6.TATOO――契約の印(1)
洋子さんはサークル室で待っていると言った。
〈パブロフの猿〉へ行くと、そこにはちさともいた。
今日のちさとは少し疲れた顔をしていた。
昨日は帰宅が遅かったことを母親に怒られたのだろう。
「トモさん、白砂咲子の謎が解けました」
ちさとは僕を見るなり早口に言った。
「謎ってほどのものでもないでしょ」と洋子さんが優しくたしなめる。
「白砂咲子?」
「ほら、通帳の名義人だった名前ですよ。しかも、毎月十五万ずつ振り込んでたでしょう、覚えてないんですか」
「ああ、あの名前ね」
覚えていなかったわけではないが、その名前の人間のことはまったく考えていなかった。
「で、なんだったの?」
「で、なんだったでしょう?」
「そうだねえ、月々十五万だからねえ。母親とかなんじゃないの」
洋子さんがくすくす笑った。
ちさとは頬を膨らました。
「エー、知ってたんですか、トモさん?」
答えたのがミロクさんだったなら、ちさとは「知ってたんですか」ではなく「どう推理したんですか」と訊くだろう。
大したちがいだ。
もっとも「知ってた」というのも半分正しい。
十三貝さんが小学生の頃に両親は離婚して、高二の秋に母親が再婚したという話を、本人の口から聞いていた。
そのとき、彼女は新しい父親の養子にはならず、十三貝の姓のままにしたのだった。
だから、僕が推理した部分というのはわずかに彼女の母親の新しい姓が「白砂」なのだろうということだけだった。
これじゃ推理とは言えないだろう。単なる想像だ。
「そんな秘密にするほどのことじゃないもんね」
洋子さんは言った。
「わたしは白砂咲子本人に会ったこともあるわよ。
去年の夏休みにこっちへ出て来て、三日ぐらい美奈子の家に泊まってったの。
そのときに新宿で偶然、買い物している二人と会ったわ。
あの子んちの事情はその前に聞いてたから、ああ、この人がそうなんだって――」
「明日、その白砂咲子はまた出て来るらしいよ。
警察から聞いた。
母親立ち会いで十三貝さんの部屋を捜索するんだってさ」
「この人がそうなんだって――どういうことですか」
ちさとが話を洋子さんの発言まで引き戻した。
どうしてこういう子なんだろう?
「トモは聞いてる? 美奈子の母親が再婚したときの話だけど」
「いや、詳しくは」
「そう」
洋子さんの指はペットボトルのキャップの縁をなぞっていた。
フランスかどこかのミネラルウォーター。
「あの子はね、母親の再婚に反対だったのよ」
「ああ、相手の人が気に入らなかったんですね」
ちさとがひとりで納得していた。
「うちの母さんも再婚するならかっこいい人にしてほしいですもん。
脂ぎったハゲ親父なんて嫌ですよ。あの刑事みたいな」
縹刑事はどうやらちさとが生理的に受けつけないタイプらしい。
まあ、わからないこともない。
「うん、それもそうなんだけど……結婚ていうのは、公認の性的関係じゃない?
母親のくせにセックスするなんて気持ち悪いって直接言ったらしいわよ」
「へえ、そんなことを不潔がるような人とは見えないけどなあ」
「不潔とはちょっとちがう。
美奈子のことばをそのまま使えば、金目当てならまだ納得できる、なのよ。
どんななれそめかは聞いてないけど、母親とその再婚相手はごく普通に恋愛関係から結婚へと話を進めたらしいんだ。
でも、愛とか恋とか、あの子その手のものが苦手だから。
そのときにはもう、美奈子自身ヴァージンじゃなかったってことだし、恋愛感情が理解できなかったわけでもないの。
ただ、そういうことは愚かしいことで、いつかそんなもの無しで生きていけるようになるって、それが成長ってものだって本気で信じてるのよ、あいつ」




