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6.TATOO――契約の印(8)

「十三貝さんから電話貰ったことがそんな自慢か」

「日付を見てよ。ね、すごくない?」


 すごくない? と語尾上げされた日付というのは、七月二日、時間は午前十時二十七分だった。

 僕は微かに頭痛の萌している眉間を擦った。

 たしかにすごいかもしれない。


「どんな話をしたんだ?」

「なにも話してないよ。

 不在着信て出てるでしょ。

 授業中だったの。バイブに切り替えてあったはずなんだけど、バイブだと気がつかないことがあるんだよね。

 こんな電話があったなんて、今朝まで全然気がつかなかった」


「留守電は残ってなかったのか」

「またあとで電話するって。それだけだったけど。

 でも、これって十三貝先輩が最後に連絡してきたのはわたしってことだよね。

 ねえ、すごくない?」


 朝美ちゃんは興奮して僕の肩を何度も叩いた。


 メッセージそのものは、七十二時間の保存時間を過ぎて、すでに消去されてしまっていた。


「十三貝さんの声にまちがいなかった?」


 彼女はサンドイッチを噛みちぎりながらうなずいた。


 おそらくそれは十三貝さんが残した最後の痕跡だろう。

 二日午前十時半。

 この時点の彼女はまだ危険な状況になかった。

 メッセージの内容からわかる。

 緊急に助けを必要としていたなら、留守電にはもっと喋っていたろう。

 どこにいるとか、だれといるとか。

 たとえ、それを伝えるのが難しい状況だったとしても、なにかしらのサインを残すはずだ。

 十三貝さんは、またあとで電話できると単純に考えていたのだろう。

 しかし、再度の電話はなかった。

 彼女の状況は急変したのだ。その意味は、つまり……。


「今度会ったときでいいからミロクさんに教えといて」

「うん……

 いったい、十三貝さんはなんの用だったんだろう?

 心当たりはあるの?」


 朝美ちゃんは、カミキリムシのように頑丈なあごを動かし続けつつ、首を横に振った。


 空腹でクラクラしてきた。サンドイッチを見ないですむように、窓の方へ顔を向けた。

 それでも右の耳に聞こえてくるのは、高畑朝美の咀嚼音。

 生々しい音のはずなのに、まるで遠くで、ゴムを引っ張ったり撓めたりしているように聞こえた。


「朝美ちゃんはあの人からそんなに電話貰ったことないだろ?

 一、二回ってとこじゃないの?」

「うん、そのぐらいだよ」


「そのときはなんの用件だった?」

「覚えてるわけないよー」

 しゃがれ声が裏返った。


 十三貝さんとは、そんなに親しくしているわけではなく、電話があったのは、コンパの幹事のときに集合場所を訊かれたとか、その程度だ、と彼女は言った。


「二日の電話はなんだったのか全然わかんない。

 わたしなんかにかけてくる理由があったのかなあ?

 どう、トモ?」


 僕は窓を見たまま首を振った。

 カサカサと、紙を丸める音がする。

 彼女は昼食を終えたらしい。

 見ると、パン屑を黒いシャツから払い落としていた。


「警察はなんて言ってた?」

「警察?」


 朝美ちゃんは、丸めた紙袋を、ゴミ箱に投げる。

 縁に当って、見当ちがいな方向へ転がっていく。

 彼女は小走りにゴミを拾いに行き、ベンチへ戻ってくると、同じ位置からもう一度試みる。


「警察には知らせてないよ」

「おいおい、ミロクさんより警察が先だろう」

「警察って苦手なんだよ。君が行ってよ」


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