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7.僕は精液にすぎないか(3)

 口蓋にメロンパンが張りついた。

 ペットボトルを開けて紅茶で流し込む。

 メロンパンを選んだのを後悔していた。


「浅沼君と探偵してるんだって?」

 面白がっている表情だった。


「そういう話になってるみたいですね。

 ゆうべのことをみんな面白がっているんですよ」


「君は不満なの?

 ああ、ワトソンだから。そういうことか。

 ホームズになりたかったんだね?

 そりゃ残念だったなあ。

 でも、向こうはすでに〈名探偵〉なんだろ?

 そりゃ分が悪いってもんだよな。

 まあ、今回は諦めるんだね」


 僕はメロンパンをとっととかたづけ、カレーパンに取りかかった。

 ここのカレーパンは変わっていて、小判型ではなく三角形をしている。

 カレーを挟んだ食パンを三角に切って揚げたものだ。

 味の方はとりたてて美味いわけじゃない。

 普通のカレーパンと大差ない。珍しさだけが取り柄。


「縹さんはなんで君を引き止めたんだ?」


 こんなことは、僕が説明する筋じゃない。

 それでも、聞かされたばかりの話を、村上刑事に教えた。

 僕の存在はノブになすりつけられた精液でしかなかった、と冗談めかして語ったが、実際に笑われると腹が立った。


「妄想だよ。そんなのあの人の妄想にすぎないよ。

 ずっと別居してた奥さんとやっと離婚が成立したとかでさ、最近、あの人、チョーシこいてんだ」


 ひとしきり笑った村上刑事は指で目尻の涙を拭うと、そう切り捨てた。


「ありそうな話ですけど……」

「妄想。妄想。

 他人には先入観で捜査するなとか言っておきながら、自分は勝手に編み上げた妄想にくるまっていやがるんだよ」


 妄想にすぎないのは簡単にわかる、と彼は言った。

 もし、十三貝美奈子が山口靖雄を陥れようと考えたのなら、ドアノブに第三者の精液を塗りたくるなんてまどろこしいことはしないで、もっと単純で効果的な方法を選んだろうと言うのだった。


 たとえば、嫌がらせの手紙の中に剃刀の刃を入れる。

 郵便受けに腐った魚を放り込む。

 玄関の前に割れたガラスを撒き散らす。

 留守中に廊下側の窓を壊す。


 なんでもいい。

 要は隣の女子大生が身体的危険を感じるようなことをすればいい。

 わざわざ無関係な男を探して精液を絞り取るまでもないのだ、と。


 彼の言うことはもっともだった。

 しかし、彼の言うとおりだとすると、山口は本当に、隣の女子大生をストーカーしていたことになる。

 あいつはその場で出したか、袋に入れて持って行ったか、とにかく自分の精液をドアノブになすりつけたわけだ。

 その一点に関しては、「やってない」と嘘をつき通しているということなのだろう。


 だが、山口がストーカーしている女子大生の隣へ、十三貝さんが引っ越してくるなんてのは、偶然としては出来過ぎじゃないだろうか。


 村上刑事は逆なんだと言った。


 山口は、十三貝さんの部屋を訪ねたときに、隣に住んでる女子大生とたまたま出遭って、一方的な恋愛関係を始めてしまったのだ、というのが彼の説明だった。


「それはちょっとおかしいような気がしますね。

 十三貝さんのストーカー話は、引っ越し前からあったんです。

 十三貝さんはそのせいで、前の部屋を引っ越したんですから。

 だれかが部屋に入り込んだようだって、言ってました。

 だから、しばらくは引っ越したことさえ秘密だったんです。

 それなのに、どうして山口が、十三貝さんの部屋を訪ねたりできるんですか。

 彼女は、自分の部屋に、他人を入れるのが好きじゃない。

 僕も、別れたあとは一度も彼女の部屋に入れてもらってません

 ――ああ、ゆうべは入りましたけど。

 だいたい、山口のことは嫌ってますから、あいつを部屋に呼ぶようなことはまずありえないです」


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