6.TATOO――契約の印(5)
「本当のところ、洋子さんはどう? 十三貝さんはまだ生きてるかな?」
洋子さんは僕を見つめた。
それから、ゆっくり首を横に振った。
「石垣さんから浅沼さんの推理というのを聞いたわ。
当たっているのかもしれないけど、わたしにはよくわからない。
わたしが美奈子は死んでいると言うのはもっと感覚的なもの。
だから、全然あてにならないわ。
でもねえ、いつかあの子はこんなふうにわたしたちの前から消えてしまうんじゃないかって気はしてた」
「十三貝さんのこと、嫌われてはいても憎まれてはいないって、堀井はそう言ってた。
洋子さんは、彼女がだれかに憎まれてるとか、聞いたことある?」
「堀井君の言ったことは正しいんじゃない?
CDのことでわたしが美奈子を憎んでると考えているなら、トモ、それはまちがいよ。
困ったもんだってだけ。そこまでしなくてもいいのにってね。
なにもCDで脅されてるから嫌々美奈子とつきあっているわけじゃないもの。
……むしろ逆ね。
そんな美奈子だから、わたしは友だちになったのよ。
危なっかしくって放っておけない――なんて陳腐な台詞だけど」
十三貝美奈子という人間の意味不明さと僕に見えていたものは、どうやら洋子さんには〈危うさ〉と見えていたようだった。
「あの子はね、わざと崖の縁を歩くような、そういう人間なのよ。
無為な日常が耐えられないの。
同じ歩くにしても安全な地上を歩くのと崖っぷちを歩くんじゃちがうじゃない。
足の上げ方、下げ方、体重の移動のしかた、身体の動かし方は同じでも、一つ一つの動作の意味や重みはまるでちがうでしょう?
自己破壊衝動とはちがうのよ。
美奈子は破滅したいなんてこれっぽっちも考えてない。
ただ、すべての行動に意味を持たせたいのよ。
密度の問題って言ったらわかってくれる?
スカスカの日常が嫌いなの。ぎゅうっと中身が詰まってなくちゃ嫌なのよ。
でも、そんなギリギリのところにいつもいられるとは限らないじゃない。
平地を歩いてたってつまずいて転ぶことはあるんだし。
崖っぷちでつまずいたら転んだ先は崖の向こうってこともあるわ。
……でも、トモは生きてると信じたいんでしょ?
だったらそう信じてあげて」
ちょっと寒すぎない? と洋子さんは席を立って、店の奥にある昔風の大きなエアコンへ歩いていった。
寒すぎはしなかった。
彼女は顔を見られたくなかったのだろう。
「あのさあ、十三貝さんから、村田って男のこと聞いたことない?」
「ああ、日記にあった名前ね」
エアコンの方を向いたまま洋子さんは答えた。
「馬鹿な男がご飯を奢ってくれるって話は聞いたことがある。
それが村田だったんだね。
あんたは、その男が見返りのないことに腹を立てて、美奈子を襲ったって言いたいわけ?
それはないわね」
「どうして?」
「耳を切られるくらいなら、美奈子は馬鹿オヤジにやらせてたわよ。
寝るとか寝ないとか、そんなことはあの子にとって、いちばん大事なことではなかったはずだもの。
そのぐらいの計算はできる女よ」
「なんだよ、いちばん大事なことって?」
「わたしは知らない。あんたこそ知らないの?」
僕が知っているはずがなかった。
もしかしたら、僕はだれよりも、十三貝美奈子について無知な人間なんじゃないかという気がしてきた。
「最近はどんな人とつきあってたの?」
「もう一年くらいだれともつきあってなかったわね。
ときどき行きずりでホテルへ、なんてのはあったけど、二度会うことはなかったみたい。
ま、聞いた話だけどね。
わたしが知ってる限りじゃBTがひとりにATがひとり」




