6.TATOO――契約の印(12)
「山口さんの肩を持っているのではありません。
当時は、警察も女子大生も、ストーカーとその被害者という、一対一の関係でしか考えていなかった。
そういうことです。
もしかしたら、そこにはもうひとり、介在していたのかもしれないのですよ」
「もうひとりというのが十三貝さんですか」
「あなたは彼女に利用されたのかもしれません。
できれば、あなた自身で答えを見つけ出してほしい。
私が今考えているのは、所詮仮説でしかないんです。
おそらくまちがいないでしょうが、警察官という立場上、なるべくなら口に出したくはないですね」
「ここだけの話ってことにします」
「少しは考えてみたらどうなんですか」
彼は前屈みになり、僕に顔を近づけた。息が臭かった。
「それとも十三貝美奈子の真実の姿と向き合うのが恐ろしいのですか」
「まるで精神分析みたいですね」
僕は、中年男の臭い口から逃げるように、ソファの背もたれへ、強く背中を押しつけた。
縹刑事は、ここだけの話にしてくださいね、と念を押して話し出した。
「いいですか。無言電話なんてだれがかけたかわからないでしょう?
無言なんですから。
発信元は調べればわかることですけれども、よほどでなければ調べないでしょう。
少なくとも、被害届を出すほどの頻度ではなかったんです。
嫌がらせの手紙も、封筒を取り替えて、郵便受けに放り込んでおけばいい。
消印なんかなくたっておかしくはない。
なにしろストーカーなんですから、郵便よりは手ずから郵便受けに入れる方を選ぶだろう、とだれだって考えますよ。
部屋を監視されているというのも、錯覚かもしれません。
だれかが言ったんですよ。
怪しい人が、あなたの部屋をじっと見てるわよって。
彼女は、カーテンの隙間から、通りをうかがったはずです。
たしかにそこには変なやつがいる。
本当は、そいつが見ているのは隣の部屋だとしても、監視されてると言われたら、自分の部屋を見られている気がするでしょうね」
「十三貝さんが、それをしていたということですか。
山口はやっぱり十三貝さんをストーカーしていたんですね。
でも、それじゃドアノブの説明がつかないです。
十三貝さんは、自分の部屋のドアノブにつけられていた精液を、隣のドアに移したっていうんですか」
「まさか。そんなこと。
山口さんは最後まで、ドアノブの件だけは否認しています。
さきほども改めて訊いてみたんですが、やはり認めてはくれませんでした。
その点について、彼は嘘をついていないのではないでしょうか」
「じゃあ、どこから精液は出てきたっていうんです?
精子バンクから買ってでもきたんですか。
言っておきますけど十三貝さんは女ですからね、どう頑張ったって精液なんか出せませんよ――」
縹刑事は黙って僕を指差した。




