第二十七話
最近とんでもない事件・出来事が多発してますね(2019/7/21現在)。
先行き不安です。
「……ふふふ」
大きな目標を目の前にしたことで、思った以上に回顧にふけってしまっていたようだ。
ニーフは不意に耳に入ってきた声に我に返る。意識を現実に戻すと、その声はメリルから発せられていることが分かった。
彼女はなんと、地に膝をつきつつも笑いを漏らしていた。
「……何がおかしい」
明らかに場違いな感情に、ニーフは冷静さを取り戻し、不快気に顔をゆがめた。その言葉にメリルは何度か空咳を挟んだ後、力なく顔を上げニーフを見上げる。
その表情は苦痛にゆがみつつも、全く意思が折れていない様子だ。
「いや、こんな地に膝をつくなんていつぶりかしらと思ってね。基本、ここまで苦戦することなんて稀だから」
「だから、誇っていいんじゃないかしら?」と彼女は付け加える。その言葉からは、並々ならぬ自信がうかがえた。
誰が見ても、状況はメリルの圧倒的不利なもの。そんな境遇にありながらも、彼女は一切態度を変えるそぶりを見せない。
その不遜さが、ニーフの心をひどく逆なでする。
「……言いたいことはそれだけか、くそ女」
「そうね……。まあ、強いて言うとしたら、その『くそ女』っていうのは不快だから、止めていただけないかしら」
メリルの言葉に、ニーフはギリっと歯を食いしばった。どこまでもふざけた女だ、と内心ニーフは吐き捨てる。
だが、いちいち付き合う必要はない。そう考えた彼は、さらに一歩近づいて、彼女の首元を剣の射程圏内に収める。
「……これ以上、下らない言葉を聞く気はない。貴様の栄誉も、ここで終わりだ」
ニーフはおもむろに麻痺針を取り出すと、地に突っ張っているメリルの手へと落とした。針はその重みで、彼女の柔肌に容易く突き刺さる。小さくメリルは苦悶の声を上げた。すぐさましびれが行き渡り始めたのか、がくっと突っ張っていた肘が折れ地面に伏した。
冷ややかな視線をメリルの首元に下ろしつつ、ニーフはゆっくりと剣を振り上げる。
「……死ね。才ある者よ――」
ぐっと剣の握りを強くする。そしてその言葉とともに、ニーフは剣を振り下ろ――
「!?」
不意に違和感を覚えたニーフは、剣を振り下ろす直前にとっさに一歩後ずさる。数瞬あとに、彼の目前を何かが通過した。それは強い風をまとっていたのか、身を引いたにも関わらず、彼の髪の毛をひどくはためかせた。
彼は視線の身を動かし、通り過ぎたものを確認する。すると少し離れた大地に、一本の矢が突き立っているのが見えた。
今までそんなものはなかったはずなので、先ほど飛来射てきたものは、これということだろう。
では、一体これはどこから飛んできたのだろうか。
今度は飛来物である矢が飛んできた方向を確認するため、ニーフは視線を動かす。
飛んできたものが矢であることから、どこかに射手がいるはずだ。そう思いニーフが視線を移したその先には。
大きめの弓をこちらに向けて構えているオーレンの姿があった。
「メリルさんから離れろ。次は容赦なく当てる」
知人が目の前で殺され、意気消沈していたであろう彼。あれだけ精神的に参っているのなら、さほど気にする必要もないと思っていたのだが。しかし、ニーフが思っていた以上に彼は立ち直りが早かった。
本当は一時的に解除していた装備を具現化させただけなのだが、そうとは知らないニーフは、突然現れた弓矢を魔法で作ったものだと解釈した。
そしてそこまで魔力が練れるほど、精神が回復し集中できるようになったとも。
「……貴様。魔法使いかと思ったら、弓も扱えるのか」
そのうえ、彼は今剣乙女の弟子である。魔法使いでありながら剣の素質もあり、おまけに弓も扱えるとは。あまりの多芸さに、ニーフは驚きに小さく目を見開いた。
