡でスレットモンスターと闘ってから数日後のことだ。リィンベルとシシリーが新しいジョブ……まさかリィンベルは女の子に変わるなんて思いもよらなかったが……を獲得し、騎士団の演習に付き合うまでの間に試運転を行っていたときのこと。
その期間の何処の夕食時にかわされた会話。四角いテーブルを五人で囲みながら、各々好きにテーブル中央に置かれた惣菜に手を伸ばす。
会話のきっかけを作ったのは、リィンベルであった。
『いや、ふと思っただけなんだけどさ。シシリーが『ルインプロフェッサー』になってくれたおかげで、ダンジョン内の罠とか対処できるようになったというか……まあレベルがレベルだからこれからなるんだろうけど。そんなことをふと考えた時にそういえばって思ったんだけどさ』
こういうどことなく回りくどい言い方をするのは、リィンベルの特徴だ。この世界にきてずっとパーティを組んでいる彼の仲間は、それを知っているため特に何も言わない。
……いや、一人からかう者はいたか。
『相変わらず童貞臭い物言いですね。何が言いたいんですか?』
『童貞臭いとか言うなよ! ったくよ……』
波長が合うのか、はたまた合わなさすぎるのか。ミヤビはリィンベルのことを小ばかにするシーンが多い。嫌っているわけではなさそうなので、単純に彼女にとってからかいやすいのかもしれない。これに関してもいつものことで、その場に笑いが起こるのもテンプレートだ。そしてそこにリーダーでもあるギルバインが口を加えるということも。
『ははは。童貞は守るものじゃあないぞ? とっとと捨てちまえ。……で、実際リンは何を言いたいんだ?』
『こっちだって好きで守ってるわけじゃ……いやそうじゃなくて』
リィンベルは仕切り直すためか、ごくりと手元のグラスに注がれた飲み物を口に含む。
『……結局何が言いたいかっていうと。オレたちの面子って、罠とかそういう間接的な攻撃ってないよなって』
『間接的な攻撃、ですか……?』
シシリーが首を傾けながら漏らした言葉に、リィンベルは頷いた。
『そうそう。罠というか、特に設置型の攻撃方法かな。あの遺跡でTモンに追いかけられたときにさ、そういうのが仕掛けれられれば有効だったんじゃないかって思ったんだよ。今更だけど』
『地雷みたいな?』
『そんな感じ。あの時は運よく学習しないタイプのTモンだったから、一辺倒な戦略が利いたけどさ。他の旅人たちの情報によれば、戦っていたらどんどん学習する敵も増えてきてるらしいし。不意をつけるような何かが欲しいなーって。オレの新しい職がどんな育ち方をするのかにもよるけど、手は多い方が良いからさ』
『不意をつけるねぇ……』
リィンベルの言葉に、ギルバインが吟味するように腕を組む。
『オーレンの魔法じゃあかんかね?』
『うーん。地雷みたいな魔法は、僕持ってないよ』
『シシリーはどうかいね?』
『……私もそんな技はないですね』
『……成程。ホントにそういう小細工系は俺たちの一党にはないのかい。皆正直に育ってくれて、おじさんうれしい限りです』
『いやいや、それはそうだけどこれは別問題でしょ……』
何故だかうんうんとしきりに頷くギルバインに、リィンベルが呆れ気味にぼやいた。
『……まあ、といっても別に必須ってわけじゃないんだけどね。でもこう、設置型だけじゃなくて、例えば後ろから奇襲できる技とかがあれば、今後役に立つんじゃないかなって思うわけよ』
『変態ですね』
『な ぜ に』
その話題は結局ミヤビの辛辣なコメントにリィンベルが顔を歪ませて、皆の笑いを取って仕舞いとなった。
……なんで今そんなことを思い出したんだろ。
ぐらりと傾く体。背後からは強い風が巻きあげてくるが、体を支えるにはひどく力がない。
眼下に広がるのは、真っ白な雲海。そしてそのわずかな隙間から望むことができるのは、山地だろうか。雲海の中に大きな波がたっているように見えるのは、標高の高い山々が存在するからなのだろう。
そして、そんな山々よりもさらに高い位置にあるのが、この仙境。
落ちれば、確実に命はない。
けれど、もはや体勢を立て直すのは不可能。
オーレンは死を覚悟した。
だからかな……。走馬燈ってやつ?
