第九話
「……で? そういやまだ特別情報を聞いてないぞ? まさか、そのお姉さんがどうの……ってのがそれじゃないだろうな?」
ジェリクから距離を置いたオレは、彼の追撃を警戒して身構えながら聞く。当のジェリクは、追撃をかける気はないのか「あぁ、それか」とつぶやいて腰に下げたバッグに手を突っ込んで何かを漁り始めた。
「特別情報ってのは、これのことさ」
そう言って彼がバッグから取り出したのは、一枚のビラであった。
一体何なのか把握が付かず怪訝そうな顔をするオレの元に、ジェリクはそのビラを投げつける。ひらひらと危なっかしい軌道のわりに、しっかりと手元付近に来たビラを、オレは危なっかしく掴んだ。向きを確認して掴んだビラに視線を落とす。題目に目を通したオレはビラから視線を外し、ジェリクを見つめる。
「これ……城が発行したクエストか?」
「おう。正式発行は一時間前だ。超新鮮だろ?」
言われて再度視線を落とす。すると視界の端にクエストのアイコンが現れた。
依頼主はどうやら城に常駐し、王族たちの身辺警備を務める近衛騎士のひとりらしい。内容は……
「第二王女の……捜索?」
「ああ、らしいな。と言っても、事件性はないらしいぜ。ただの無断外出だとよ。読めばわかるが」
「はぁ……」
釈然としない心持ちでさらに読み進めてみると、確かにジェリクの言うとおりだった。
どうやら第二王女はお転婆な性格らしく、今までもちょくちょく城を抜け出すことがあったらしい。それを見かねた近衛騎士が、ついにこの度クエストまで発行し捕まえに乗り出したようだ。
出来れば騎士団だけで解決できればいいのだが、第二王女は加護持ちらしく、並みの騎士たちでは連れ戻すのは難しいので、旅人達に協力を仰いだ次第だという。
「加護持ち?」
読み進めていて見慣れない単語を見つけたオレは、思わず口に出す。その後ビラからジェリクに視線を移すと、彼は知識があるのか、ぴっと人差し指を立てた。
「神とか精霊とか過去の英雄とか……そういうやつらの祝福を受けたやつのことだ。先天的なもんと後天的なもんがあるらしいが……まあ言えることは、加護持ちのやつらは人間じゃ本来得られない特殊な力を持ってるってことだ。オレたちに匹敵する、な」
「ふぅん。だから渋々オレたち旅人に協力を要請したのか」
「そういうこった。……加護持ちのお姫様が、そう簡単に危ない目に遭うとも思えねえけどな」
「そうも言ってられないんだろ。なんたって第二王女だからな。そりゃホイホイ城を抜け出して欲しくないだろうさ。このクエストの発行だって、苦肉の策なんじゃないかな?」
「まぁ、そうだろうな。……クエストを発行してるにもかかわらず、さっきからちらほら騎士の姿を見かけるのは、なんというか……ご苦労様だな」
丁度そばを通りかかった騎士風の男を二人して眺めながら、お互いに苦笑を漏らすオレたち。そのままオレは再び紙面に目を向ける。と、そこで紙面の最後に発行主の近衛騎士の名前が書かれていることに気が付いた。
「ラニルアータ近衛騎士筆頭、エリス・カーレスト。……エリス?」
はて、どこかで聞いた名前のような……?
オレは小首をかしげたが、すぐに聞き覚えのある理由を思い出し「あ」と短く声を上げる。
「昨日のあの子が言って…………もしかして?」
「ん、どうかしたのか?」
「あ、いや……」
オレがこの名前に聞き覚えがあったのは、昨日の夜に出会ったあのフードをかぶった美少女がこの名前を漏らしていたからだ。内容は、急いで帰らないとエリスに怒られる……というもの。
同名の他人の事なのかもしれないが、もし彼女がこの近衛騎士筆頭様のことを言っているのだとしたら、考えられることは一つだろう。
昨日オレが出会ったあの少女は、この国の第二王女だったのではないか!?
「……確かに、明らかに顔を隠す格好をしてたけど。約束の時間に来なかったのだって、護衛を撒くのに手間取ったとか考えれば……。……嘘やろぉー……」
「どうしたベル? トチ狂ったか?」
オレが突然天を仰いだのを見て、ジェリクが半ば冗談っぽい口調でそう言ってきた。それにオレは勢いよく上を向いていた顔を戻した。
「誰がだっ。……いや、な」
オレはきょろきょろとあたりを見回す。一応情報が情報だけに周りに露見してもいいのだろうかと考えてしまったからだ。
最終的に、オレは声を潜めて口に手を添えつつオレは漏らした。
「たぶんオレ、その第二王女とやらと話したことがあるわ」
「なにぃ!? っ……それはマジもんの話か?」
それを聞いてジェリクが驚きの声を上げたが、周りの人々に注目されるのを感じて、意識して声のトーンを落とした。オレはそれに小さく頷く。
「オレの推測が正しければ、ね。恐らく高確率で正しいとは思うけども」
「ホントか? 第二王女っていやあ、成人してる第一王女とは違って、まだ社交場にでる年齢じゃねえとかでさっぱり情報がない人物だぜ? 精々そのビラに書いてあるような、『小柄で、青みがかった長い銀髪を持ち、光の英雄の加護を受けた証である金色の瞳をしている』くらいなもんだ。まぁー目立つ特徴だとは言え、まったくみない特徴……ってわけでもねえぞ? 旅人の話になるが、それと似たような特徴で語れる奴も知ってるし」
「んーまぁ、確かにそう言う人も見るけど……。でも、あの子はそう言う感じじゃなかった気がするんだよな。うまく言葉にできないけど、こう……神秘的と言うか神々しいというか?」
昨日のことを思いだしながら、オレは小さく首をかしげる。それに「……ふぅん」と釈然としない感じの生返事を返しながら、ジェリクはオレを見つめる。
「……な、なんだよ」
眺められる理由が分からず、オレは若干引き気味に身を引く。するとジェリクは何を思ったか不意に小さく笑みを浮かべた。
純粋な笑顔ではない。
何か含んだ笑みだ。
「いやー、なんでも?」
「そっかー」と次にジェリクはなにか納得気にうんうんと頷きだした。奴の奇行が理解できない。オレは眉をひそめた。
「だからなんだよ?」
「まぁまぁ、ちょいとあの喫茶店で茶でも飲みつつ話を聞こうじゃないか。おもしれえネタが聞けそうだ」
「はぁ?」
ぽんぽんとオレの肩を叩きつつ、ジェリクは大通りを挟んだ向こうに見える店を指さした。
「さぁさぁ」
「いやいやなんだ突然っ。怪しいぞお前! ……いやまぁ行くのは構わねえが、そんなに金ないからなー?」
オレの背中を押して誘導し始めたジェリクに、オレは背中越しに口を出す。いくら踏ん張っても、彼我の力の差は歴然なため、ずるずると前に進んでしまう。
抵抗は即ち無駄に靴底が擦り減ってしまうだけと悟ったオレは、流される感じに釈然としないながらも、奴の言葉に乗ることにした。諦めて背中を押されつつも歩き出す。