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8.胸に転がる異物(3)

 僕らは並んで階段を昇った。

 二階の通路の壁に切り出された四角い窓からは、木々の間に隣町が見えた。

 そこはもう、僕らの知らない世界だった。

 しかし、その眺めに僕らはすぐ飽きて、二階の部屋を調べることにした。


 内装に手のつけられていない部屋は、どれも同じ殺風景な四角い箱にすぎなかった。

 面白い物も棄てられていない。

 階下にあった雑誌の類さえ、そこにはなかった。

 ただ、白々と光が、窓から斜めに差し込んでいるだけだった。


 通路の両端には階段があった。

 赤錆色のペンキが塗られた鉄製の螺旋階段が、上下に伸びていた。

 円筒状の空間に、螺旋階段は立っているのだが、壁と階段の間には隙間があった。

 その空間に落ちないための配慮だろう、階段の外周には、手すりがつけられていた。


 ここが、外からは円塔と見える部分の内部だった。

 窓はあるものの、小さいうえに少なくて、ほかの場所にくらべると、だいぶ暗かった。

 僕らは階段の手すりにもたれ、下を覗き込んだ。

 階段は一階よりも下まで続いていた。

 地下部分があるようだったが、光の入らないそこには、淀んだような闇が満ち、なにも見えなかった。

 首をひねって視線を上へ向けると、どうやら階段は建物の屋上部分まで達しているようだった。


「生ゴミ臭くない?」とカツが言った。


 繁華街の裏通りで嗅ぐような、その腐臭には、塔の中に入ったときから、僕も気がついていた。

 窓から風が吹き込むと消えてしまう程度の薄い匂いだったが、それはたしかに上の方から流れてきていた。


「行ってみる?」


 僕はうなずき、階段を昇り出した。


「なにかの死骸があるのかなあ」

 僕の後ろでカツがぼそりと言った。


 こんなところに、しかもわざわざ上の方の階に、生ゴミが捨てられているとは想像できなかった。

 カツが言うとおり、野生の動物が死んで、それが腐っているのだろう、と思った。


「人の死体だったりして」


 僕を怖がらせようとカツが言った。

 同じことを、カツに言ってやろう、と僕もちょうど考えていたときだった。

 先を越されて悔しかったので、そんなことあるわけないだろ、馬鹿じゃないの、と振り返りもせずに答えた。


 三階に来ると、匂いはいよいよ強くなった。

 なにかが腐っているだけじゃない。

 排泄物や吐瀉物の匂いも、それには混じっていた。

 僕らは顔を見合わせた。

 カツの眼は好奇心に輝いていた。僕の眼も同じだったろう。

 僕らは匂いの元を探しに、三階の通路へ踏み出した。


 音が聞こえたのはそのときだった。

 重い物が床に落ち、ごろごろと転がる音だ。

 僕もカツも足を止めた。

 僕らは顔を見合わせ、お互いの眼の中に、怯えを見つけようとした。

 おまえが怖がっているから逃げたんだ、とあとで言い張れるように。


 ごろごろ転がる音はまだ続いていた。

 やがて、廊下の真ん中の部屋の、本来ならドアのあるべき戸口から、ウイスキーの黒いボトルが転がり出てきた。

 それは中身をこぼしながら転がり続け、反対側の壁にぶつかって止まった。

 僕は、瓶の口からこぼれ出す茶褐色の液体から、眼を離せなくなっていた。


 舌打ち。そして――

「もったいないねえ」


 ボトルが転がり出てきたのと同じ戸口から、姿を現したのは〈鬼婆あ〉だった。


 カツが腰を抜かした。

(と僕は覚えている。カツは腰を抜かしたのは僕だったと言うが……)


〈鬼婆あ〉はのそのそと瓶を拾い上げ、手についたウイスキーを「長い舌」を出して、べろりと嘗めた。

 僕らに気づいたのは、そのあとだった。

 ぼさぼさの髪の間から「血走った眼」が、僕らを凝視していた。


「なんなの、あんたたち」


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