7.僕は精液にすぎないか(8)
「〈名探偵〉でなけりゃ、浅沼君がゆうべ、あの部屋にいたのだって、おかしな話ってことになるんじゃないの?
彼はなんのために、十三貝美奈子の部屋に入ったんだ?
犯人探しなんてとぼけた答えのはずがないんだよ」
村上刑事が言っているのは、日記の切り取られたページのことだろう。
ミロクさんに、ページを切る機会があったことは否めない。
ピッキング道具を揃えていたことも気にかかる。
しかし、僕は首を振った。
弟が殺人犯だからといって、兄まで犯罪者だなんて決めつけるのは、ロンブローゾの時代まで逆戻りだ。
「浅沼さんを疑ってるんですね」
声が大きすぎた。
いちばん近くに座っていた客が、険のある眼をこちらに向けた。
僕は男を睨み返した。
男は視線をそらすと、煙草を灰皿に擦りつけて、部屋を出て行った。
「可能性はある、だろ?」
村上刑事は、ウェッ、とコーラのげっぷを僕の顔にかけた。
「日記の最後には、彼のことが書かれていたんじゃないのかな」
「さあ、どうでしょう。
僕はむしろ、十三貝さんが高畑さんに電話をかけたことの方が気にかかります」
「たまたまなんじゃないの?」
「そうでしょうか」
「だって、友だち同士だろ?」
村上刑事は、左手で紙コップを握りつぶすと、ゴミ箱に放った。
縁に当たって、あさっての方へ跳ね返った。
「偶然だろうね。なにか他愛ない用事か、頼みごとがあったんじゃないか」
僕は落ちた紙コップを拾いに行った。
そういう癖なのだろう、コップの縁が噛み潰されていた。
自分のと一緒にゴミ箱に入れた。
「偶然ですか。じゃあ、これも偶然でしょうか。
彼女が消えた七月二日は、三年前に彼女が住んでいたマンションで、殺人事件があった日なんです。
彼女はそのとき、犯人を目撃した証人だったんですよ」
刑事は声を殺して笑った。
だれに話してんだ? と言って頭を掻いた。
そうだった。相手は警察官だった。
しかも、彼の所轄で起きた事件だった。
「まあ、正直になるってのは良いことさ」
口ぶりから察するに、彼が聞きたがっていたのは、この話のようだった。
「十三貝なんてどこにでもある苗字じゃないからね、僕はすぐ気がついたよ。君はいつわかったんだ?」
「今日ですよ。だいたい、その三年前の事件というのを、今日まで知らなかったんです」
「本当に? 十三貝美奈子から聞かされてなかったの?
君たちつきあっていたんだろう?
たとえ二週間といえどもさ」
棘のあることばにむっとしたが、顔には出さず、ただうなずいてみせた。
「あの事件はね、僕が刑事になって最初の殺人事件だった。
マンション住人の聞き込みをやらされたよ。
美奈子っていう目撃証人を見つけたのは、僕だ。
最初の殺人事件。最初のお手柄。
そういうことなんだよ」
「じゃあ、三年前の事件のことは詳しいんですね?」
「ああ。君は、今回のことが、あの事件の関係者の復讐だとでも考えているの?」
「ありえない話じゃないでしょう」
僕は一語一語に力を込めた。
しかし、村上刑事は軽く首を振った。




