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7.僕は精液にすぎないか(14)

 ミロクさんは、唖然とした顔で、刑事を見たままなにも言わなかった。


 村上刑事が急に立ち上がった。

「ちょっと部屋ん中見せてくれる?」


 返事も聞かずに、彼は押し入れを開けて、顔を突っ込んだ。

 それから、バスルームへ行った。

 彼は、十三貝さんを探していた。

 台所へ行くと、冷蔵庫の中も覗き込んだ。


 ミロクさんは、その場から一歩も動かず、ただ頭だけ動かして、村上刑事のすることを眺めていた。

 頬が紅潮していた。

 こんなミロクさんは初めてだ。


「彼女が、この部屋に来たことはありません」

「そうなの?」


 刑事は、両手をズボンの尻で、ごしごし擦りながら、戻ってきた。


「君は、二日の午前十一時、どこでなにしてた?」

「ここにいました」


「ひとりで?

 当然ひとりだよねえ。勉強してた?

 でも、だれもそれを証明してくれないだろ?」


「アリバイがないと言うなら、そういうことでいいです。

 やましいところはありませんから、アリバイなんかなくてもかまいません」


「カインと聞いたとき、ピンッときたんだ。

〈カインとアベル〉のカインだろ?

〈弟殺しのカイン〉だよね。それって君のことじゃないの?」


 ミロクさんのあごが震えていた。

 鼻孔が広がり、胸中に湧き上がる感情を空気で薄めようというのか、深々と息を吸った。


「僕は弟を殺していません」

「でも、死刑判決だよ。控訴はしてるんだっけ?」


 ミロクさんの眼が泳ぐように僕へ向けられた。

 ――知っているのか。

 とその眼は訊いていた。

 僕は、こっくり、とうなずいた。

 ミロクさんは腕をだらりと身体の両側に垂らした。昂りがその指先から抜けていくのが見えた。


「僕がカインならなんだと言うんです?」


「美奈子に強請られていたんだろう?

 毎月一万円てのは、ずいぶんしけた話だけど、一生続くことだと考えればその辺が妥当な額かもしれないねえ。

 君がゆうべ彼女の部屋へ行ったのは、君があの女子中学生連続暴行殺人犯の兄だと示す証拠を手に入れるためだったんでしょ?

 どう、見つけられた?」


「強請られてなんかいません。

 だいたい、弟のことをだれに知られても、僕は一向にかまいません。

 あいつが弟なのは事実だし、僕が通報したのも事実ですから。

 事実を否定したって無意味です」


「でも、サークルの仲間には隠してたでしょ?」

「わざわざ自分から告白するようなことじゃないでしょう」


 刑事はわざとらしく頭を傾げてみせた。


 僕はミロクさんの顔から、その額から、そしてその額の中央のほくろから眼が離せなかった。


 ――主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないようにカインにしるしを付けられた――


 しるし……しるし……しるし……。


 そういうことなのか、十三貝さん?


 彼女はミロクさんを恐喝していたのだろうか。

 しかし、ミロクさんが言うことももっともだった。

 あの事件との係わりを隠すことは、恐喝のネタになりそうもない。

 大学院生としての立場や、友人たちとの関係など、この程度の秘密で変わるもんじゃないだろう。


「じゃあ、君はカインじゃないって言うんだね?」


 ミロクさんはまた僕を見た。

 僕が質問の答えを知っているとでも言いたげな眼だった。

 僕はうなずくことも首を振ることもできなかった。

 ただ、額のしるしを見つめていた。


「いえ……認めます。それで捜査が進展するなら……」

「やっぱり強請られていたんじゃない?」

「いや、それは……」


 ミロクさんはくちごもった。

 喉に太い物がつかえているような苦しげな表情。


 ハムスターは車輪を回すのをやめ、ヒマワリの種を齧っていた。

 とぼけた顔で飼い主を見ていた。


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