6.TATOO――契約の印(2)
「なんだかなあ、十三貝さんは解脱でもするつもりか」
「それだってない話じゃないよ、トモ」
洋子さんは前屈みになっていた身体を起こすと落書きだらけの壁にもたれた。
「あの子、どっかの宗教団体に入信して、共同生活でも始めたんじゃないかって。
部屋に帰ってないのはそういうことなのかもしれないよ。
マジありそうな話でしょ?」
「じゃあ、耳は山籠りの覚悟ってことですかあ?」
「なに、それ?」
呆れた表情で洋子さんはちさとを見た。
「ほら、格闘家とか山に籠って修行するときに麓には下りない覚悟で眉毛を剃ったりするじゃないですか」
「ちさと、どっからそんな知識を仕入れてるんだよ?」
「変ですかあ?」
ちさとは首をすくめる。
「ああ、でも、本当にそういうことなのかもね。
俗界との最終的訣別が耳の切断だったとしてもおかしくはないわ」
ちがうだろう?
耳を切り落とすのが俗界との訣別なら、乳首を切るのはなんなんだ?
このうえいったいなにと決別しなきゃならないんだ?
しかし、僕は乳首のことは黙っていた。
秘密を独占したいわけじゃない。
ただ、切断された乳首の話がメールでみんなの携帯電話に配信されることが気に入らないだけだ。
「ねえ、洋子さん、僕を探してたのは白砂咲子の正体を教えたかったからなの?」
「ちがうわよ。ねえ、トモ、時間ある?」
「あるよ。腐るほどある。半分くらいはもう腐ってるかもしれない」
「じゃあ、ちょっとつきあってよ。ここじゃ話しづらいことなのよ」
「あ、私、邪魔ですか」
ちさとが慌てて席を立とうとした。
洋子さんは片手でそれを制して、こっちが出てくから、と僕に合図した。
僕は先にサークル室を出た。
閉じかけたドアの向こうで、洋子さんはちさとに、ごめんね、と謝っている。
洋子さんの話はどれくらいかかるんだろう。
戻って来たときにまだちさとがここにいてくれたら、と僕は切に願った。
◆
「可愛いわよね、彼女」
「ちさと?」
「うん」
洋子さんは眩しそうに目を細めて歩道の端を歩いていた。
暑さに意地を張っているようなゆったりとした歩調。
「でもさ――あれ、あの子の戦略だから」
「意地が悪いな、洋子さん」
「あら、トモ君の夢を壊しちゃった? まだまだだねえ、君も」
洋子さんは軽い声で笑った。
「どこ行く?」
「お、逃げをうつわけね」
「なんとでも言ってくれ」
僕は昨日から着たままの服が肌に張りついて気持ち悪かった。
「早く冷房の効いてるところに行こうよ」
「近江屋奢るわ」
十分後、僕は二つ並んだ水羊羹を前にして、近江屋二階の固いソファにひっくり返っていた。
目を閉じ、ソファに張られたビニールの冷たさを全身で味わった。
くぴくぴくぴ、とお茶を飲む音が聞こえる。
やっぱり暑いときには熱いものよ、と手垢にまみれきった台詞が続いた。
「話ってなに?」
僕は目を閉じたまま訊ねた。
「うん、あんたさ、ダイスのタトゥー、知ってる?」




