6.TATOO――契約の印(9)
結局、彼女につきあって警察へ行くことになった。
一日に二度もなんて馬鹿みたいだ。
実際、縹刑事には、まさか就職活動ということではないんでしょうね、とからかわれた。
しかし、警察へ行ったことは、まるで無駄でもなかった。
警察署の廊下で、山口に出会った。
こんなとこを、のたくっていやがったんだ。
どうりで大学で見つけられなかったわけだ。
山口は、僕らを見ると、困惑顔で立ち止まった。
が、すぐにいつもの、人を見下したような表情に戻ると、僕らを待っていたかのように片手を上げた。
「呼ばれたの? ストーカーだから?」と朝美ちゃんが言った。
山口は彼女を無視して僕に、ミロクさんは? と言った。
どうやら僕がワトソン役というのは決定事項らしい。
しかし、山口でさえもう、昨夜のことを知っている。
縹刑事が話したんじゃあるまい。
ちさとが、こいつにまで、メールを送ったんだろう。
「話がある。どこかで待っていてくれよ」と僕は言った。
「やだね」
「彼女はおまえんちにいるのか」
「馬鹿言ってんじゃねえ」
山口は、肩をぶつけるようにして、僕の脇を通り抜けると、玄関の方へ早足に去って行った。
朝美ちゃんが聞こえよがしに言った。
「あんなやつ、とっとと捕まえちゃえばいいんだよ!」
◆
「刑事第一課」とプレートのある部屋に、縹刑事は僕らを連れて行った。
デカ部屋だ、と朝美ちゃんが僕の耳に囁いた。
たしかに刑事ドラマでよく見る光景ではあったが、社員が出払った昼下がりの営業部というのも似たようなもんだ。
少なくともテレビでは、画面の奥を制服警官が歩いているかどうかのちがいしかない。
僕らは、衝立てと観葉植物の鉢で仕切られた、小さなスペースに通され、使い古された応接セットに座らされた。
ちょっと待っててください、と縹刑事は消えたが、両手に一本ずつ缶コーヒーを掴んで戻ってきた。
朝美ちゃんがブラックを取り、僕にはカフェオレが残された。
説明は僕がした。
朝美ちゃんは、促されて携帯電話を差し出しただけだった。
縹刑事の質問にも「はい」と「いいえ」しか答えなかった。
警察が苦手と言うだけあって、いつになく緊張していた。
「十時前に来てくれたらメッセージは残っていたわけですね。
警察に連絡しようとは全然考えなかったんですか」
縹刑事は苦笑していた。
「はい」
紙が擦れ合うような声で、朝美ちゃんは答えた。
彼女が警察を避けるのには理由があった。
――去年の春だ。
うちの学生で、笑気ガスの横流しで、つかまったやつがいた。
歯医者の息子で、友人づてに学内の軽音楽系サークルへ、麻酔用の笑気ガスを売ったのだった。
軽音サークルのバンドでベースを弾いている朝美ちゃんも、そのとばっちりで事情聴取された。
もっとも、彼女のバンドはまるで無関係だった。
その後の彼女は、警察に疑われるのもバンド経験のうち、と笑ってはいたが……。
朝美ちゃんにはかなりこたえる経験だったのだろう。
笑っていたのは強がりでしかなかったのだ。
縹刑事から、携帯電話をしばらく預からせてもらっていいか、と訊ねられると、朝美ちゃんは脅されているみたいに、コクコク、あごを上下させた。
携帯を警察に預けることに同意する書類に署名する手が震えていた。