「いいから、メリルさんから離れろ!」
オーレンは油断なく矢をつがえている。その狙う先は、どうやらニーフの胴体。先ほどのように魔力の伴った一撃を放たれたとしたら、射られた直後に回避しても間に合うまい。
「…………」
ニーフは邪魔が入ったことに内心憤りを感じてはいた。だが、もはやメリルに関しては碌に動けない彼女の首を落とすだけだ。先ほど使った麻痺薬の効果が切れるまでは、無防備をさらすだろう。もし切れてしまっても、呪いのせいでその動きは非常に愚鈍だ。正直、いつでも殺すことはできる。
それならば、先に小うるさい未来の才能の種を潰しておくのも悪くないのかもしれない。
「……ガキ。先ほども言ったが、戦闘中に横槍を入れるのは常識外れだろう。……少し教育をしてやる。ありがたく思え」
ゆらり、とニーフはオーレンの方に向き直ると、両腕を大きく広げた。まるで撃ってこいと言わんばかりの所作。全くひるんでいない様子に、逆にオーレンの方が居心地悪そうに身じろぎをした。
この世界に来てから丸二年。多くの魔物を射抜いてきたが、人間を狙ったことはまだ一度もなかった。現代で培われた道徳観が、強い抵抗感を示している。先ほどの一射も、本来は狙い撃てたものをわざと外していた。
そして脳裏にちらつくのは、ログライの首を落とした時にニーフが見せた、あの残忍な笑顔。あの悪魔のような笑みが、オーレンの心を蝕んでいた。
そんなオーレンの内なる葛藤を、ニーフはその様子から察したのだろうか。大胆に両腕を広げて無防備な姿をさらす。
「……人を殺すことに抵抗を感じている。最早それだけで、お前は取るに足らない存在だ」
ざっ、とニーフが一歩踏み出す。そのちょっとした動作と音が、オーレンを刺激した。
「くっ!?」
思わずオーレンは矢を放つ。それもただの矢ではなく、スキルによって強い冷気を伴ったものだ。
放たれた矢はニーフの方へ飛んでいくが、狙いは大きく外れていた。
「……躊躇ったな、ガキ」
直後、ニーフが勢いよく地を蹴った。一気にオーレンとの距離を詰める。
「くそっ」
ニーフの速度は速く、とてもじゃないがもう一射打つ余裕はない。オーレンは悪態をつくと、すぐさま弓を放り投げる。代わりに腰にさした直剣を引き抜く。この一か月に及ぶ訓練のおかげで、とっさに抜刀するということを覚えていたのは僥倖であった。
「切り替えの判断はいいじゃないか!」
言いつつニーフは、突進の勢いのまま地面すれすれから一気に剣を切り上げる。ある程度レベルが上がっているおかげで、この世界の人並み以上の筋力を有しているオーレンであるが、剣を合わせた瞬間に大きくはじかれる。初心者丸出しで剣を合わせていったのが災いしていた。
「……だが、動きが甘い!」
大きく姿勢を崩したことでがら空きになった腹部を、ニーフは容赦なく蹴りつけた。
「ぶふっ――」
あまりの衝撃に、強制的に口から息を吐かされながら、オーレンは吹き飛ぶ。ごろごろと地面を転がり、ようやく止まったところで何度かえずく。HPは一割程度しか減らなかったが、運悪くスタンにかかってしまった。
体が思うように動かない!
「どうした。もう終わりか?」
ゆっくりと倒れ伏すオーレンに近づくニーフ。彼は近づきつつ、同時に剣を掲げ始めた。
やがてオーレンの傍まで来ると――
「死ね」
一気に剣を振り下ろした。
「くっ!?」
しかしその数瞬前。かろうじてスタンが解けたオーレンは、とっさに寝返りを打ちその凶刃をかわす。彼我の差はものの数センチといったところだった。
リカ・リリエストの姿になったリィンベルのような、猫のようにしなやかな起き上がりはできなかったが、何度か自ら転がったオーレンはすぐさま立ち上がる。




