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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第一章 力不足の旅人リィンベル
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序章

とある病院の待合室。

診察や会計を待っている患者たちが、何気なしに向ける視線の先には、比較的大型のテレビがあった。そこには特番を組んでいるのか、『奇病、ねむり姫病』という見出しが表示されていた。


「先日、全世界で原因不明の奇病……眠り姫病の発症が確認されてから二年の日を迎えました。この病気は、今だ回復の兆しが見られた例はありません。一部では、再び起きることなく、息を引き取ったケースも存在します。ある日突然目を覚まさなくなることから、童話『眠り姫』にちなんで名づけられた、このねむり姫病。今回は、こちらの奇病について、発生から現在に至るまでの軌跡を確認したいと思います」


女性キャスターが深刻そうな表情を浮かべて、画面の向こうで原稿を読む。それに対し、テレビの前に存在する患者たちは、ひどく気楽な様子でその始終を眺めていた。


「まず、ねむり姫病発症の当日についてみていきましょう。発症が確認されたのは、二年前の五月。国内で十代から四十代まで、総勢一万という人々が、突如として目を覚まさなくなりました。原因は一切不明。何がきっかけになったのかもわからないまま、彼らは植物状態となってしまいました。

また、この奇病は国内だけにとどまらず、アメリカや韓国など、海外にも発症が確認されました。全世界で、患者はおよそ十万人とも言われています。一体、彼らの身に何が起こったのでしょうか……?」


ねむり姫病が確認された当時の報道の映像を流しながら、キャスターは語っていた。だが、言葉を切ったと思った次の瞬間には、映像は切り替わる。

代わりに出てきたのは、白衣を着た細身の男性だった。まだ三十代にも満たないであろう、整った顔立ちの彼が、記者会見のような場で雄弁と口を開く場面が映し出される。


「そんな中。ねむり姫病の患者をいち早く世間に告知し、目を覚まさない彼らのために病室を用意するなど、早急に対策を講じた人物がいます。OO大学病院の神谷城遊里さんです。彼は全国の各病院に対して、病院での保護なしでは、ねむり姫病患者は衰弱死をしてしまうと進言。また、ねむり姫病患者の保護のために、警察や国にも応援を要請しました。その対応の速さは驚異的で、ほとんどの患者が、数日のうちに病院での保護下に入ることとなりました。まるで予知していたかのような見事な采配でした。

そんな彼を、その甘いマスクも相まって、両手を広げて褒めたたえる声があがりました。一方、あまりの鮮やかな手際に疑問の声を上げる団体も数多くあります。病院に所属する以前の経歴が謎につつまれているということもあり、一概に信じてよいものなのか、我々の頭を悩ませています」


画面に映る神谷城氏は、その周りに報道陣並びに大勢のファンに囲まれており、医師というよりはアイドルのような扱いを受けいるように見えた。待合室のソファに腰掛ける女性陣は、程度の差はあれ魅せられているような表情を浮かべる。

他方、可愛いどころの女の子をそばに何人も映しているのを見て、面白くないのは男性陣か。


その後、しばらく神谷城氏の話が続くと、今度は国会での論争の話が始まった。

なにぶん過去に事例のない奇病だ。患者数も多いことから、何かしらの法的措置が必要であろうという結論に至るのに、時間はかからなかった。だが、与野党の対立が激しく、まともに法案が通ったのは、ごく最近のことであるが。


「突然の発症に、一番衝撃を受けたのは、ご家族でしょう」


キャスターの進行とともに映し出されたのは、高校受験を控えていたが、ねむり姫病を患ってしまった息子を持つ母親だった。あまり外で遊ぶタイプの子供ではないが、友人も多く、友達と同じ高校に進学するんだと意気込んでいたのに……と悲しみの表情を浮かべる母親。二年たった今でも、毎日のように病院に赴き、息子の顔を拝みに行くという。


 「……このように悲しみを生んでいるねむり姫病。一体どのような治療法が存在するのでしょうか」


ここで出てきたのが、先の神谷城氏が所属する病院の院長と、同大学所属の脳科学専攻の教授だった。

何やら小難しい発言を漏らす彼らだが、結局のところどちらも、何が原因で何が起こっているのか、一切わからないという結論を出している。ただ幸いなことに、二次感染の事例はなく伝染病の可能性は低いとのこと。

