5.だれのものでもない乳首(15)
「つながらない?」
「うん。耳が十三貝さんのものだというのが事実なら、彼女をそんなに憎んでる人間が存在するってことも事実だろう。
でも、そんな人間がおれたちの中にいるか?
もし〈パブロフ〉にいるなら、十三貝さんにも、その人間にも、おれの知らない生活があったってことだろ」
「お互いの知らないことなんていくらでもあるよ」
「そりゃそうだ。たとえば、トモも、おれも、お互いの家族のことなんてなにも知らないしさ。
だけど、憎悪はそんな調べればわかることとはちがうだろう。
もっと深くて激しい感情じゃないか。
うちのメンバーはもっと薄っぺらだよ。
みんなを馬鹿にしてるわけじゃないよ。
普通はだれしも薄っぺらだって」
「恨みとは限らないんじゃないスか、先輩」
ほおずきのように赤くなった春樹が、堀井の腋下からかすれた声で言う。
「可愛さ余って憎さ百倍、ですよ。
好きだから虐めるとかあるじゃないすか。
耳切ると興奮する趣味なのかもしんない」
「歪んだ愛情表現かあ?
うーん、それもアリかもなあ。
でも、そうなると思い当たるのはひとりだけだな」
「山口か……」
仲間うちに変態野郎がひとりいて、僕らはそいつの歪んだ愛情表現に無理矢理つきあわされているのか。
「ストーカー山口でしょ、やっぱり」
春樹は堀井の腕から頭を抜き出したが、赤くなった顔は容易には元の色に戻らなかった。
「そんな深い意味はないのかもしれませんよ。戦利品みたいな気分で切ったのかも」
「そういやそんなゲームもあったな」
「へえ、そうなんすか」
僕はのんきな二人を放っておくことにした。
やはり山口から話を聞く必要がある。
あいつが犯人なのかどうかは別として。
山口に会って、最近の十三貝さんがどんな生活をしていたのか、教えてもらわなくてはならない。
僕はあいつがストーカーを続けていることを本気で願った。
山口がこの時間にどこにいるか訊くと、堀井はシステム手帳を出して真ん中あたりを開いた。
堀井が手帳を調べている間に、僕はアイスコーヒーをひと息に飲み干した。
春樹は堀井のバッグに断わりもなく手を突っ込んで携帯電話を出すと、ちさとからのメールの続きを読み始めた。
そこになにを読んだのか、一瞬表情が曇った。
それが気にかかった。
単に読めない漢字があったというだけのことかもしれないが、いったい昨日のどんなことに春樹はあんな表情を浮かべたのか。
あとでちさとに送信済みメールを見せてもらおう。
「高槻さん、階段から突き落とされたんだって?
ちさとちゃんに聞いたんだけど」
手帳のページを繰りながら、堀井が言った。
「突き落とされたんじゃない。きっと勝手に落ちたんだよ」
「どうかなあ。わかんないよ。
ここんとこ変なことが続いてるから。
耳のことだってそうだし、こないだは教卓に殺された猫が乗っかってただろう?」
そういえばそんな話もあった。
警備員が夜間の巡回中に見つけたといううわさ。
焦茶と黒の、まだ成猫になりきっていない小さなやつだったらしい。
首を切り離されて頭部と胴体が別々の教室の教卓に置かれていたそうだ。
若菜はうわさの教室に講義が入っているときには「グェー、出たくないー」とぼやいていた。
猫を見つけた警備員は辞めてしまったとも、少し調子がおかしくなって「ニャーニャー」以外なにも言わなくなってしまったとも伝わっていた。
が、たぶんそれはだれかがつけた尾ヒレだろう。
しかし、右耳と猫を「切断された」という一点だけでつなげてひとまとまりの出来事として考えてもよいのだろうか。




