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7.僕は精液にすぎないか(2)

 僕は生協に向かっていた。

 学食はもう閉まっている。パンを買って空腹を鎮めるつもりだった。


「サークル室に行ったっておっしゃいましたよね。だれに警察へ行ったって聞いたんですか。高畑さんですか」


「いや、石垣さん。――ちさとさんだっけ?

 君、彼女に気があるんだって?

 及川さんがそう言っていたよ。

 堀井君も吉村君もいたな。

 あんなエアコンもない、狭苦しい部屋によくいられるよね、君たち。

 警察には高畑さんの携帯電話のことで行ったんだろ。

 だいたいのことは石垣さんが教えてくれたよ。

 高畑さん本人は気分が悪いと言って、もう帰ったってさ」


 気分が悪いとか言いながら、十三貝さんの電話のことは、みんなに喋って帰ったわけだ。

 きっと警察署で山口に会った話もオマケにして。


 生協の小さな建物の入口の横がパンの売店になっている。

 大きな公園でよく見かける売店のように、薄暗く胡散臭い。

 朗らかだが薄幸そうなおばさんが、パンと菓子を売っている。

 このおばさんの存在も、胡散臭さの一因だった。


 僕は、ショーケースに残ったパンから、メロンパンとカレーパンと焼そばパンを選んだ。


 朗らかにして薄幸そうなおばさんは、パンの入った紙袋を差し出しながら、「暑くて嫌んなっちゃうわね」と言った。


 冬にはたしか「寒くて嫌んなっちゃうわね」と言われた気がする。

 春には「こう天気がころころ変わると嫌んなっちゃうわね」だったか。

 たぶん、彼女はあらゆる天候に「嫌んなっちゃう」体質なのだろう。


「牛乳は買わないのか」

 と村上刑事が言った。

「菓子パンには白牛乳だろう?」


「やっぱりあれですか。あんパンと牛乳で張込みしたりするんですか」

「まあ、あれも一つの雰囲気だよねえ」


 おいおい、本当にやってんだよ、この人は、と呆れつつ、僕は自動販売機で紅茶のペットボトルを買った。


     ◆


 生協の前に並べられた丸テーブルは、体育系同好会のテリトリーで、〈パブロフ〉の人間は普段、こっちを使わない。

 学生ホールの方に、文化系サークルは集まっている。

 自然と棲み分けができている。

 もっとも、ここでパンをかじっていたからといって、テニス同好会やスノボー同好会が文句をつけてくるわけじゃない。


 ひなたなのでそこだけ空いていた丸テーブルへ僕は行き、尻が焼けそうなのを我慢してプラスチックの椅子に座った。


 村上刑事は、新発売だとCMに流れている、柑橘系の炭酸飲料を買って、僕の前に座った。

 熱かったのだろう、腰を下ろした瞬間、顔をしかめた。

 すぐに嬉しそうな表情に戻った。無理をしている。


「ここは大ジョッキを一杯って感じだねえ。

 とは言うものの売ってないよな、やっぱり。売れば儲かるだろうにねえ」

「冬はおでんと熱燗を売るんですか」

「そうそう。いいよねえ、そういうの。大学も少し考えればいいのに」

「考えてもやっぱり売らないでしょ」


 僕はメロンパンの袋を破いて、中身にかぶりついた。

 空腹は最上のソースと言うものの、メロンパンはメロンパン以上のものではなかった。


「もっとも、外から持ち込むぶんには怒られませんから。

 缶ビール買ってきて飲んだらどうですか。

 最短の酒屋まで正門から四百メートルですよ」


「往復走って五分?

 そんなもん?

 でも、その間に君はどこかへ行ってしまうだろう?」


「ここは暑いですからね」

「じゃ我慢しよう。せっかく会えたのに逃げられちゃつまらない」


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