表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/191

7.僕は精液にすぎないか(9)

「あれは最初の殺人事件だったからよく覚えてる。

 でも、考えてみりゃつまらない事件だよ。


 犯人の寺島哲雄ってのは、中小企業の中間管理職でねえ、どこにでもいるような、妻子持ちの中年男だったよ。

 被害者の山木良枝は寺島の部下で、生前の写真を見たけど、結構かわいい子だった。

 どうしてこんな子が、あんなつまらない中年男とつきあうんだ、と不思議だったね。


 事件が起きるまで、職場の同僚たちも二人の関係には気づいてなかった。

 知ったときには、なんで寺島課長なんかと、って驚いてたぐらいでねえ。

 寺島ってのは、女遊びをするようなタイプじゃなかったんだね。

 本人の証言によれば、結婚してから浮気なんて一度もしたことがなかったんだってさ。

 免疫がないから、よけいにのめり込んでしまったんだろうねえ。


 被害者の方は割り切っていたのに、彼がひとりで本気になって、やれ離婚だ同棲だって、騒いでいたらしい。

 そんな男が、被害者には煩わしくなっていたんだろう。


 事件の日、木曜日だよ、寺島は毎週火曜日と木曜日の夜は必ず、被害者の部屋を訪ねていたんだけど、この日もいつものように、山木良枝の部屋にやってきた。

 そこを十三貝美奈子に見られたんだな。


 彼女は買い物に出かけようと、玄関のドアを開けたところだったそうだ。

 寺島の方は反対に、ちょうど部屋に入るところだった。

 本人は見られたことなんて、全然気づいてなくて、それを教えられたときはひどく驚いたって話だ。

 僕はその場にはいなかったから、どれくらい驚いたのか、本当のところはわからないんだけどね。


 もっとも、その時点ではまだ、被害者を殺すつもりなんて毛頭なかったようだから、周囲のことなんて、そんなに気にしていなかったのかもしれない。

 被害者は突然、別れ話を切り出したんだそうだ。

 寺島にとっちゃ、晴天の霹靂ってやつだった。

 なにしろ本人は妻とひとり娘を捨てて、被害者と結婚するつもりでいたぐらいだから。


 別れる別れないの言い争いが、やがて揉み合いになり、気がついたら、そこにあったペーパーナイフを刺していた、と寺島は言ってる。

 そのへんのことは、逮捕されるとあっさり自供したんだ。

 凶器のペーパーナイフも、寺島の家から発見されたよ。


 まったくねえ、馬鹿な男だよ。結局、なにもかも失くしちまったんだ。

 裁判の前には妻から離婚届を突きつけられて、まあ、妻子と別れるという点では、望みがかなったとも言えるのかなあ。


 ……こんな事件なんだよ。

 いったい、だれが美奈子に復讐するんだ?

 だいたい、十三貝美奈子なんて名前を、犯人の関係者は知らないはずなんだ。


 それに、なにも彼女の証言がなくたって、いずれ寺島哲雄に警察は辿り着いたろうね。

 だから、美奈子の耳を切ったり、乳首を切ったりなんて、逆恨みとしても、少々ピントがはずれてるんじゃないかあ?」


「じゃあ、七月二日というのも偶然だと言うんですか」

「ほら、縹さんも言ってただろ。偶然に見えない偶然なんて、世の中には、いくらでも転がっているんだよ。

 それに考えてみなよ。

 三年前のOL殺しに、君自身は、どうかかわってくるんだい?

 今回の事件が復讐なのだとしたら、君なんか関係がないはずだろう?」


 それは彼の言うとおりだった。

 僕なんて、たかが二週間だけ、十三貝さんと関係のあった男にすぎない。

 僕に乳首を送りつけるなら、イタリアでピザ職人の修行をしている男に送ったっていいはずだ。

 あるいは、僕の前につきあっていたという男にだって。


 ――どうして僕が選ばれたのか。

 自分自身気づいていないところで、僕がOL殺しにかかわっていたということなのだろうか。


 当時、僕はまだ高校三年生だった。

 七月二日。

 まだ梅雨は開けていなかった。

 父から進学をあきらめてくれと言われたのは、その数日後だったはずだ。

 僕もカツもまだ、未来の不確実性なんてものは、シュレディンガーの箱の中の猫にしか関係がないんだ、と思っていた。

 まさか自分たちがその猫だったなんて、気づいていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