ここにきて冷静さが戻ってきたようで、視界がわっと広がったような感覚を覚える。今までの凶刃を受けたためか、HPは半分を下回り心もとなくなっていた。まあ、HPが満タンであったとしても、この距離からの墜落をカバーできるとはとても思えないが。
あ、スキルウィンドウ――
戦闘中だったため見ることは叶わず、さりとて閉じることもできずに視界の端に追いやられていた『界繋の一閃』の説明文。それが再度目に留まる。そこには、剣乙女の名前とともにスキルの詳細が書かれている。
スキル説明にしては比較的長い文章。たまさかその中の一文に目が行っていたのは、偶然か、はたまた神の……いや、剣乙女の導きか。
……成程ね。
いよいよ残っていた足も大地から離れ、完全に宙へ体が投げ出されてしまう。
しかし、オーレンは不敵に笑みを浮かべた。
完全に詰んだ。
徐々に姿勢を崩し、奈落へと誘われつつある若き剣士の種を目にして、ニーフはそう確信する。
山々よりもさらに高い位置にあるのが、この仙境。
落ちれば、確実に命はない。
思った以上に時間を割いてしまった。さて、次は本命の首狩りだ。
大型の魔物ですら死に至らしめることができる麻痺毒である。いくら少量かつ仮に毒が利きにくい者と言えども、動けるようになるには今しばらくかかるだろう。
ニーフの思考の矛先は、次の剣乙女へ移っていた。だが、まだオーレンの様子をうかがう。
相手を確実に仕留められたかどうか確認するのは、暗殺を生業とするものにとって必須。標的が一命をとりとめてしまったら、それはもう暗殺とは呼べないからだ。殺すことも出来ていなければ、最悪顔が割れてしまう恐れがある。だからその場にとどまったのは、ニーフにとって何ともない、ただの確認作業のつもりだった。
だが、そのおかげで彼は気が付いた。
標的……オーレンの口元に笑みが浮かんだことを。
不意に思い当たる、彼は魔法使いであるという事実。まさかあんな絶体絶命の状況で、魔法が使えるなどとは思えないが……。ニーフはほんの少し警戒心を高める。
だが、彼には慢心があった。
普段ならば、そんなことはないのだろう。下手な慢心は、それこそ命にかかわる世界で生きていた。けれど、ここまでの連戦と悲願ともいえる目標を目前にして、その気概が緩んでいたのかもしれない。
彼が慢心した理由。それは、魔力の流れを感知することができるからだった。
何かしら魔法の予兆があれば、距離を置くことができる。そう彼は思ったのだ。
ニーフが眺める先、オーレンが何かしら口を開き始めた。それは何かの祝詞のようにも聞こえたが、そこには魔力の流れは感じられない。いや、最初こそ魔力の放出を感じたが、それはすぐに消滅した。何かが発動する気配はない。
最後のあがきか。残念ながら、それも徒労に終わったようだな。
オーレンのその姿を眺め見て、彼の緊張の糸が緩んだ。
それが彼の命取りとなる。
不意に彼の背後から、急激な魔力の気配が沸き起こった。
「っ!?」
緩んだ緊張の糸を、その一瞬で引き締めることはできなかった。精々彼ができたのは、軽く振り返ること程度。
直後、背後から強い衝撃を受ける。まるで爆撃でもあったかのようなその衝撃は、到底踏ん張りきれるものではなく、ニーフは容易く宙へと投げ出された。
「な、何が――」
ニーフは浮いた体を翻らせ、大地の方へと目を向けた。
「あれは、何だ」
ニーフが見たものは、まるで火の玉のような、赤い宙に浮かぶ物体。それが、先ほどオーレンが拵えた空間の切れ間から顔をのぞかせていた。
咄嗟に彼は先行して落下するオーレンを見下ろす。天を眺めるように落下している彼は、しっかりとニーフに視線を合わせていた。
オーレンが何かしら口を開く。それは風切り音で一切聞こえることはなかったが、口の動きで何を言ったのかは理解できた。
彼は、悪戯な笑みを浮かべながら、こう言っていた。
『道連れだ』と。