確かに、発見から二年が経った件の奇病だが、初期発症者以外の感染者増加はなかった。故に安心かと言われれば一概には言えないのだが。


「昏睡状態が続く彼らに、私たちが解決策を提示することは、現状非常に難しいと言えるでしょう。私達が出来ることは……もはや無事に目を覚ますことを祈るばかりです。それはとても歯がゆい。しかしだからといって、親しい人を見捨てることはできません。何か変化が起きないように、そして、いつ目を覚ましても大丈夫なように……私たちは彼らと向き合う必要があるのです」


三十分の特番の締めくくりは、そのような言葉とともに今までの映像が流れるものであった。そして三十分まるまる視聴するものは、出入りが激しい待合室にはいなかった。ねむり姫病は、発見当初毎日のように報道がなされていたものだが、近頃はごくまれに話題が上がる程度である。報道されたとしても、反応はひどく平坦なものとなっていた。


ねむり姫病が発症して丸二年。


そして数日前から三年目へと突入していた。








気が付くと、見知らぬ景色の只中にいた。

恐らく誰も、その瞬間にすべてを飲み込み解釈することはできていなかったはずだ。

ふと意識が覚醒したと思ったら、周りは謎の家畜生物が飼育されているような、牧歌的な田舎村だったのだから。明らかに日本の風景……下手をすれば地球上のどこを探しても見当たらない様な景色が目の前に広がっていた。突然のことに驚き喚き散らしだすものが現れるのも無理もないだろう。


誰もが自分の置かれている状況に混乱していた時、その状況を説明する者が現れた。忽然と田舎村の大広場の上空に現れたその者は、自らを『未来を憂う者』と称し迷える子羊たちに導きの言葉を与えた。


「君たちは、魔族の出現によって滅びの末路へと進むであろう世界の、未来を救う救世主として選ばれた。これから君たちは、この世界……私たちは『アークレスト』と呼んでいるがね……を旅することで、世界を救う力を蓄えてほしい。なに、簡単なことだ。君たちが日常的に過ごしているゲームの世界の類似品のようなものだ。理解は早いだろう。……納得するかどうかは別問題だが。


だが、一つ忠告をしておきたい。この世界の死についてだ。この世界の死は、直ちに君たちそのものの消滅を意味するというものではない。死した者たちは、各町や都市に存在する教会で復活する。

……だが、対価として君たちの寿命が少しずつ減っていく。寿命の上限は個人によって異なる。早々に死す運命にあるものは、たった数回の死でも上限に達してしまうかもしれぬな。逆に、天寿を全うする定めにあるものは、いくら死んでもさほど影響はなく見えるかもしれない。……まあ、それはどうあれ。死の概念が向こうの世界とは異なる……それが、君たちがこの世界の住人と大きく違うところだ。この世界の住人は、死を経験すると二度と復活することはないのでな。



さて、私が言いたいことは以上だ。あとは君たちの努力次第……励んでくれたまえ」



『未来を憂う者』は、一方的にそのような言葉を残して跡形もなく消え去った。


彼の言葉に納得の言葉を発する者は、誰もいなかった。皆思い思いに罵倒の言葉を漏らし、自らの身に起こった現実に頭を抱えた。

自分たちは、死が自らの最後に直結しなくなった、ゲームのような世界に取り残されてしまった。


……そう理解、あるいは無理やりにでも噛み砕くのに、その後数日かかった。


だが、悪夢のようなあの日から数日後には、徐々に謎の世界『アークレスト』に馴染みだす者もあらわれてきた。


この世界では、召喚された一人ひとりにレベルと職業が割り振られている。この世界に来た当初は、皆レベルは1で職業は『村人』であった。だが、『未来を憂う者』がゲームの世界と類似していると言った通り、レベルは町の外に蔓延る魔物を討伐したりして経験値を獲得すると上昇し、職業は元々この世界に住む住人からや、様々な状況下で発生する依頼―クエストをこなすことで、新たな職業を獲得できることが発覚した。


確かに、彼の言う通りであった。


この世界『アークレスト』は現実の世界であると同時にゲームの世界なのだ。

そう言う認識が広がっていき、この世界に召喚された人々は、この世界の攻略に精を出し始めた。

いつかこのゲームをクリアすれば、元の世界に戻れると信じて。




そうして、この世界の攻略を始めて二年が経ち、三年目の春を迎えた。


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